死者のいる風景--キューバの太鼓儀礼 越川芳明
(エレグアのための太鼓儀礼)
キューバの各地を放浪していて、黒人信仰(サンテリア)の太鼓儀礼(タンボール)を初めて見たとき、これだ!と思った。
ハバナの街なかで知り合った男に、マンションの上階の部屋に連れていかれた。玄関を入ると、すぐに居間がある。部屋の奥に作られた祭壇には、紅白の幕が張られ、緑の布が飾られていた。後で分かったことだが、祭壇の色にはすべて意味がある。緑色は大自然を象徴するだけでなく、鉄を司る<オグン>という神様のシンボル。白色は法や秩序を司る神様<オバタラ>のシンボルといったように。オリチャと呼ばれる神様には顔がなく、色や数字で神様たちを表わす。
太鼓儀礼では、必ず最初の「演(だ)し物」は神様に捧げる。三人の鼓手は祭壇の神様に向かってすわる。歌も歌わずに、ひたすら太鼓を打ちつづける。どの神様に捧げるかによって打ち方は違うが、素人にはよく分からない。
三個の太鼓(バタ)は、それぞれ名前が異なる。いちばん大きいものはイヤ(アフリカのヨルバ語で「母」という意味)といい、基本となるリズムを刻み、曲をリードする。これにはぐるりと幾つもの鈴が巻きつけられていて、優雅な装飾音をつけ加える。中くらいのはイトトレ(「下で従う者」という意味)と呼ばれ、「母」と音楽的な対話をおこなう。いちばん小さいのはオコンロ(「小さい、若者」という意味)で、前二者のリズムに対して複雑な弾みをつける。 ある学者によれば、<アチェ>というエネルギーを起こすのが太鼓の役目であり、そのエネルギーによってあの世の魂をこの世に呼び込み、生者たちと交流させるのだという。だから、太鼓儀礼は、生者と死者の「交歓会」ということになる。日本のお盆みたいに、死者の霊がやってくるのだから。
アウンバ ワオリ アウンバ ワオリ アワ・オスン アワ・オマ レリ・オマ レヤボ アラ オヌ カーウェ
<エグン>と呼ばれる死者の霊を呼び出す歌である。
「アウンバ ワオリ アウンバ ワオリ」と、リードボーカルの司祭がヨルバ語で歌うと、大勢の参列者が「アウンバ ワオリ アウンバ ワオリ」と唱和する。西洋音楽でいう「カノン形式」だ。これは北米の黒人教会の「ゴスペル」でも見られる特徴である。
アフリカ起源の音楽には、演奏家と聴衆の境界がない。音楽は、かしこまって聴くものではない。聴衆も歌や踊りで参加するのだ。
僕はこれまでに何度も太鼓儀礼の席で、神様の霊や先祖の霊が踊っている人に憑依するのを見た。生者はその場で自分の人生をリセットして、これから生きていくための英気を得る。太鼓儀礼は趣味や鑑賞のためにあるのではない。アフリカから拉致された黒人奴隷とその子孫たちが白人主人たちに隠れてひそかに継承してきた、生存のための知恵にほかならない。
(明治大学経営企画部広報課編集『M Style』Vol.73, May 2015,p.16)
(左)秘儀である修行をおこない黒人信仰の司祭Babalawoになる。(右)司祭として、道具を使ってIFAの占いをする。
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