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忍びの国を二度観る

2017年07月05日 | 映画
「忍びの国」をリピートしてきた。(前記事補足)

この作品でまず際立って感じることは全員キャストたちの人選が見事だったこと。
どの役者も嵌り役で活きている。

前半、(これ以下はネタバレになります)
怠け者のとぼけた無門(大野智)で可笑しみを誘うのだが、
怠け者で”絵”的に引っ張るには弱い部分を
大膳(伊勢谷友介)と北畠具教(國村準)が観客を掴む。
さすがの國村準の圧倒的な存在感がここに在る。
伊勢谷が國村に切り付ける瞬間、蹴られて落ちていく様は素晴らしくかっこいい
伊勢谷の大膳は終始、貫禄と鋭いビジュアルで画面を引っ張った。

下山平兵衛(鈴木亮平)も気迫の籠った全霊で向かってくるような演技だ。この人も見事。

信長の次男・織田信雄〈知念侑李)は以外にも(失礼)この人も役に嵌っていた。
偉大な父を持ったがための屈折感を 立ち姿・所作が未だ巧者とまでは行き難い知念なればこその
”今”でこそ出来る必死さが表出されていた。凄い頑張っていた。
その若き妻・凛もセリフを吐き出す声がド迫力で「おぉっ」と驚いた(やったね!平祐菜

十二家評定衆の巧者のクセ者俳優陣は言うまでもなく役を存分に愉しんでのではないか。
立川談春・でんでん・きたろう他の皆さん存分に堪能させてもらいましたぞ。
談春さんの声を張り上げるシーンはさすがの声域と張りでした。
でんでんも独特の底知れぬ薄気味悪さが健在で、きたろうはもうそのままの半六ですね。
次郎兵衛(満島真之介)は冒頭早々と死んでしまうがしっかりとインパクト残しているし、
マキタスポーツもかなり頑張って食らい付いていってました。

お国(石原さとみ)は美しかったな
品位の高い役どころゆえ、表情・所作を抑えつつじわりと感情を伝えてこなければならない。
限定された顔筋の中から演じてくる幅の広さ豊かさを感じる。
(欲を言えば、もっと無門との夫婦としての日常の情景を観たかったな)

そして、無門(大野智)です。
こければ自然に可笑しい、怒れば豹変する、哀切な場面では胸にグサリと刺さる。
大野の演技は狙ってこない、観客に媚びようとしない。
誠実な演技で、だから真っ直ぐこちらに向かってくる。
ゆえに人の気持ちがぐらりと動く。
役者として”神さまに指さされた人”と言いたくなる。

話題を呼んでいる無門と平兵衛のアクションシーンは二人の目付きに怖気づく。本当に凄い
ラストは唐突な形で哀切な別れとなり、無門が感情を表面にぶつけてくるシーンは心を鷲掴みにされる。
無門はお国が残した無言のメッセージをしっかり受け取っていた。
最後の最後、エンディングテーマが流れ始め無門と共に歩くねずみ(救い出された子ども)の
手の先の行方に注目して下さい。
虎狼であった無門が愛したお国によって(無門を愛したお国によって)もたらされた尊い”情”が通い始めた瞬間。
無門はこの後、孤独へと逆戻りしたのではなく子どもの”父”となって情を繋ぎ暮らしてゆけたのだなと
ナレーションで確認できたとき、私の気持ちは晴れやかに澄んでいった。


この作品は監督のキャスト人選の勝利
それに見事に応えた役者陣も素晴らしい

中村監督が伝えたかったメッセージは深く、今私がごときが読み解くのは敵わないのですが、
なるべくたくさんの人に各年代に届くようにと練られている作品だということは分かる。
小学生にも受け入れられ、女性にも男性にも年配の方にもと範囲を拡げてしまうと本当に難しい。
小学生にも分かるように描いてしまうとどこかの年齢層で忌憚を来たす恐れが充分にある、
年配の方に説得力をもたせようとすると年若い層がついてこれない。
もう、本当にかなり難しい挑戦をされている。
そんな難しい挑戦を試みて、結果、頃合いの良いベストなバランスで仕上がってきた作品だと思うのです。
劇場には老若男女が揃い、客席にいてその多様な色彩の雰囲気を感じるのが私も愉しいです。

予想もしなかったのは2度目を見終わってから登場人物それぞれを愛おしいと感じられること。
無門・お国を筆頭に大膳・平兵衛・信雄・左京亮そして伊賀のものども、十二家評定衆・・・それぞれがその時代の
背負った事情の中をそれぞれの立場で懸命に生きた・・・・監督、どえらい感情貰いうけました。

次々に手強そうな新作が続いてくる中、そっと地道にロングヒットになっていくのではないでしょうか。




附記
中村監督の「アヒルと鴨のコインロッカー」-2007-
も大好きな作品です。


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