つれづれに 

老いてゆく日々、興味ある出来事に私見を添えた、オールドレディーの雑記帳です。

映画『渚にて』 “人類最後の日”・・・

2009-09-28 | 
 『渚にて』(ON THE BEACH)というタイトルだけを見ると、ラブロマンスを想像するかもしれないが、とんでもない。これは核爆弾の放射能汚染による人類壊滅を描いたSF映画である。この映画は、1957年、オーストラリアに移住したイギリス人小説家ネビル・シュートによって書かれた小説で、1959年に、グレゴリー・ペック主演で映画化された。また、2000年に、『エンド・オブ・ザ・ワールド』という邦題でテレビ映画化されているが、キャストは全く違うそうである。
 この映画では、核爆弾の一種「コバルト爆弾」が使用されている。コバルト爆弾とは水爆の周りをコバルトで覆った爆弾で、爆風や熱線の被害を増やさず、大量のコバルト60による残留放射線によって人的被害のみを大きくしようとするもの。爆発時の破壊力よりも、その後の被害を重視した爆弾で、地球が吹っ飛ぶようなことはないが、生物が死滅してしまうという恐ろしい爆弾である。この爆弾は実際には作られたことはないが技術的に作ることは可能だといわれている。
 コバルト爆弾は原子爆弾のような破壊力はないので、映画の中でも、傷ついた人たちの姿や焼け野原となった町の様子など、目を背けたくなるような残酷シーンは一切ない。が、モノクロにすることで、より放射能(核)の恐怖を描きたかったのかもしれない。

 「核」といえば、9月24日、国連安保理で米国のオバマ大統領が自ら議長を務め、「核兵器なき世界」を提唱し、全会一致で決議された。常任理事国の5大核保有国(アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国)が中心となって進めようというのであるが、インド、パキスタン、そして、核開発を行っているイラン、北朝鮮、イスラエルを合わせると、現在、核保有国は10ヵ国である。どの国が一番に核を放棄するだろうかだが、世界最大の核保有国であり、世界で初めて核兵器を持ちそれを使用したアメリカには、率先して核廃絶に取り組む義務があるように思う。

 この映画を観ていてふと考えた。1989年に、米・ソが冷戦終結を宣言しなかったら、そして1991年に、ソビエト連邦の崩壊がなかったら、あるいはこの映画のような第三次世界大戦が起きていたかもしれないと…。
 簡単にストーリーを紹介すると、1964年、第三次世界大戦が勃発。核爆弾(コバルト爆弾)による放射能汚染で北半球が全滅する。生き残ったアメリカ海軍の原子力潜水艦が、南半球のオーストラリア・メルボルンに寄港するところから映画は始まる。
 原子力潜水艦のタワーズ艦長(グレゴリー・ペック)はオーストラリア海軍士官ピーター(アンソニー・パーキンス)と、原子科学者オスボーン(フレッド・アステア)らと北半球偵察に出航することになった。その前夜、ピーターの家に招待され、そこで美しい女性モイラ(エヴァ・ガードナー)を紹介される。やがて2人は愛し合うようになり、つかの間のデートを重ねる。
 北半球偵察の途中、祖国サンフランシスコの港に到着するが、そこはすでに死の町と化し、人の姿も車も、動くものは何一つない。あのにぎやかなサンフランシスコの坂道は電車も止まり、建物だけがひっそりと建っているという不気味さ。
 やがて、メルボルンにも最後の日が近づいてきた。すべての市民は自宅での薬物による死を選ぶことを決意する。一方、タワーズ艦長はここで死を待つか、それとも死滅した祖国に戻るか、乗組員に選択させる。そして、故郷に戻りたいという全乗組員の意思を尊重し、艦長は愛するモイラに別れを告げ出航していく。

 この映画の舞台がオーストラリアということからか、「ワルチング・マチルダ」の曲が随所に流れてくる。この曲はオーストラリア国営放送局の海外向け短波放送の番組テーマ曲で、日本のNHK海外向け放送のテーマ曲「さくらさくら」に匹敵する国民的な曲だそうである。日本でも、おそらく聞き覚えがあるという人はたくさんいるだろう。
 この映画には、グレゴリー・ペック、エヴァ・ガードナー、フレッド・アステアのほかに、あの懐かしいアンソニー・パーキンスの顔が見える。彼は、1932年生まれだからこの時は32歳、凛々しい海軍士官の彼を見た時、私はすぐにわかった。
 彼を初めて見たのは1958年作『緑の館』で、オードリー・ヘップバーンと共演している。その時の彼は26歳、スリムで長身のとても美しい青年だった。のちに、アルフレッド・ヒッチコック監督の『サイコ』(1960年作)で一躍有名になった。だが、同性愛者だといううわさもあり、1992年、エイズのため60歳で死去したという。

 このグレゴリー・ペックの似顔絵は以前にアップしたもの。エヴァ・ガードナーとアンソニー・パーキンスの似顔絵も描いてみた。
 


 
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2 コメント

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モールス信号 (おくだっち)
2009-09-28 14:55:33
映画の中で、でたらめなモールス信号を拾い、生きてる人間がアメリカにいて助けを求めているかも知れないと期待させる場面がありましたね。

人は死に絶えて誰もいないオフィスの発信機に引っかかったカーテンの紐が風に吹かれて揺れていた。
他のストーリーは曖昧ですが、その場面は私には一番恐ろしく印象的だったので忘れられません。
その頃は、アメリカとソ連の冷戦が深まりボタン戦争という言葉も生まれた時期だったからかも知れませんが。
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Unknown (オールドレディー)
2009-09-28 17:41:13
♠おくだっちさま
1957年にすでに第三次世界大戦が想定された映画が作られるとは、いかに米・ソが緊張状態にあったかということでしょうね。
日本はようやく戦後から復興を果たし、これからという時代、たぶん戦争が起きるなんて考えてもいなかったでしょうね。

モールス信号に人の生存を期待して上陸してみればなんのことはない、風のいたずらだったなんて…。
それにしても全く動く物体のない光景って不気味ですね。
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