晴れた日の空に、大きな雲がぽっかりと浮かんでいます。大きな雲のその上には小さな町(まち)があります。地上からは見えないけれど、本当にあるのです。
空に浮かぶ雲の上の小さなこの町には魔女が住んでいます。でも、誰も魔女の姿を見たことはありません。
魔女の家は町のはずれにあります。魔女の家にはとても広い庭があって、みんな「魔女の庭」と呼んでいました。魔女の庭は色とりどりの低い柵でおおわれているけれど、入口らしいところに門はありません。いつでもお客さんを待っているかのように、ぽっかりと柵の間)が開いています。でも、誰もその庭に入ったことはありません。
魔女の庭の真ん中には、一本の大きな木が生えていました。というより、魔女の庭にはその大きな木しかありませんでした。とても変わった形をしたその木には、とてもおいしい実ができるという噂でしたが、誰もその実を食べたことはありませんでした。
そんな魔女の木がある雲の上の小さなこの町に、コブタクンは住んでいました。コブタクンの家は魔女の庭の近くにあって、コブタクンの家からは魔女の庭が良く見えました。小さいころからずっと、コブタクンは魔女の庭を見て暮らしていました。
ある日、おやつを食べながらコブタクンはコブタママに聞きました。
「ママは、魔女の庭にある魔女の木になる実って見たことがある?」
するとママは持っていたお皿を落としそうになるほどに驚いて言いました。
「魔女の木ですって?いったいどうしてそんなことを聞くの?魔女の木のことなんて考えてはいけないわ」
「だって見えるんだもの。ねぇ、魔女の木になる実っておいしいの?」
コブタママは困ったようにため息をついてコブタクンを見ました。
「魔女の実はとてもこわい実だって聞いているから、ママは魔女の実のことなんて考えたこともないわ。でも、そういえば実がなるっていう話を聞いたことがないわけでもないわねぇ」
「え!本当に?」
思わず立ち上がったはずみで、おやつの入っていたお皿がテーブルから落ちてしまいました。いつものおやつ、「雲の綿菓子」がふわふわと揺れながら落ちていきます。雲の上のこの町では、食べるもののほとんどは雲のようにふわふわで軽いものばかりです。だって、そうしないと雲から落ちてしまうから。コブタママはキッチンから新しい雲の綿菓子を持ってきました。
「ねぇ、魔女の実はいつなるの?」
「ママが小さいころに、おじいさんから聞いたんだけれど・・・」
コブタママは雲の綿菓子を一口つまんで言いました。
「年に一回くらい、ある日突然実がなるんですって。気がついたら実ができていて、いつの間にかなくなっているっておじいさんは言っていたような気がするわ」
「じゃあ、おじいさんは食べたのかな?!」
コブタクンは思わず身を乗り出してコブタママに聞きました。コブタママは困ったような顔をして言いました。
「おじいさんは立派な人ったから、決してそんなことはしていないわ。あなたも魔女の実のことなんて考えるのはもうやめなさい。魔女の実はとんでもないことをひき起こすとんでもない実なのよ」
コブタクンはつまらなさそうに雲の綿菓子を口に放り込みました。そしてそれ以上、コブタママに魔女の実のことは聞きませんでした。