【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

失敗と成功/『戦火のバグダッド動物園を救え』

2008-10-30 18:42:21 | Weblog
失敗と成功/『戦火のバグダッド動物園を救え』
 失敗は人を駄目にもするが教訓も与えます。成功は人に満足を与えるけれど、傲慢さや魂の硬直化ももたらします。となると、成功が何回か続いたら失敗がはさまる、のリズムが良いのかな?

【ただいま読書中】
戦火のバグダッド動物園を救え』ローレンス・アンソニー&グレアム・スペンス 著、 青山陽子 訳、 早川書房、2007年、2000円(税別)

 イラク戦争開戦から3週間、南アフリカで野生の象を禁漁区で保護する仕事をしていた著者は、ジャーナリスト以外では初の一般市民としてイラクへ入国します。クエート動物園から寄付された500kgの物資とともに、戦禍で荒廃しているはずのバグダッド動物園への救援活動です。
 戦争下の動物園がどうなるかは、日本なら「かわいそうな象のおはなし」などで知られていますが、バグダッド動物園は「戦場」になっていました。米軍の爆撃を受け、イラク軍が陣地を構築し戦闘が行われたのです。さらに、は市民の略奪と食べるための動物殺害が行われました。結果、かつて650頭いた動物は30頭に減り、生き残ったものも餓えと渇きと不潔に苦しめられることになります。著者がバグダッド動物園に初めて入った時には、すべての動物を射殺するのが最善の行為かもしれないと思うほど状況は悲惨でした。
 著者とともに動けるのは、クエート動物園から同行した2人と、イラク動物園の職員3人のみ。付近を管轄する米軍は、動物を救うことよりは武装勢力への対応に忙しく、イラク人は生き抜くことと米軍(ついでに外国人とイラク人の反対勢力)を襲うことに忙しく、物資の補給は望めず、それどころか著者たちの命の保証さえない状態です。
 著者は、自分とスタッフに言い聞かせます。動物は戦争の犠牲者だ。それを救うのは、動物のためだけではなくて、人間のためでもある。「動物を救う」ことは、戦争や環境破壊をしている人へのメッセージだ、と。
 動物園のスタッフが少しずつ復帰してきます。しかし彼らも飢えています。動物も飢えています。一時しのぎではなくて継続的な食料調達ルートが必要です。そこここで撃ち合いが行われている戦場で。著者はロバを買ってしてライオンに与え、あちこちから食糧を調達してスタッフに配ります。(ちなみに、後日著者は自然保護論者からロバを殺したことの倫理性を問われたそうです。情勢が落ち着いてから配達されるようになった真空パックのバッファロー肉の方が猫科の動物にはふさわしいと考える人がいるようで……)
 連日連夜の略奪者には米軍が対応してくれるようになりました。捕えて空の檻に入れそこをぴかぴかに掃除するまで出さない、という「罰」を与えることで、檻はきれいになり略奪者は二度と来なくなったのです。
 手助けしてくれるのは米軍だけではなくて、民間軍事会社の人間、イラク人、そして国際的な援助の手も少しずつ集まり始めます。ところが、バグダッドの他の民間動物園で虐待されている動物の情報も集まり始め、著者はちっとも楽ができません。さらには著者のような「イラク人と動物のため」ではなくて「イラク人よりも動物が大切」の立場の人間が、事態を混乱させます。

 第二次世界大戦末期、連合軍の捕虜の待遇監視などのために来日していた国際赤十字のジュノー博士は原爆の惨劇を聞き、終戦直後にかき集めた大量の物資とともに広島に救援に入りました。広島では今でもジュノー博士のことは語り継がれていますが、それと同様に本書の著者の行動がバグダッドで語り継がれるかどうかは私にはわかりません。ただ、主義主張・行動の目的に賛同するかどうかは別として、「自分は悲惨な○○を放置できない」と行動する人が世界を変えていき、座ってそれを論評するだけの人間は論評するだけなんだろうな、とは思います。「人間ではなくて動物か」とは私も思いましたが、著者が自分の「正義」を声高に語るタイプではなく(著者自身「動物園」という概念には不賛成だそうですが、でも悲惨な動物は放置できない、と今回の行動をしたわけです)、そして彼の行動が動物だけではなくて結局イラク人のためにもなっていることがわかると、こりゃすごいや、と感心するしかありません。