家に帰ったころにはもう日が暮れ始めていました。いつもは待ち遠しくてたまらないばんごはんも、なんだか食べた気がしません。元気がないようなコブタクンの姿を、コブタママは食器を片づけながら、心配そうに見ていました。
コブタクンは部屋に戻ると、部屋の窓から魔女の庭をながめました。外はもう暗くなり始めているけれど、魔女の庭に魔女の実が揺れていることはどういうわけかはっきりと見えました。風もないのに、魔女の実のあのにおいが部屋中にあふれているようです。
「どうして一つだけしか食べちゃいけなんだろう」
コブタクンはふとそんなことを考えました。
あんなにたくさん実っているっていうのに、一つだけしか食べちゃいけないなんて、魔女はなんて意地悪なんだろう。
残った実はどうするんだろう。
そうか。魔女が全部ひとりじめするつもりなんだ。
「そんなことさせるもんか」
気がついたときにはもうコブタクンは魔女の庭めがけて走り出していました。
走っている間、魔女の実のにおいがずっとコブタクンの周りを包み込んでいるようでした。走りながら、コブタクンはいっしょうけんめい考えました。
どうすれば魔女の実を食べられるだろう?
どうすればバンノトリを追い払うことができるだろう?
そうだ。いいことを思いついたぞ。
今までで一番早く走ったというのに、魔女の庭に着いた時には息ひとつ乱れていませんでした。もうすっかり日は暮れているというのに、魔女の実がまぶしくかがやいて、魔女の庭はまるで真昼のようです。魔女の庭にはやっぱり魔女の姿はなく、バンノトリだけがぽつんと魔女の木にとまっていました。
「やぁコブタクン。また来たのかい?」
バンノトリは少し眠そうにそう言いました。
「そうなんだ。君にお礼をしようと思って急いできたんだよ」
コブタクンは、とろけるようなにおいの魔女の実には見向きもしないでそう言いました。バンノトリは少しおどろいたように目を見開きました。
「お礼だって?」
「うん。そうだよ。魔女の実を食べさせてくれたお礼だよ」
コブタクンがそう言うと、バンノトリはくちばしをコブタクンの目の前に伸ばして答えました。
「お礼をされるほどのことでもないさ。そもそもこの実はだれが食べたってかまわないんだから」
その言葉にコブタクンはおどろきましたが、今はそんなことを気にかけている場合ではありません。
「今夜、町でお祭をやるんだ。魔女の実が実ったお祭をね」
「お祭だって?」
「そう、お祭。久しぶりに魔女の実が実ったから、きっといいことがあるぞってみんなでお祭をすることにしたんだって。君はずっとここで魔女の木を見張っているんだろ?今夜はぼくがその番を代わってあげるからさ、たまには町に出てお祭に参加してみるのもいいんじゃないかと思ってやってきたのさ。きっと楽しいと思うよ」
魔女の実が耳元でくすくす笑っているような気がしました。バンノトリは少し考えているようでしたが、やがて首を伸ばすと町の方を見やりました。
「町なんて、もう長いこと行ってないねぇ」
「君が行けば、きっとみんな大喜びするよ!」
コブタクンにそういわれて、とうとうバンノトリは大きな翼を広げました。バンノトリは魔女の木の枝をポンとけって、静かに舞い上がりました。コブタクンの顔に笑みが広がります。
「ここはぼくにまかせて、ゆっくりしておいでよ!」
コブタクンはそういって大きく手を振りました。バンノトリはちらっとコブタクンの方を振り返り、
「今日はもう食べてはいけないよ~」
と言い残すと、町へと消えていきました。
コブタクンは、バンノトリの姿が完全に見えなくなるまで見送っていました。そしてバンノトリの姿が夜の闇に完全に溶けてなくなってしまうのを確認すると、
「よしっ!」
と小さくガッツポーズをして魔女の木に向き直りました。
魔女の実はあまくてとろけそうなにおいをふりまきながら、優しくあまい声で歌い続けています。歌い声に混ざって楽しそうな笑い声まで聞こえてくるようです。
コブタクンは魔女の実に手を伸ばしました。魔女の実は、コブタクンの指が触れる前にぽとんとコブタクンの手の中に落ちてきました。魔女の実はやさしくあまく歌い続けています。
コブタクンは魔女の実にかじりつきました。
あぁ、なんておいしいんだろう。
魔女の実は口の中であっという間にとろけるようになくなってしまいました。コブタクンは迷わずに次の実に手を伸ばしました。
あぁ、なんておいしいんだろう。
魔女の実の味は、食べるたびに違うようです。コブタクンが食べおわると、魔女の実は勝手にふわりとコブタクンの手の中に落ちてきました。コブタクンは夢中で食べ続けました。いくつ食べても飽きることはなく、おなかがいっぱいになることもありません。ただ、おいしいのです。
おや?
