時計の針が、
12から11、10、9、8……と逆回りしていく。
チクタク、チクタク回り続け1980年まで時をさかのぼってしまった。
その年のある日、月日までは覚えていないが、
地方の新聞社を辞め、社員が20人足らず、
月刊の経済誌を発行する小さな出版社で新たなスタートを切った。
時計が逆回りしていくのに合わせ、
42年間のいろんな物事が早送りの映像のように次々と現れてくる。
世間の風にいまにも吹き飛ばされそうな小さな会社。
毎日、毎日をどうしのいでいくか懸命だった。
多少の縁あって誘われてのことであったが、「なぜ、こんな会社に……」
ふいと後悔の念がよぎることもしばしばだった。
だが、「苦労は買ってでもせよ」と言うではないか。
吹き飛ばされまいと、脚をぐいと踏ん張り続けたことで、
足腰が鍛えられた。
少々の難題に直面してもひるむこともなくなっていった。
この苦労は自身を鍛錬していくうえで、
得難い体験でもあったのだと思う。
伴って徐々に経営も安定してきたのである。
目の前の机の上に数千枚もの名刺をはさんだホルダーがある。
この出版社に転じて以降のものだから、
記者として40年余の間、どのような方たちと知己を得てきたか、
仕事上の遍歴を示すものである。
この方たちにはさまざまに教えられ、そして学んできた。
これまた自身の鍛錬の糧であった。
今なお懇意にしていただいている方も多くいるし、
残念ながらすでに故人となられた方もいらっしゃる。
名刺を一枚一枚めくっていくと、思い出は尽きず現れてくるのである。
名刺ホルダーの横には、20年間分ほどのスケジュール帳もある。
仕事上の遍歴をより強く示すものである。
何年の何月何日、どなたとお会いしたのか。
それを見れば、どんな話をしたのかまで覚えていることもある。
それは記者として決して忘れられないニュースを見つけ出し、
特ダネとしたからに違いなかった。
思わずニヤリとさせるスケジュール帳である。
思いは尽きぬ、これら名刺、スケジュール帳を処分する。
80歳になるのを機に、42年の遍歴にピリオドを打ち、
時計の針を1、2、3、4……と進めることにした。
過去に生きるのではなく、
今を懸命に生きなければならない年齢なのである。