YouTubeの「ゆる言語ラジオ」で知った映画を紹介します。
「博士と狂人」(P・B・シェムラン監督 2020年)
「ゆる言語ラジオ」の辞書編纂の話はとても面白かったのですが(特に新明解国語辞典の話なんか最高!)
この映画もとても興味深く面白かった。
19世紀末、オックスフォード大学でオックスフォード英語大辞典(OED)の編纂をした二人の人物の物語です。
「博士と狂人ー世界最高の辞書OEDの誕生秘話」(ハヤカワ文庫)というノンフィクション小説の映画化です。
OEDの編纂に関わった人は大勢いますが、中でも中心となったマレーとマイナーの二人は出色の人物です。
マレー(メル・ギブソン)は貧しい家の出で大学も出ておらず学歴もないけれど、10か国を超える言語に精通している天才。
そしてもう一人は、精神病院に収監されている殺人犯のマイナー(ショーン・ペン)。
マイナーはアメリカ人で軍医をしていましたが、戦争のPTSDで幻覚を見るようになり、無関係の男性を射殺してしまい収監されます。
オックスフォード英語大辞典(OED)は、英語圏で使われている英単語のすべてを網羅する、その出典も明らかにする、というのだから膨大な時間と人手が必要。
そこで、OED編纂に抜擢されたマレーは、素人のボランティアを募ることにします。
ボランティア募集の記事を見つけたマイナーは、
彼の持てる知識を総動員して、収監された精神病院から辞書編纂を手伝います。
映画は、この二人がどのようにしてあの膨大なOEDを編纂したかを語っていきます。
マイナーは精神病院に収監された後、彼が射殺した男の家族に自分の年金を送り続けるのですが、
辞書編纂と平行して語られるのが、このマイナーと未亡人イライザの関係。
マイナーは文字の読めないイライザに文字を教えたりするうちに、イライザに恋慕するようになり、イライザの心も揺れ動きます。しかし、死んだ夫は帰らない。イライザは板挟みに苦しみ、マイナーはその罪悪感に苦しむ、というお話が挿入されます。
OEDの編纂は、マレーが担当した当時10年くらいかかるだろうと言われていたのですが、完成までに何と70年もかかったという。今も次々と改訂版が出されているようです。
全ての言葉を網羅するって、そりゃもうまともな神経じゃできないよね。
それを成し遂げた人たちがいる、というのは凄いことです。
やはりある種の狂人たちであるといえるでしょう。
見終えると、世界というのは本当にいろんな出会いに満ちており、しかもその出会いが奇跡をもたらすのだなあと実感できます。
まさに、事実は小説より奇なり。
辞書編纂のために建てた小屋の中は単語カードの山。送られてくるカードを仕分けするだけでも大変。常に紙類が散乱し、その中で血眼になって言葉をかき集めて編集する人たちというのは、やはり鬼気迫るものがあります。
どの時代にも、世界を変える人たち、というのは確実にいて、
その人たちの超人的な努力によって、
「世界は一つずつ変わってきた」のだなあと実感できます。
こういう人たちのおかげで、たくさんの詩や小説や戯曲が生まれ、言葉の世界がますます豊かになってきたのですから。
ちなみに「ゆる言語ラジオ」によると、シェークスピアの時代には、こういう国語辞典のような普通の辞書はまだなくて、
「たぶんこれでいいだろう、エイヤッ!」という感じで言葉を使ってた、というのです。
シェークスピアも言葉に迷ってたのね。
ショーン・ペンの演技がなにしろ凄い。
骨太の見ごたえのある映画なので、辞書にはあまり興味がない人にもお勧めです。