「彼女は嘘をついている」小泉知樹 2006文芸春秋
あ~、なるほどね~「お父さんはやってない」と比べると、有罪になってしまったのも肯けるような気がする。
似たような経過をたどっているんだけれど、最後まで被害者女性を疑って責め続ける態度が違う。それはこの本のタイトルにも現れている。「自分はやってない」そう主張するのは構わないが、相手ばかりを憎み責めて理解しようとしない態度に、真実を導き出して証明(説得)しようとする真摯な姿勢は見出せない。それは裁判の心証をとにかく悪くするだけだったようだ。これが改められなければ再審もないだろう。
仲間を集め始める時期も遅かったよね。
奥さんが元気なのは一緒だな。女の人はつえーよね。ってか、奥さんは相手のことを想像する力があったようだから、もっとそこを検討して夫に理解をさせていけば、方向がもう少し変ったかもしれないな~なんて思ったりする。
で、ここでも思うのは「本当はやったんじゃないの」だな。立場上それを認めることが出来ないと、体裁のために意地になって嘘を突き通すタイプにも見える。
強制わいせつでなくて、
条例違反なら・・・どうだっただろう。
この人の言い分からすると裁判をしただろうけど。
原告被害者女子高生”も”嘘をついているかもしれないし、嘘をついていないかもしれない。勘違いや人違いかもしれない。悲劇のヒロインになりたい、ならなければならないという意識で虚偽告訴罪に問われるような犯罪を犯しているメンヘルかもしれない。検察が誘導してなかった事まであることとして組み立てたかもしれない。それは保釈条件のために、裁判が終わるまで確かめることができない。(終わったら探し出して話すことはできるのか?)
警察、検察、弁護士、裁判官というシステムの問題点の構造は他と変らない。裁判というのは裁判官が判決を下すのであり、裁判官の能力に過度の期待をしてはいけない。そこに提出されたデータで判断を下すだけなのだから。
建設業で真面目にやってきてある程度成功していた人であるらしく、そのために警察や裁判官を過度に信用していたのだろう。
または、建設業で上手く立ち回ってきた人間なので、警察や裁判官くらいは簡単に騙せると思っていたのか。
保釈金が異例の500万円だった事は、それだけ態度が悪かったという事か。追加保釈金が250万円~100万円~で、最終的に850万円 初犯(否認)なのに有罪実刑執行猶予なし
読みながら、筆者に対して
同情したり、
批判的に見たり、
最後までふらふらしっぱなしだった。
状況については
筆者の一方的な言い分であり、
それも全て疑って読んでいく。
検事の作文(供述調書)は確かに胡散臭い。
逃げる心配のない人間を保釈しないのは税金の無駄遣いですね。
供述について迂闊なのは取り返しがつかない。疑いを深めるだけ。
被告人質問でも、調書についての認識の甘さが見える。
最初の警察署で手に袋をかけられた理由を本当にわからなかったのか?痴漢容疑をかけられているんだぞ。手を洗ったのは迂闊なのか、それとも本当は痴漢をしていたから証拠を消したのか。
弁護士の選び方~失敗していたかも
犯行の不能性の証明~医者の診断書だけでなく、医師会にもその検査の有効性を補償してもらうくらいしないとだめかもね。なんだか、ごまかせそうに思うのは私だけではないだろう。
マスコミ~仲間集め遅すぎた~
痴漢に関するアンケート~分析(思考)が独善的
最後のほうで酔っ払いが女性から一方的に殴られたエピソードは創作ではないだろうか。
結局、『現行犯逮捕』として、それが行為の証拠とされてしまうのか。だから被害者の証言だけで進んでいく。そのために証言を崩すことが重視され、それによって無罪判決もいくつか出た。しかし、やはり証言を完璧に覆すことが出来るのは、アリバイ条件が満たされたときだけだ。
現行犯逮捕のつもり(勘違い、人違い)は勘弁してもらいたい。
証拠裁判主義(刑事訴訟法第317条)
憲法31条~刑事裁判適正手続の保証
『やった』のだとしても、子供にそれを知らせたくない。痴漢の子供だという負い目を負わせたくない。ならば、本当は犯罪を犯していようとも、勝てない裁判であろうとも、最後まで闘う姿を見せるしかない。最後まで嘘を突き通すしかない。そういった可能性もあるのではないだろうか。