ほんのりピンク色に染まった今朝の空。予報では午後から雨になるらしいが…。
ご近所の庭に咲くアジサイ、日に日に色が変わっていくよ。
わが購読紙掲載の『ふるさとの風景』。興味ある記事は切り抜いておく。その中の一つ「バチが当たる」を紹介。
小学生のころ、500円札を拾ったことがある。家路の途中突然雨に降られ、雨宿りをしたバス停に落ちていたのだ。
大金で使うこともできず、数日後、祖母に話すと、急いで僕を連れ、近くの駐在所届けに行った。その帰り、「熱で寝込んだのはバチが当たったせいかもしれん」と言い、仏教の因果応報の話で諭された。熱が出たのは雨に濡れたせいで、仏教の話も迷信だと、その時は思ったものだ。
わが家で洗濯機を買った時、祖母は「こんなに楽させてもらうとバチが当たる」といっていた。なぜ洗濯が楽になるとバチが当たるのか分からなかったが、自分だけ楽をするのはよくないという戒めだったことを今にして思う。
そしてこのごろは、この言葉がまんざら迷信でも非科学的でもないような気もしたりする。
「バチが当たる」とは、「天罰が下る」という意味の言葉だそうだ。今どきの若者はどうだか知らないが、私たち年代の人なら誰でも一度や二度、こんな風に考えた経験はあるだろう。
子どもころ、母方の祖母に「悪いことをしたらバチが当たる」とか「食べ物を粗末にしたらバチが当たる」と、よく言われたものだ。私はまた、いけ好かない人には「バチが当たればいいのに」と、口に出さないでも腹の中で思ったことは何度もある。
私は何か悪い事をしたときや、自分だけがいい思いをしたとき、いつも後ろめたい気持ちになる。その後ろめたさを消し去りたくて「いつかバチが当たる」と考えるのかもしれない。
贅沢はできないが、何の苦もなく気楽に暮らしている。が、世の中には辛い思いをしている人がたくさんいる。「これは不公平だ。きっとその内バチが当たるだろうなあ」と思う。だから2年前に骨折して手術したとき、「きっと神さまが少し痛い目に遭わせてやろうと天罰を下したのだろうね」と、親友に話したら笑われたけど…。今回の白内障手術でも術後スッキリとはいかなかったし、やはり「バチが当たった」のだろうと思う。
ネットに「バチが当たりやすい人の特徴」というのがあった。
①悪いことばかりしている ②人の意見に耳を貸さない ③自分勝手な性格
④人に優しくしていない ⑤やたらと偉そう ⑥神の存在を信じていない
このうち①以外はすべて私に当てはまる。それを回避したかったら、「神の存在を信じること」「笑顔と感謝の気持ちで人と接すること」とある。やれやれ!
すべてを迷信と一笑に付すこともできる。が、それだと本当にバチが当たりそうな気がして怖い。だから迷信でも信じればいいのだ。「信ずる者は救われる」「鰯の頭も信心から」というからネ。何だこりゃ!
