人間社会でお互いの「理解」は「コミュニケーション」によって生じます。黙りこくっている人を理解するのは、とても難しい。ただその逆、とても流ちょうに喋りまくる人でも、たとえば政治家の発言を聞いていて何かがきちんと理解できたという実感を得られたことはあまりありません。これは政治家がコミュニケーション以外を目的に言葉を使っているからなのでしょうか? すると、人間とコミュニケーションをしようとする動物(たとえばイヌ)よりも政治家の方がヒトとのコミュニケーションは下手、ということに?
【ただいま読書中】『言葉を使う動物たち』エヴァ・メイヤー 著、 安部恵子 訳、 柏書房、2020年、2200円(税別)
ドリトル先生やソロモンの指輪はフィクションですが、1950年代から盛んになった動物行動学の研究から、動物がコミュニケーションを取っていることが明らかになりました。その中には「文法のある言語」を用いるものもいるのだそうです。
オウムは身体の構造が人の音声を発することに適している珍しい動物です。「ドリトル先生」でもオウムのポリネシアが重要な役割を果たしていましたね。さらにオウムは、きちんと教えると、言葉を「オウム返し」にするだけではなく、物体を覚えたり概念を理解することができ、さらに「自分は何色?」という質問を飼い主にしてくるところまで行くそうです。
チンパンジーの子供にヒトの言葉を教える実験は1930年に始まりました。チンパンジーにはヒトの言語の発声は難しい、とわかって手話を教えられたのが、ワショーです。彼女は最終的に250の手話を覚えましたが、「イヌ」の手話ですべての種類のイヌを表せることも理解していました。最初期のAIより利口かもしれません。
ゴリラ手話を駆使したのは1971年生まれのココ。雄ゴリラのマイケルはココと暮らしているときにゴリラ手話を覚えました。ココの映像を見て手話を覚えたのはボノボのカンジ。彼らは、単に単語を並べるだけではなくて、自分の記憶や感情を伝え、時には嘘もついたそうです。
鳥類の言語について研究したのはコンラート・ローレンツ。彼は「刷り込み」理論で有名ですが、親としてひなのカモを育てるためにはカモの言語を習得するしかなかったのです。
動物は、自分と同じ種と様々なコミュニケーションを取っているだけではなくて、他の種の動物ともコミュニケーションを交わしています。警報、挨拶、アイデンティティー(イルカはお互いの名前を呼び合っていますし、オウム・リスザル・コウモリもそれぞれの“名前”を持っています)……実に多くの動物が様々な手段で「自分はここにいる」という情報を発しています。人間はその多くを見過ごしています。
遊び、共感など、複雑なコミュニケーションを動物はおこなっています。それについてヒトはついつい「ヒト的なイメージ」を投影してしまいますが、それは「自分が理解するため」には役立つでしょうが、「真実」を言い当てているかどうかは不明です。ただ、動物の言語について研究することは、その動物について詳しく知ることができるだけではなくて、私たちヒトについても知ることになり、かつその動物とヒトとの関係についてもまた詳しく知ることになります。まだこの分野の研究は始まったばかりですが、将来とんでもない成果を私たちは知ることになるのかもしれません。