長唄三味線/杵屋徳桜の「お稽古のツボ」

三味線の音色にのせて、
主に東経140度北緯36度付近での
来たりし空、去り行く風…etc.を紡ぎます。

エル・ブランコ鍋

2010年04月04日 22時50分10秒 | フリーク隠居
 サッカーにものすごくハマったことがあった。もちろん観戦である。
 2002年、日韓共催のワールドカップ。それ以前は全くサッカー夜明け前の私で、一顧だにしなかったのだったが、思いがけなく観た欧州サッカーは、ものすごく楽しいんである。
 さすがは狩猟民族、片側のゴールにいたかと思うと、テニスのボールのように向こう側に人群れがワーッと行って、再び戻ってワーッと行って、あとに数人倒れていたりして、こりゃーサッカーは格闘技なんだわ、と思った。
 で、一般のにわかファンというのはそれで終わりなんだが、私は去り際が見極められないというか、一度ファンになったら、しぶとく贔屓であり続けるところをモットーとした、古典的な義理がたい日本人なので、思い切り悪く、ずっと応援していたのである。
 フリークするには、だれか核になる選手なり監督なりの、その世界の達人がほしい。欧州のお兄さん方は男前ばかりだが、見てくれだけではだめで、熱狂するだけの裏付けがほしい。私の場合の「ものすごく男前」の基準は、キュートで、自分の道の手練れで、しかし何となく脆いところがある。当然、才能があって努力家で、その道のプロで天才的なんだが、一種ヘタレなところがある、というキャラクターに、グッとくるのである。
 さて、そういうわけで、デル・ピエロのフリークになった私は、ある年、ついにやってきました! われらがユヴェントスがチャンピオンズリーグで、クイーンの「ウィーアーザ・チャンピオン」を、決勝戦の最後に歌える機会が訪れるという、クラブファンなら誰しもが夢に見る、かなりいい線まで勝ち進んだ。
 手に汗握る名カード続き、準決勝で最強敵のエル・ブランコ、レアル・マドリーと当たることになった。
 こうなると、もはやファンとしてやることは一つ。ゲン担ぎの応援しかない。
 そのときのレアルには、軍神ジダンがいた。
 私は、ありとあらゆる食材の白いものをぶち込んだ鍋をつくった。レアルはそのユニフォームの色ゆえに「エル・ブランコ(スペイン語で白)」という愛称を持っていた。ヤクルト戦でヤクルトを、日ハム戦でハムを、対戦相手ファンが喰らうのと同じ原理である。
 お豆腐、はんぺん、白シメジ、エノキに白ねぎ、大和芋、大根…etc.仕上げは豆乳である。これが案外イケたりして。本人いたって大真面目で、ビッグイヤー獲りの調伏の儀式に臨んだ。
 そして……。
 乙女の一念、ついに、ユヴェントスはレアルを降し、決勝に進んだ。(続く)
コメント
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