(これは2018年7月14日の記事です)
今日紹介する映画は「否定と肯定」(原題はDENIAL)
(アメリカ・イギリス合作、2016年公開)
2000年にイギリスで行われた、ナチスドイツのホロコーストに関する裁判の実話を基に作られた映画で、主人公のリップシュタット本人が脚本を書いています。
アメリカ在住のユダヤ人歴史学者デボラ・E・リップシュタットは『ホロコーストの真実』という本を書き、ナチスのホロコーストはなかった、ガス室で殺されたユダヤ人はいない、と主張する歴史学者ディヴィッド・アーヴィングに真向から立ち向かいますが、彼女の講演会の最中、当のアーヴィングが現れて彼女を糾弾し、あろうことか名誉棄損で彼女を訴えます。
裁判はイギリスで行われることになるのですが、奇妙なことに、イギリスの法律では、訴えられた方に立証責任がある。
つまり、リップシュタット自身がアーヴィングの主張は捏造である・・彼はホロコーストが実際にあったことを知りつつ歴史を捻じ曲げている・・と立証しなくてはいけない。
リップシュタットのために大弁護団が結成されます。
弁護団のリーダーはアンソニー・ジュリアス。
リップシュタットは弁護団と共に、裁判に向けた調査のためアウシュヴィッツを訪れます。アウシュヴィッツの映像は何度見ても陰惨で胸が締め付けられます。
このアンソニーを演じているのがアンドリュー・スコット(「シャーロック」のモリアーティ役)、弁護団の一人に同じく「シャーロック」のマイクロフトもいて、しかも彼女を訴えるアーヴィングがティモシー・スポール(「ハリー・ポッター」シリーズに登場するネズミ男)とあっては、話の筋よりもそちらに目を奪われがちではありますが・・(話がそれました)
アーヴィングが主張するのは、
ヒトラーはユダヤ人を殺せという命令書を書いていない、だからユダヤ人虐殺はなかった、というものです。
もし、ヒトラーの命令書があるなら持ってこい、その人には賞金1000ドルを出す、と言い放ちます。
もちろんヒトラー自身でさえ、ユダヤ人虐殺が本当に正しいことだと思っていたわけではなく(収容所に入りきれなくなりやむなく虐殺した)だからこそ命令書などは書いていないし、ガス室の写真も撮らせなかったわけですが、
それを盾に「だからホロコーストはなかった」といい放つ歴史修正主義者たちの主張は、一見お粗末に見えますが、それが新聞ネタになり、若い人たちが「もしかしてホロコーストはなかったのかも・・」と思い始めるから厄介です。
歴史修正主義というのは、いつの時代もあるようで、日本でも、
「南京虐殺はなかった」「従軍慰安婦はいなかった」「朝鮮人虐殺はなかった」という形で存続しています。
アーヴィングと同じように、様々な資料や証言を駆使して、だから「なかった」と主張するわけですが、それを一つずつ崩していく作業は困難ですが、必要なことだと思われます。
この映画は、裁判シーンがメインなので、残念ながらリップシュタットの主張を詳しく解説してくれません。そこが少々物足りないところではありますが、彼女は冒頭で学生たちにこう説明しています。
ホロコースト否定論者は以下の四点を主張する。
① ヨーロッパの全ユダヤ人虐殺というナチス全体の命令はない。
② 死者の数は600万人よりはるかに少ない。
③ ガス室など新たに建設された殺戮施設はなかった。
④ よってホロコーストはユダヤ人が捏造したもので、彼らは賠償金をせしめてイスラエルを建国した・・
「ホロコーストは事実なので議論する気はない」というリップシュタットに、
「君の見解に合わない事実を恐れるからだ、私の主張する歴史が真の歴史だ」とアーヴィングは主張します。
裁判の結果がどうだったのかは、映画を見ていただきたいと思いますが、この裁判には多くの人たちが関心を寄せ、裁判費用を援助しました。スティーヴン・スピルバーグもその一人です。
歴史というのは時間がたてばたつほど、見方が変化していきます。
今目の前で起きている事実さえ、目を閉じ耳をふさぎ、認めようとしない人たちがいる、という事実を最後のシーンが教えてくれます。
世界はふたたび混沌とした様相を呈し始めていますが、歴史に学ぶことは重要で、だからこそ実際に何があったのか検証し、それを歪曲させないことが必要だ、ということをこの映画は教えてくれます。