バチが当たるという考え方は、確かにそうだなと思います。悪いことをしなくても、自分だけ良い思いをしていい気になっているとバチがあたるかもと、子どものころ思っていました。
オールドレディーさんの場合は、けっしてバチが当たったのではないですよ~
正義の味方のオールドレデイさんですもの
ご自分を責めないでくださいね。
ただ「バチが当たる」の思いは人として忘れてはいけない警句だと思います。
気持ちを引き締めて行動するということ。慢心という悪い気持ちが失敗(バチ)に繋がる
『約を以てこれを失する者は鮮(すく)なし』
論語より
と、思いながら、信じなければバチを当てるよ~といような神様ならいらないわ・・・とも思いつつ
何か悪いことが起こったら、勝手にバチが当たったと思い込むのも私です(笑)
確かにいい思いばかりしていると、こんなことしてたらバチが当たるわ・・・って何気なく思うことも
謙虚な気持ちが大切なんですね
コメントありがとうございます。毎日お忙しそうですね。
昨今はいろんな種類のあじさいがありますね。この花は日々色が変わり、房の区別がつかないくらい花がいっぱい、きれいでしょう。
いえいえ日頃の行いが悪いせいで、ころところオマケ?つきです。それでも終わり良しならば有難いと思わねば、それこそバチが当たりますね。
私は自己中の正義の味方? 口ではいいことばかり、結局は自分さえよければ…、という私だから、気が咎めてバチが当たると思うのでしょう。が、このくらいのバチで許されて有難いと思わねば…。
もう物欲はナシ、といえばウソになりますが、人さまを助けるほどの余裕はありません。せめて野に咲く花や空、海を見て美しいと感じる心のゆとりだけは無くさないように心がけます。
代々の宗派に属していても、まったくの無信心。それこそ「困った時の神頼み」の厚かましいババです。が、神仏を無視できないと考えるようになったのも年取った証拠だろうと思います。
おっしゃるように「謙虚な気持ちで生きる」ことが大切なのですね。
貴女のご家族はみんな仲が良くて、いつもブログを読むたびに幸せな様子が伝わってきます。いいご家族ですね。
感染者が多い北国在住の者です。
近年は北海道でも軽く30℃超えになる日が多く、暑さ苦手な私としては、この季節はどうも好きになれません(笑)
そうはいっても、花や風景の写真などは、どの季節でも心を潤してくれます。
でも世の中はみんなストレス抱え、ピリピリ状態。
最近見た、コロナに向き合う医療従事者のルポ番組では、一部の患者サイドから、命の選別を責められる医者たちのエピソードを知り、心身の疲労はいかばかりか…と切なくなりました。
一方でそういう現場を知ってか知らずか、国民に自粛などを求めながら、五輪は強行する日本政府やIOC・JOCなどの言動は、常軌を逸しているような気がします。
もちろんこんな現状でなければ、五輪は楽しめたのでしょうが、選手には悪いけど、中止した方がいいのかもしれません。
特に利権の話や、中止したら違約金が~などの儲けやお金の話が出てくる時点で、最早平和の祭典ではないような気がします。
希望者にワクチンを早く…というのはみんなの願いでも、『五輪は開催できる』という証明をしたい、という不純な動機が透けて見えて、本当に嫌ですね。
四字熟語やことわざでいえば、『無理が通れば道理引っ込む』をそのまま突っ走っているような、今の世の中はちょっと心配です。
愚痴多しで失礼しました。
お互いコロナには気を付けましょう。
ご自愛下さいませ。
お久しぶりです。お元気ですか。
北海道で30℃を超えるなんて、北海道は涼しい所というイメージは近年通用しなくなったのですね。
コロナ禍も例外ではなく、とくにオリンピックのマラソン会場になっている北海道としては大変な問題だろうと思います。
尾身会長の進言も無視。だれが考えても当然のことだと思うのに、菅さんには一向に通じないようです。非常事態宣言が解除されらまた元のようになるのは目に見えています。
高齢者へのワクチン接種が済んでも、オリンピックへ行く人は若い人がほとんどだから、あまり意味がないように思えますが…。
私は1回目の接種が終わりました。少しは安心感があります。が、安心して出歩くのは厳禁ですね。
あなたもどうぞお元気でお過ごしください。
いずれ私には、人生のたまりに溜まった「ばち」がどっと襲いかかるかも・・・。コワ~
このまえ白内障手術で入院したときの食事です。私は「ご飯粒を残すとバチが当たる」という祖母の教えが身についていて、ご飯粒は残しません。が、病院の食器は品質が悪いのか、くっついた粒を集めるのに時間がかかります。汚い食べ方をしたのが気になりましたが、食器を下げにくる時間までにはできなくて…。
考えてみれば「バチ当たり」は加齢とともに一気に押し寄せてきたようです。日頃の行いの悪さを反省しなくては、と思っても、今さら善人にはなれませんし…。