なんだかコブタクンが変です。
コブタクンの体が、じょじょにふっくらとしてきました。夢中で食べ続けているコブタクンは全く気が付いておらず、それどころか両手に魔女の実を持って食べ始めていました。あんなにほっそりしていたコブタクンの体は、あっという間に丸々と太ってしまいました。
そのとき、遠くの空からばっさばっさと羽の音が聞こえてきました。コブタクンにだまされたことに気が付いたバンノトリが帰ってきたのです。でもその音さえももうコブタクンの耳には入っていませんでした。コブタクンに聞こえるのは魔女の実の歌声だけ。コブタクンの目にうつるのは、まばゆくかがやく魔女の実だけ。
バンノトリが魔女の庭にようやくたどり着いたその時です。
丸々と太ったコブタクンの体は、魔女の庭からストーンと落ちてしまいました。
だって、ここは雲の上の町。重くなりすぎたコブタクンは、雲の下へと落ちていってしまったのです。
「あぁあ。だからとんでもないことになるって言ったのに」
魔女の木にとまり、コブタクンが落ちてしまった穴をながめながら、バンノトリはそうつぶやきました。
コブタクンは部屋に戻ると、部屋の窓から魔女の庭をながめました。外はもう暗くなり始めているけれど、魔女の庭に魔女の実が揺れていることはどういうわけかはっきりと見えました。風もないのに、魔女の実のあのにおいが部屋中にあふれているようです。
「どうして一つだけしか食べちゃいけなんだろう」
コブタクンはふとそんなことを考えました。
あんなにたくさん実っているっていうのに、一つだけしか食べちゃいけないなんて、魔女はなんて意地悪なんだろう。
残った実はどうするんだろう。
そうか。魔女が全部ひとりじめするつもりなんだ。
「そんなことさせるもんか」
気がついたときにはもうコブタクンは魔女の庭めがけて走り出していました。
走っている間、魔女の実のにおいがずっとコブタクンの周りを包み込んでいるようでした。走りながら、コブタクンはいっしょうけんめい考えました。
どうすれば魔女の実を食べられるだろう?
どうすればバンノトリを追い払うことができるだろう?
