葦の呟き

お嬢に翻弄される日常と、時折、自作の絵本を綴ります。

2.コブタネエサン

2013年08月11日 | 「コブタクンと魔女の実」


次の日、コブタクンが屋根に上って魔女の庭を眺めていると、
「コブタクーン」
 呼ぶ声が聞こえました。見ると、家の前でコブタネエサンがコブタクンに手を振っていました。コブタネエサンは、コブタクンと大の仲良しです。小さいころからいつも一緒に遊んでいました。コブタクンはするすると屋根から降りて、コブタネエサンのところに行きました。
「また魔女の庭を見ていたのね」
 コブタネエサンは、ときどきコブタママのような言い方をします。
「君までそんな風に言わないでよ」
コブタクンは少しくちびるをとがらせて言いました。
「それに、いくら魔女の庭を見ていたって、魔女の実なんて全然できないんだから。魔女の実ができるなんて、きっと嘘だね」
 コブタクンは半分強がって、半分本気でそう言いました。コブタネエサンは驚いたようにコブタクンを見ています。
「だいたいさ、いつなるかわからないなんておかしいじゃなか。誰も食べたことなんてないっていうし、見たことがあるっていう話すら聞かないんだもの」
 魔女の庭の方向を見ながら、コブタクンは言いました。すると、コブタネエサンはコブタクンの顔をじっと見つめてこう言ったのです。
「あら、じゃあ私が聞いてきた話はもういらないってことなのかしら?」
「話?何の話?もしかして、魔女の実の話?」
 コブタクンはあわてて聞き返しました。そんなコブタクンの様子を、コブタネエサンは楽しそうに見ています。
「そう、魔女の実の話。でももうコブタクンが魔女の実なんてどうでもいいって言うのなら、話す必要もないわよね」
「そんな意地悪言わないで教えてよぉ。ねぇ、どんな話?誰に聞いたの?」
 コブタクンはコブタネエサンの手を取って必死になってたずねました。するとコブタネエサンはくすっと笑って、少し声をひそめて話し始めました。
「あのね、私、昨日おじいさんとおばあさんの家に行っていたの。そこでおじいさんが話してくれたんだけど、おじいさんが子どものころに、一度だけ魔女の実を見たことがあるんですって」
 コブタクンは目を見開いてコブタネエサンの話の続きを待ちました。コブタネエサンはいちだんと声をひそめてゆっくりと続けます。
「ある日突然、木いっぱいに真っ赤な実ができていたんですって。魔女の庭に近づくと、今までかいだことがないそれはそれはいい香りがして、魔女の庭に引き込まれそうになったそうよ」
 コブタクンはますます目を見開いてコブタネエサンをみつめています。
「もちろん、私のおじいさんはとても立派な人だったから、魔女の実の誘惑になんて負けなかったわ。でもね、ひとりだけ、どうやら魔女の実を食べに行った人がいたらしいの」
 コブタクンの目は今にも落ちてしまいそうなほど見開かれていました。
「ちょうどコブタクンみたいに、ずっと魔女の実のことを気にしていたらしくって、魔女の実ができたって話を聞いたら、絶対に食べてやるって言ったんですって」
「そ、そ、それで?」
「ちょっと、コブタクン痛いわよ!」
 コブタクンは興奮しすぎてコブタネエサンの手をぎゅうっと強く握りしめていました。
「あ、ごめんごめん。それで、どうなったの?美味しかったの?」
 コブタクンはあわてて手を離しました。
「それがね」
 コブタネエサンは握られていた手を振りながら、さらに声をひそめました。コブタクンはゴクンとつばを飲み込みました。
「みんなで必死に止めたんだけれど、その人は全然聞いてくれなくって、こっそり魔女の庭に忍び込んだらしいんだけど・・・」
 コブタネエサンは顔をしかめてつづけました。
「その人は結局もどってこなかったらしいの。魔女の庭に忍び込んだらしい日から、その人は姿を消してしまったんですって。みんなは魔女が怒ってどこかに閉じ込めたんだとか、魔女のたたりだとかって言ってたらしいけど、その魔女にも誰もあったことはないっていう話よ」
「じゃあ、魔女の実の味は結局わからないってこと?」
「そうね。魔女の実はその日一日だけ実っていて、次の日になったらもうなくなっていたっておじいさんは言っていたわ」
 コブタクンは魔女の庭の方向に目をやりました。
「魔女の実のことを考えすぎると、魔女の実に取りつかれてしまうって、おじいさんは言っていたわ。だからコブタクンも、もう魔女の実のことなんて忘れて遊びましょうよ」
「う、うん・・・」
 コブタネエサンにさそわれるまま、コブタクンは公園へと出かけていきました。
コブタクンは魔女の実のことをあきらめることができたのでしょうか?いいえ。コブタクンの頭の中は、さっきよりもずっと魔女の実のことでいっぱいになってしまっていました。