葦の呟き

お嬢に翻弄される日常と、時折、自作の絵本を綴ります。

5.魔女

2013年08月14日 | 「コブタクンと魔女の実」
コブタクンが魔女の実を食べた日から数日がたちました。町はちょっとした騒ぎになっていました。
「コブタクンがいなくなったって本当かい?」
「コブタクンだけじゃなくて、コブタママまでいなくなったっていう話だよ」
 コブタクンとコブタママが突然姿を消してしまったのです。
「そういえば昨夜、きみょうな鳥が飛んでいるのを見たぞ」
 だれかがそういうと、
「ありゃあ魔女の鳥だ」
 と、町の長老が言いました。それを聞くと、だれもが不安そうに顔を見合わせました。
「そういやぁ昨日の夜はひさしぶりに魔女の実がなっていたなぁ」
 長老は目を細めて魔女の庭のある方角へ目をやりました。魔女の実、という言葉でざわめきが広がりました。やがてどこからともなく、
「魔女にさらわれたんだ」
 という声が上がり、またたく間に広がりました。
「コブタクンはだれよりも魔女の実に興味を持っていたんじゃなかったかい?」
 じっと魔女の庭の方を見つめていたコブタネエサンにだれかが声をかけました。コブタネエサンは気づかなかったのかこたえませんでしたが、かわりに別のだれかが言いました。
「そうそう、コブタクンは魔女の実が気になって仕方ないといった感じだったよ。きっと魔女の実ほしさに魔女の庭に行って、魔女につかまってしまったんだ」
 ひそひそと、ざわざわと、不安そうな声があちらこちらからあがり始めました。
「魔女に食べられてしまったのかしら」
「魔女の実を食べたりしたから、魔女が怒ったんだ」
「じゃあ、昨夜のきみょうなあの鳥はきっと、コブタママを探しにきたにちがいない。コブタクンだけでは気がおさまらずにコブタママまでさらいに来たんだ」
「あぁ魔女はなんて恐ろしいんだ」
「『とんでもないこと』っていうのはこういうことだったのか」
 そんな声をコブタネエサンはじっと聞いていました。だれよりもコブタクンと仲が良かったコブタネエサンは、じっと腕組みをして魔女の庭の方向をにらんでいました。
「恐ろしい魔女なんてこの町には必要ないじゃないか。魔女なんか追い出してしまおう」
「魔女の木も切ってしまえ」
 威勢のいいことを言う若者もいましたが、だれが魔女の庭に乗り込んでいくのかという話になると、とたんに黙り込んでしまいました。コブタクンとコブタママは魔女にさらわれたんだ。恐ろしい魔女をどうしたものか。おわりのない議論を続けている間に、コブタネエサンがその場をそっと離れたことにはだれも気づきませんでした。



 コブタネエサンは魔女の庭めざして走りました。
コブタクンはたしかに魔女の実にだれよりも興味を持っていて、もし魔女の実が実ったのなら食べに行ったのかもしれない。でも、魔女の実を食べたからってつかまえてしまうなんてひどすぎるじゃない。しかもコブタママまでつかまえてしまうなんて。そんなの絶対に許せないわ。
コブタネエサンは息を切らせて魔女の庭に飛び込みました。