そうだ。いいことを思いついたぞ。
今までで一番早く走ったというのに、魔女の庭に着いた時には息ひとつ乱れていませんでした。もうすっかり日は暮れているというのに、魔女の実がまぶしくかがやいて、魔女の庭はまるで真昼のようです。魔女の庭にはやっぱり魔女の姿はなく、バンノトリだけがぽつんと魔女の木にとまっていました。
「やぁコブタクン。また来たのかい?」
バンノトリは少し眠そうにそう言いました。
「そうなんだ。君にお礼をしようと思って急いできたんだよ」
コブタクンは、とろけるようなにおいの魔女の実には見向きもしないでそう言いました。バンノトリは少しおどろいたように目を見開きました。
「お礼だって?」
「うん。そうだよ。魔女の実を食べさせてくれたお礼だよ」
コブタクンがそう言うと、バンノトリはくちばしをコブタクンの目の前に伸ばして答えました。
「お礼をされるほどのことでもないさ。そもそもこの実はだれが食べたってかまわないんだから」
その言葉にコブタクンはおどろきましたが、今はそんなことを気にかけている場合ではありません。
「今夜、町でお祭をやるんだ。魔女の実が実ったお祭をね」
「お祭だって?」
「そう、お祭。久しぶりに魔女の実が実ったから、きっといいことがあるぞってみんなでお祭をすることにしたんだって。君はずっとここで魔女の木を見張っているんだろ?今夜はぼくがその番を代わってあげるからさ、たまには町に出てお祭に参加してみるのもいいんじゃないかと思ってやってきたのさ。きっと楽しいと思うよ」
魔女の実が耳元でくすくす笑っているような気がしました。バンノトリは少し考えているようでしたが、やがて首を伸ばすと町の方を見やりました。
「町なんて、もう長いこと行ってないねぇ」
「君が行けば、きっとみんな大喜びするよ!」
コブタクンにそういわれて、とうとうバンノトリは大きな翼を広げました。バンノトリは魔女の木の枝をポンとけって、静かに舞い上がりました。コブタクンの顔に笑みが広がります。
「ここはぼくにまかせて、ゆっくりしておいでよ!」
コブタクンはそういって大きく手を振りました。バンノトリはちらっとコブタクンの方を振り返り、
「今日はもう食べてはいけないよ~」
と言い残すと、町へと消えていきました。
コブタクンは、バンノトリの姿が完全に見えなくなるまで見送っていました。そしてバンノトリの姿が夜の闇に完全に溶けてなくなってしまうのを確認すると、
「よしっ!」
と小さくガッツポーズをして魔女の木に向き直りました。
魔女の実はあまくてとろけそうなにおいをふりまきながら、優しくあまい声で歌い続けています。歌い声に混ざって楽しそうな笑い声まで聞こえてくるようです。
コブタクンは魔女の実に手を伸ばしました。魔女の実は、コブタクンの指が触れる前にぽとんとコブタクンの手の中に落ちてきました。魔女の実はやさしくあまく歌い続けています。
コブタクンは魔女の実にかじりつきました。
あぁ、なんておいしいんだろう。
魔女の実は口の中であっという間にとろけるようになくなってしまいました。コブタクンは迷わずに次の実に手を伸ばしました。
あぁ、なんておいしいんだろう。
魔女の実の味は、食べるたびに違うようです。コブタクンが食べおわると、魔女の実は勝手にふわりとコブタクンの手の中に落ちてきました。コブタクンは夢中で食べ続けました。いくつ食べても飽きることはなく、おなかがいっぱいになることもありません。ただ、おいしいのです。
おや?
なんだかコブタクンが変です。
コブタクンの体が、じょじょにふっくらとしてきました。夢中で食べ続けているコブタクンは全く気が付いておらず、それどころか両手に魔女の実を持って食べ始めていました。あんなにほっそりしていたコブタクンの体は、あっという間に丸々と太ってしまいました。
そのとき、遠くの空からばっさばっさと羽の音が聞こえてきました。コブタクンにだまされたことに気が付いたバンノトリが帰ってきたのです。でもその音さえももうコブタクンの耳には入っていませんでした。コブタクンに聞こえるのは魔女の実の歌声だけ。コブタクンの目にうつるのは、まばゆくかがやく魔女の実だけ。
バンノトリが魔女の庭にようやくたどり着いたその時です。
丸々と太ったコブタクンの体は、魔女の庭からストーンと落ちてしまいました。
だって、ここは雲の上の町。重くなりすぎたコブタクンは、雲の下へと落ちていってしまったのです。
「あぁあ。だからとんでもないことになるって言ったのに」
魔女の木にとまり、コブタクンが落ちてしまった穴をながめながら、バンノトリはそうつぶやきました。