日々、思うことをサラサラと。

日頃、イイな、とかおかしいゾ、とかキレイだなと思うことをサラサラと書き出してみたい。

世界の絵本展

2007年01月27日 | 美術展・本
ブラティスラバ世界絵本原画展」開催中!!
三鷹市美術ギャラリー  2007/03/11~まで

2年に一度の開催で待ちに待った世界絵本原画展です
絵画が「生」で観るのと図録とでは全く違うように、絵本も印刷された絵と「原画」では驚くほど伝わるものが違ってくる。
作者の溢れるばかりの想像力を駆使して、それを色と形に表現する力は相当なもの。
各国の絵本を比べてみるとその文化の違いが歴然と現れるところも面白い。
「へぇぇ・・」と驚いたのが、もう何十年も前に「日本の昔話」を題材に、外国の絵本作家が妙にリアルに挿絵を描いていたこと。そのリアルな作風は意外だった。
子どもの頃にこんな挿絵で読んでいたら脳にきつくインプットされ生涯忘れなかっただろうナ、と思わせる作品だった。

「夏のいちにち」の入道雲はやはり原画ならではでしか味わえない迫力がある。
まさに絵の中から雲がもくもく湧き出るような感じです。

「金曜日の砂糖ちゃん」の酒井駒子さんはもう知る人ぞ知る存在かな?
(画像参照)
一見、いわさきちひろさん描く子どもに似てるけれど、酒井さん独自の世界がしっかりある。お母さんのスリップを着たこの子はエロ可愛いのだ

イジー・トウルンカの「ほたる」は秀逸です。
昨年、偶然古書店で入手した「ほたる」を原画で見られるとはなんてラッキー!
この人の表現世界にハマるとうっとり気持ちよく酔います。美しい。


普段、絵本なんてちょっとねぇ・・と思われている方は是非原画の醍醐味をつまんでみてください。

ブラティスラバァ世界絵本原画展

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ジャンルはコメディですが・・

2007年01月20日 | 喜怒☆楽
「スパングリッシュ」 アメリカ/2006 監督ジェームズ・L・ブルックス

タイトルのスパングリッシュとは、ヒスパニック系の人々によって話されるスパニッシュとイングリッシュが入り混じった言葉の意味なのだそうだ。

シングルマザーの母フローラ(バズ・ベガ)と一人娘はメキシコからロサンジェルスに移り住む。そこでハウスキーパーの職を見つけ、夏の短期間だけは別荘で娘も一緒に暮らすことになる。
 そこでは・・人の繊細な心の動きに聡く優しい一流シェフの夫ジョン、悪気はないが言動と行動が一直線の妻デボラ、大らかな祖母、そして二人の子ども達、と裕福で明るく幸せを絵に描いたような家族に見えた。
が、容姿にコンプレックスを持つ心優しい娘に美しくアクティブな母はついつい自分の基準で物事を押し付けてしまう。娘はこんな母に日常グサグサと傷つけられているのだが事を荒立てず流していく。
この母には抵抗しても分からないだろうという子どもながらに達観した静かさがある。
一方、父ジョンはこの娘の我慢と心根の優しさをよく理解しており時々ギュっと温かく抱きしめてくれる。そう、言葉で伝えづらいときは黙って温かく抱きしめてあげたらいいんだよね。
祖母(デボラの実母)がいい。「Dearフランキー」の祖母も好きだったけど、こちらのお婆ちゃんは毒が抜けて大らか。マザコンぎみの娘デボラを結果的に操縦しちゃってるんだけど、全然毒がないから見ていて笑ってしまう。デボラの不倫を感知したときに娘に「あなたは今崖っぷちにいるのよ。戻ってらっしゃい!!」とあんないい旦那を逃がすんじゃないというような事を毅然と言い放つ。おぉ、爽快であり明快

こんなデボラだからフローラの娘にも余計なお節介を焼く。いや、お節介という生易しいものじゃなく「介入」です。踏み込んではいけない範疇までズカズカと颯爽と介入してくるのでフローラは憤る。フローラの拘り、育て方、判断基準の相違(文化の違い)が共に暮らすうちに歴然と現れてくる。その辺りをフローラは夫のジョンに相談するのだが、話し合っていくうちにお互いの中に共通する「あるモノ」を見つける。物事を思考するときの底を成す基準が似ている、ってこと。
二人は恋愛感情を持つが、お互い娘を家族を思う気持ちが真摯なだけにそっと別れていく。お互い、優先して守るべき人がいる。
どこかに「分かる人がいる」という存在を感じていられれば乗り越えていけることがいっぱいある。

