【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

時間がないのは本当?

2014-08-09 06:33:53 | Weblog

 スピーチやら訓話をするとき「時間も押していますので、簡単にひと言だけ」という前振りで始める人がいます。だけどもうそれだけで「ひと言」をはるかに超えていません?  それと、そんなことを言う人に限って「要するに」とか「つまりは」とかを乱用してだらだらだらだらだらだらだらだら話し続けるんですよねえ。

【ただいま読書中】『スパイのためのハンドブック』ウォルフガング・ロッツ 著、 朝河伸英 訳、 早川書房(ハヤカワ文庫NF79)、1982年(95年12刷)、447円(税別)

 隠退したスパイによる「スパイ入門書」です。
 まずは「スパイとしての適性テスト」。次に、どこに申し込むか。いやいや、さんざん面白おかしく「こうやって申し込め」と言っておいてから「自分の場合は全然違った」なんですから。著者の場合、現役の陸軍少佐としてそろそろ将来のことを考え始めていた37歳の時、イスラエルの諜報機関モサドに直接“スカウト”されたのです。
 情報部員には、密告者(自国政府へ報告する者と敵国政府に報告する者)・二重スパイ・特殊工作員(ジェイムズ・ボンド型)・駐在工作員(敵国に継続的に駐在)などに分類されます。ただし、現場の工作員が本部の要員や管理職に“昇進”することはありません。
 スパイの「偽装」は重要です。それは「嘘で固められた経歴」ですが、真実をベースとしないと簡単に見破られるものになってしまいます。それと(いかにも現場の意見ですが)経費を惜しまないことも重要です。ちょっとした金をけちることで、偽装全体(とスパイ本人)が危機に瀕することがあるのです。もっとも政府の方は、少しでも経費節減を要求するので、現場は大変なのですが。
 著者はドイツに生まれ12歳の時ドイツを去り戦争中はイギリス軍に勤務し(戦場は主に北アフリカ戦線)戦後はイスラエル軍の将校でした。それをベースに、ドイツに生まれ育ちドイツ兵になりアフリカ軍団で戦ってイギリス軍の捕虜となり、戦後はオーストラリアに移住した実業家、という「偽装」を著者は作り上げました。そして、その「偽装」を生き生きとしたものにするのは、何年もかけての準備・演技力・自制力・沈着・勇気・多芸多才……そしておそらく「運」もたっぷり必要です。さらに、「愛情生活」についても著者は自身の体験を述べますが、それは「スパイはこんなことをしてはならない」という好例です。あ、でも、ジェームズ・ボンドでも結婚はしていましたよね。
 スパイの“寿命”は、著者の時代には平均3年でした。それくらいで偽装が剥がされて逃亡または逮捕です。著者はそれをはるかに上回る期間持ちこたえましたが、最終的にはエジプトの官憲の手に落ちました。そこでエジプトの監獄についてのユニークな論評が展開されます。「現場の体験」は貴重なものです。
 本書はあくまで「スパイになるためのガイド」「スパイとはどんなものかの概説」で、著者が実際にどんなスパイだったかは、『シャンペンスパイ』に書かれているそうです。そのうち気が向いたら読んでみましょう。