葦の呟き

お嬢に翻弄される日常と、時折、自作の絵本を綴ります。

6.下の世界(つづきのつづき)

2013年08月17日 | 「コブタクンと魔女の実」
「ど、どうしたの?」
 コブタクンがあわててコブタネエサンのそばにかけよりました。コブタネエサンは窓の方を見ないようにしながら窓を指さし、しどろもどろに叫びました。
「外に、外に、何か変な化け物が!」
 なんと窓の外には、コブタネエサンが見たこともない毛むくじゃらの獣がいました。ぎょろっとした目は窓の中をにらみ、大きな牙がつきだしている口からはよだれがこぼれています。コブタネエサンの心臓は破裂しそうなほど激しく動いていました。でも、コブタクンは窓の外へ目をやると、なぁんだといった風にこう言ったのでした。
「大丈夫だよ、コブタネエサン。ただのオオカミだよ」
「オオカミですって?」
 コブタネエサンはかろうじて声を出しました。
「うん、オオカミ。ぼくもこっちの世界に来て初めて本物を見たんだ。初めて見た時はぼくも驚いたけどさ、ほら、この家はレンガの家だからね。オオカミは入ってこられないのさ」
 コブタクンは楽しそうに、でも優しくそう語りかけました。
「オオカミに、レンガの家ですって?そんなの絵本の話じゃない」
 まだドキドキする心臓をおさえてながら、コブタネエサンはテーブルの下で小さくなったまま言いました。
「そう、雲の上では絵本でしか見たことがなかったよ。でもね、こっちじゃあ本当にいたんだ!あのゆうかんで頭のいい三匹の子豚だってほんとうにいたんだよ。だからぼくたちはこのがんじょうなレンガの家に住んでいるのさ」
 コブタクンは楽しそうに、そして誇らしげにそう言いました。コブタママもニコニコしています。コブタネエサンは何が何だかわからなくなってしまいました。 それでもコブタクンに促されてテーブルの下から出てきました。
「こんな恐ろしいところで暮らしているなんて…」
 コブタネエサンは不安そうな目でコブタクンとコブタママを見ました。でもコブタクンは言いました。
「そんなに怖くはないよ。頼もしい仲間もいるしね」
「仲間?」
「そう。レンガの家のことを教えてくれた子豚のマールや、ちょっと危なっかしいけどゆうかんな野ウサギのフッサ、小さいけど頭がいい野ネズミのチーズ、他にもたくさんの仲間がいるんだ」
 野ウサギ?野ネズミ?とコブタネエサンが聞こうとすると、コブタママが言いました。
「そういえば、フッサのけがは治ったのかしら?」
「ずいぶん良くなったって聞いたよ。明日にでもお見舞いに行こうと思ってるんだけど、いいでしょ?」
 コブタママはにっこりと笑いました。コブタクンは、コブタネエサンの「訳が分からない」といった顔に気が付くと、コブタネエサンに向き直って言いました。
「この間、草原で美味しい人参が山のようになっている場所があるって聞いたフッサが行ってみたら、それはニンゲンが仕掛けた罠だったんだ。幸い罠にはかからなかったけど、その時にフッサは足にけがをしちゃったのさ。でもちゃんと人参の山の半分くらいはもらってきたんだよ。さすがフッサだよ」
「ニンゲンですって?ニンゲンって、私たちを食べてしまうっていうあの恐ろしいニンゲンのこと?」
「うん、そうだよ。なかにはそんなに怖くないニンゲンもいるんだけどね、やっぱり罠は嫌だね」
 コブタネエサンは言葉を失いました。ここはなんて危険なのでしょう。でも、どうしてコブタクン達はこんなにのんきに暮らしているのでしょう。コブタネエサンが何かを言いかけた時、今度は遠くの方からゴロゴロと、低く太鼓を打ち鳴らすような音が聞こえてきました。
「あら、雷だわ」
 コブタママが眉をひそめました。
「かみなり?」
 コブタネエサンが言うと、
「雨が降る前に戻りたいですねぇ」
 と、これまで黙っていたバンノトリがゆったりとそう言いました。
「あめ?」
 まだ日が暮れるには早いというのに、だんだんと外は暗くなってきました。急にまた不安そうになったコブタネエサンを見て、コブタクンは笑って言いました。
「大丈夫だよ。ぼくも初めて雨にあったときはおどろいたけど、ただ水が降ってくるだけだからさ。まぁ雷はちょっと嫌だけどね」
「水が降ってくるですって?」
 コブタネエサンはますます混乱してしまいました。そして、思い切って身を乗り出して言いました。
「コブタクン、帰りましょ!わたしたちの町に帰りましょうよ!」
 すると、コブタネエサンとコブタママは顔を見合わせて困ったような顔をしました。
「魔女にお願いして、元の体に戻してもらえばいいじゃない。わたしもお願いしてあげるわ!」
 それでもコブタクンとコブタママは困ったような顔をしています。
「オオカミだとかニンゲンだとかアメだとかカミナリだとか、こんな怖くて危ないところにいるべきじゃないわ。早く一緒に帰りましょうよ!」
 いてもたってもいられないといった様子のコブタネエサンを見て、ようやくコブタクンは口を開きました。
「それは…ちょっと無理かな」
 コブタネエサンは、はじめ何を言われたのかわからないようでした。
「ぼくたちはもう雲の上の世界には帰らないよ」
「ど、どうして!その体のことだったら魔女にお願いすれば…」
「そういうことじゃないんだ」
 コブタクンはコブタママと顔を見合わせました。そして言いにくそうにこう言いました。
「ぼくたちはこっちの世界が気に入ってるんだ」
 コブタネエサンは目を丸くしました。
「たしかにこっちの世界には怖いものや危ないものがたくさんあるよ。でも、それ以上にワクワクするような楽しいことがたくさんたくさんあるんだ。おいしいものだってたくさんあるんだよ。こっちには、まだまだ知らないことや知らないものがあふれてるんだ。おもしろい仲間もいるしね」
 コブタクンは目を輝かせていました。
「そうだ!コブタネエサンもこっちにおいでよ」
 コブタクンが言うと、コブタママもにっこり笑いました。
「そうね、それがいいわ。きっとあなたもあなたの家族も気に入ると思うわ」
 コブタネエサンは何と言っていいのかわかりませんでした。