【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

埒(らち)/『深夜プラス1』

2008-10-25 18:24:09 | Weblog
 「埒もない」とか「埒が明かない」と、否定形で使われることが多い言葉ですが、そんなに否定ばかりの人生って、楽しいのかな?

【ただいま読書中】
深夜プラス1』ギャビン・ライアル 著、 菊地光 訳、 早川書房(ハヤカワ・ミステリ文庫)、1976年(92年24刷)、544円(税別)

 時代はおそらく1960年代のはじめ。大戦中にフランスでレジスタンスの活動に関係していたルイス・ケイン(暗号名カントン)は、ブルターニュからリヒテンシュタインまでの運送仕事を請け負います。運ぶのは、命を狙われている大富豪マガンハルト、相棒はアメリカのガンマン、ロヴェル。いつでも右手で拳銃が抜けるように何をするのも左手、慢性のアル中、使うのはずんぐりしたリボルバー。対してケインが使うのは1932年のモーゼル。この、拳銃の選択一つで、著者はそれを選択する人に関する様々なイメージを読者に届けます。(イギリス情報部員がモーゼルを愛用する、というだけで、なにか不思議な気分になりますが)
 送り届けられるべきマガンハルトは、明らかに秘密を持っていますがそれを主人公たち(つまりは読者)に明かしません。彼の連れ、ミス・ジャーマンは、純真と高慢が解け合って美しさとなっている女性です。わかったようなわからないような、それでいて説得力のある描写です。
 “敵”はついにフランス最高のガンマンを送り込んできます。彼らもレジスタンスの元闘士で、当然ケインと顔見知りです。リヒテンシュタインを目指して進む一行の旅は、いつしかケインの「過去を辿る旅」と重ね合わされます。そしてそれは同時に、ケインの周囲の人びとの過去をも明らかにしていく過程でもあるのです。
 情報が漏れているらしく、一行は行く先行く先で敵に遭遇します。そして、歩みの遅さのために、なんとか酒を断っていたロヴェルが負傷しついにアルコールに手を出してしまいます。戦闘力の低下です。さらにリヒテンシュタインとスイスの国境で、ケインは自分たちが最後の罠に踏み込んだことを自覚します。待ちかまえるのは、フランスでナンバーワンのガンマン、ケインのかつての同志、アラン。場所は、要塞地帯です。第二次世界大戦の記憶がいっぱい詰まっているような場所で、かつてのレジスタンスの過去を引きずっているもの同士が戦います。

 冒険小説の傑作と評されるわけは、読めばわかります。解説の田中光二さんは「すぐれたエンターテインメントは、再読、再々読に耐える。むしろ、繰り返し読む必要がある」と述べていますが、たしかに一回読んで「あ~、面白かった」で忘れてしまうには惜しい作品です。しばらくしたら再読、再々読ですね。当面は余韻に浸ります。