【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

権力者のエラさ

2015-04-27 06:50:04 | Weblog

 ラヴォアジェの頭をギロチンで切り落とした人間の方が、ラヴォアジェよりエライとは限りません。

【ただいま読書中】『完璧な夏の日(上)』ラヴィ・ティドハー 著、 創元SF文庫、2015年、1000円(税別)

 《ブックマン秘史》があまりに面白かったものですから、その流れで同じ著者の本を図書館から借りてきました。
 冒頭から変わった語り口と変わった登場人物で、その違和感のためにこの小説の舞台がとってもヘンテコであることに私は最初は気がつきません。物語の語り手は「われわれ」で時制は現在形、登場する「フォッグ」は霧を自在に操り「スピット」が痰を吐けばそれは銃弾となり「オブリヴィオン(忘却)」は物質を消滅させてしまいます。とってもヘンテコな世界です。
 このような超人が出現したわけは「フォーマフトの波動」のせいだそうです。この波動を浴びた人間の中に、特殊な能力を発現した者(英米ではオーヴァーマン(超人)、ドイツではユーバーメンシュ(同じく超人))は政府によって集められます。アメリカでは「タイガーマン」「つむじかぜ」などの超人チームがノルマンディー上陸作戦で“敵”をばったばったと倒すところが映画となります(アメコミの実写版ですね)。イギリスではもっとひっそりとした形で諜報作戦に超人たちが使われます。
 戦争で「超人部隊」がいたら、戦局は一変しそうに思えます。しかし、敵にも味方にも同じバランスで超人部隊がいたら、結局超人部隊同士がつぶし合うことで“戦局のバランス”は取れてしまうのです。結果、超人部隊がいなかった私たちの世界の戦争の進行と同じような歴史が残されることになります。
 そういった世界で、「観察者」として鍛えられて優秀な資質を開花させたフォッグは「観測をしたら事象は変わってしまう」ことに気づきます。まるで量子論の世界です。そういえば「フォーマフトの波動」は量子レベルで遺伝子に干渉することで特殊な能力を目覚めさせてしまったのだそうです。
 1943年ドイツ占領下のパリ、フォーマフト博士が現れるという情報を得たフォッグたちはパリに潜入します。しかしそこでフォッグが見つけたのは、フォーマフト博士の娘“ゾマーターク(夏の日)”でした。彼女はフォーマフト博士が世界を変えた波動現象を起こしたとき、そのすぐそばにいて、不思議な変化を受けていました。そしてフォッグとゾマータークは、磁石が引かれるよう、あるいは光と影が寄り添うように、恋に落ちます。でも、夏の日の強い光はフォッグの霧を晴らしてしまうのです。そこを読むだけでこれが“悲しい恋”であることがわかります。
 さらにここで私は『夏への扉』(ハインライン)を想起します。二人が出会っている間、パリには「夏」に通じる扉があちこちに出現するのです。本書は著者のハインラインに対する「夏への扉」を探すことへの“返歌(捧げ物)”かもしれません。