亡くなった父が、よく活用していたシャープの書院や、東芝のルポは、今や、納戸の肥やしと化していた。タイプを打つことも、英語もわからなった父は、引退後に、出始めたワープロを勉強し、結局、NEC 98 PCまでも、何とか、曲がりなりにも、努力の結果、打てるようになった。むろん、ひらがな入力ではあったが、、、、。もう今から、四半世紀前であったであろうか、アメリカで、初めて、未だ、FAXすらも、余り、普及しておらず、テレコピアとか、言われていた時代、初めて、ワープロを見たときの驚きは、今でも、覚えている。もっとも、当時は、記録する容量が、異常に小さく1 X 10センチ程のテロップに、打ち出される文字を、すぐさま、印字しないと、保存できずに、消えてしまう。これには、何とも、苦労したものである。長文の文章をやっと、打ち終えて、一安心するも、印字を忘れて、又、一から、やり直すとか、今にして想えば、まるで、子供のおもちゃのようなものであった。それでも、最先端を行っているのだという自負心から、勇んで、活用していたものである。その後、Windows 95が、本格化するにつれて、歴史の表舞台から、静かに、消えていく運命を辿ったのはご存じの通りである。納戸の肥やしと化したワープロを、引き取って貰おうとネットと店頭で見積もりを取ったところ、一つの機種は、もはや、引き取れないほど、旧くて、断られた。仕方なしに、立ち上げて見ると、何と、父が、まだ、小学生だった時の娘のお誕生日祝いの際にワープロで作ったメッセージが、保存されていたので、これを早速、印刷してみた。そこには、何とも、おぼつかない文章ではあるが、一生懸命、ワープロを使いこなそうとする父の姿勢が、行間に、滲み出ていて、大変、懐かしく想った。