葦の呟き

お嬢に翻弄される日常と、時折、自作の絵本を綴ります。

5.魔女(つづき)

2013年08月15日 | 「コブタクンと魔女の実」
魔女の庭には魔女の木が一本立っていました。魔女の木には一羽のきみょうな鳥が止まっていました。魔女の木には、実はおろか葉っぱ一枚ついていません。コブタネエサンはゆっくりと木の下まで進みました。コブタネエサンが魔女の木に近づくと、きみょうな鳥はゆっくりとコブタネエサンの方へ目を向けました。きみょうな鳥の大きな目に見つめられてドキッとしましたが、コブタネエサンはドキドキするのを気づかれないようにきみょうな鳥をにらみかえしました。
「やぁこんにちは」
 きみょうな鳥の声は、びっくりするくらいおだやかでした。まるで何事もなかったようです。コブタネエサンは勇気をふるいおこして言いました。
「コブタクンはどこ!コブタクンを返して!」
 きみょうな鳥はほうっと大きなため息をつきました。
「コブタクンならここにはいないよ」
「嘘よ!コブタクンは魔女につかまったんだってみんな言ってるわ!」
 コブタネエサンはきみょうな鳥をにらみつけて叫びました。それを聞いたきみょうな鳥は、なんだかとても悲しそうに見えました。
「みんなが…ね…」
 きみょうな鳥は小さくそう言って町の方へ目をやりました。
「そうよ!コブタクンが魔女の実を食べちゃったから、魔女が怒ってコブタクンをつかまえたんでしょ!その上コブタママまで!そんな大事な実なんだったら、だれにも見えないようにかくしておけばいいじゃない!」
 興奮するコブタネエサンを、きみょうな鳥は寂しそうに見つめ、そしてまた大きなため息をつきました。
「コブタネエサン、魔女はそんなことしてないよ」
 きみょうな鳥はつぶやくように言いました。コブタネエサンは自分の名前をよばれたことにおどろきながらも、勢いを止めることはありませんでした。
「そんなの嘘よ!魔女がつかまえたんじゃないのなら、コブタクンは一体どこに行ってしまったっていうのよ!」
 きみょうな鳥はまたまた大きなため息をつきました。コブタネエサンがさらに何か言おうとしたとき、魔女の木のむこうの方から静かな声がひびいてきました。
「そんなにバンノトリをせめないでやってくれないかい」



 コブタネエサンははっとして声の方を見ました。それはコブタネエサンと同じくらいの背丈のしわしわのおばあさんでした。どこからともなくあらわれたおばあさんは、びっくりして何も言えないでいるコブタネエサンの方へとゆっくりと歩いてきました。
「魔女さん。わざわざ出てきてくださらなくても…」
 もうしわけなさそうにバンノトリは言いましたが、こころなしか少しうれしそうです。
「あまりに騒々しいのでねぇ。気になって来てしまったよ」
「…まじょ?」
 コブタネエサンはおどろいたのとこわいのとで、ただ魔女をじっと見つめることしかできませんでした。魔女はコブタネエサンを見つめ返すと、びっくりするくらいのやさしい声で言いました。
「コブタネエサン、こんにちは。私が魔女だよ」
 しわしわの顔からしわしわの声が出てきました。しわしわの声だけれど、聞いているととても心が安らぐ声でした。
「こ、こんにちは」
 コブタネエサンはなんとかそう言いましたが、やっぱりそれ以上は何も言えませんでした。
「コブタクンとコブタママは、もうここにはいないよ」
 優しい声で魔女はそう言いました。魔女はコブタネエサンの目をじっと見つめています。魔女の目は、少しにごったガラス玉のようでした。
「そしてもうここには帰ってこない」
「どこに…」
 やっとのことでコブタネエサンは声を出しました。
「じゃあコブタクンとコブタママはどこにいるっていうの?」
 強く言ったつもりでしたが、魔女の目に見つめられているとどうしてだかさっきのようないきおいが出ません。魔女はゆっくりと下を指さしました。
「?」
 つられてコブタネエサンも下を見ましたが、そこにはふかふかの地面が広がっているだけです。
「下の世界に行ったのさ。魔女の実を食べてね」
「下の世界?」
 コブタネエサンには何が何だかさっぱりわかりません。そんなコブタネエサンを見て、魔女はやさしく言いました。
「会いたいかい?」
 これを聞いておどろいたのはコブタネエサンだけではありませんでした。バンノトリもおどろいたように目を見開いて魔女を見ました。
「会えるの?だったら会いたいわ!」
 ぱっと顔を明るくしたコブタネエサンがそう言うと、魔女はゆっくりとバンノトリの方へ向き直って言いました。
「ごくろうじゃが、コブタネエサンをコブタクンのところに連れて行ってやってはくれんかね。だいたいの場所はわかるじゃろう?」
「魔女さんがそうおっしゃるのなら、私はかまいませんよ。でも、いいんですか?」
 バンノトリはささやくように魔女にそう言いました。なんだか少し困っているようです。
「どうせ何を言っても信じてはもらえんじゃろう。自分の目で見て自分の耳で聞くのが一番じゃ」
 どうせなにをいってもしんじてはもらえんじゃろう。その言葉にコブタネエサンは少しドキッとしました。でもそのことを考える前に、バンノトリは木の枝からポンと飛び降りてコブタネエサンの前に背中を向けて言いました。
「さぁ早く乗っておくれ。行くなら早い方がいい。日が暮れる前に帰りたいからね」
 どこに行くのかわからずにとまどっているコブタネエサンに、魔女がそっと声をかけました。
「こわがらんでもええ。バンノトリがちゃんとコブタクンのところに連れて行ってくれるさ。自分の目で確かめてくればええ」
 コブタネエサンは、こわごわとバンノトリに近づいてその羽に触れました。
「さぁ早く」
 バンノトリにせかされて、コブタネエサンは心を決めました。
「じゃあ、行ってみる!」
 コブタネエサンがバンノトリの背中に乗ると、バンノトリはふわりと宙に舞いあがりました。思ったよりも乗り心地はよさそうです。バンノトリがはばたくたびに、コブタネエサンを乗せたバンノトリは高く舞い上がります。魔女は地面を指さすと、くるりと大きな円を描きました。すると地面にぽっかりと穴が開きました。その穴めがけてバンノトリは急降下しました。
「きゃーっ!」
 思わずコブタネエサンは叫び声を上げましたが、バンノトリはそんなことお構いなしに穴に飛びこんでいきました。穴を通るとき、魔女の声が聞こえました。
「下の世界の食べ物を食べちゃあいけないよぉー」
 バンノトリにしがみつきながらも、コブタネエサンの耳にはその言葉がしっかりとはりついているようでした。