フローラ役のバズ・ベガは魅力的(スペイン人)表情にあどけなさが残り
プロポーションが素敵。四肢が細くて少女のようにしなやかで胸が豊満
。横向きで夜風に吹かれてるシーンはホント綺麗だったなぁ。


コメディ、って笑わせながらも大事な芯を突っついてくる場面が多いので、ちょっとココでコーヒー淹れようなんて気ぃ緩めてられない。


あれれ、スパングリッシュの詳細紹介のURL入力したら「表示できません」でした・・・
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椿

2007年01月12日 | 喜怒☆楽
資生堂の商標「椿」を見るたびに、いいなァと思う

優しくシンプルな花と葉のデザイン。
シンプルの極みなのにしっかりと「椿」が伝わってくる。
そして、色彩が美しい。
実際の商標はもっと濃く、真っ赤に朱を混ぜたような色

画像の椿は写りが悪く綺麗に伝えられなくて残念ですが・・・
(しかも広告の文字がちらほらと見えている
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気がかりなこと

2007年01月09日 | 喜怒☆楽
各局18:00~のTVニュースで、昨年あたりから気がかりなことがある

なんだか”お昼のワイドショー”のような様相をしてない?
キャスターがハァハァ息を吐きながら芝居っ気たっぷりに事件現場を再現してみせたり。
軽薄感を否めないのは、事件の容疑者或いは被害者について「どんな方だったんでしょう?」などと近隣の住民にインタビューしている場面。どういう人?なんて質問を近所の人々に投げかけて、近所の人々が正しい判断できてるハズないでしよう。
友人同士の間での「どういう人?」とは訳が違うよね。
メインのニュース枠で、これを視聴してる人は各地に大勢いる訳で、そんなご近所サンの噂話のようなコメントを公の電波で流すとは・・

例えば
 インタビュアー「○○さんはどんな印象だったのでしょう」
  住民 「今どきのの娘さん、って感じですねぇ」

こんなコメント流されたら、この被害者の印象誤解されませんか。
ここんとこ、こんな↑インタビューを度々耳にします。
もっと誤解をもたらすことの怖さに配慮が欲しいのデス。



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2007年01月08日 | 映画
「いま ここに 在ることの 恥」 ー辺見 庸著ー

読みにくい本です。
が、読み進めていくと知らない・気づかないことの怖さ
に突き当たります。

作者の辺見氏は、2004年脳出血で倒れました。
その後、「審問」と「・・恥」を出版されてます。

身近に脳梗塞で倒れて数年という人がいる私にとって
、脳出血で意識不明となり記憶が曖昧となった時点での
意識の在り方、回復過程を知りたいという思いがこれら
の本を手にとるキッカケだった。

病状は人それぞれではあるが、意識が混濁しているとしか
思えない状況の中、自分がこれからどうなってしまうのか
という畏れをしっかり意識していることにまず驚く。
その語り口はなんと舌鋒鋭く明快なことか。元々、辛口の人
だけどこんな脳出血という状況を経てここまで強気でグングン
押してくる気概
もう、怖いものがないんだろうな。
いろんなモノ事が透けて見えてしまうんだろうな。

江藤淳氏は、脳梗塞に遭い心身の不自由が進み「形骸を断ずる」
と言い残し自死しました。このことに対し辺見氏は・・・・

「 病院で「形骸」と見なされてしまう人々をたくさん眼に
しました。私たちは彼らをじっと視る。しかし、彼らはただ
押し黙って”視る専制者”の餌食になっているわけではない
。彼らもまた内側からじっと視ている。反転した自分の内側
の深みに視線を注いでいたりする。そこに気づかなければ
ならない。その「形骸」といわれる者の実在こそが想像され
、表現されなければならないと思うのです。もの書きである
私がそれらの想像を放棄し、「形骸を断ずる」などという
ことがいえるでしょうか」 -中略ありー

この言葉は、自身がそこに立ったことのない者の発言だったら
絵空言に聞こえますが、今そこに凛と立つ人の言葉ゆえに
衝撃でした。ガツンときました。(江藤氏を否定しているのでは
ありません)

こんなガツンという衝撃とポカリという拳骨が随所にあります。
マスメディアを小泉さんをスパスパ切ります。

どっしりぎゅっぎゅっと重たいモノが詰まってますので
私の表現力では伝えきれないことが残念です。
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