原作:橘紅緒 作画:宝井理人(大洋図書)
《あらすじ》
高校三年の篠弓弦は、月曜日の朝、弓道部の後輩である芹生冬至と校門で出逢う。学年を問わず女生徒に人気の芹生は、月曜日の一番最初に告白してきた相手と必ずつきあい、週末に必ず別れると噂されている。一週間限定の恋人――。弓弦の軽い気持ちから出た一言で、付き合うことになったふたりだが……
《この一文》
“ …なんか
見た目と違うんだよなぁ
この人 ”
漫画を読む時にも、作法というか、よりその作品を面白く味わうための最良の読み方というものがあるのではないかと考えさせられた作品です。
ここには、恋愛関係に踏み出そうとするふたりの高校生の1週間が描かれていて、月曜から始まって日曜日まで、日ごとに章が分かれています。また、7日間の物語を、作者は3年近くという長い時間をかけて連載したらしいことが下巻の途中に作者のコメントとして書かれていました。3年! そ、それは凄い! 確かに作品の最初と最後では、絵柄が微妙に違います。明らかに上手になっています。しかし3年間とは、雑誌で読んでいた人はジリジリして堪らなかったでしょうね; よかったー、私はコミックスで一気に読めて!
しかし、このお話ではその「ジリジリ感」を味わうことも醍醐味のひとつであろうと感じた私は、最初(の数回は)一息に最後まで読んだ後、次は「月曜には、月曜日のお話の分だけ読む!」という決まりを自らに科し、改めて一週間かけてこの『セブンデイズ』を読み直すことにしました。その方がより一層楽しめるのではないかという期待があったのです。我ながら、すごく貪欲です。
というわけで、続きがあるのにそれを読まないでおくというのは私にはかなりの苦行でしたが、しかし「一日に一日分作戦」はかなり効果的でした。すごく楽しめました。時々、単行本で一気に読むよりも雑誌連載で少しずつ焦らされながら読んだ方が面白い漫画というのがありますが、これもその種の漫画だったかもしれません。ま、とにかく、面白かったです。じっくりと味わうことができたので、その後は心置きなくリピート読みに入ることができました。読み過ぎ!
「見た目で勝手に判断しないで、本来の自分の姿を受け入れてくれる誰か」を求めている篠くんと、「心から想い、想われる関係を築くことのできる誰か」を求める芹生くんのお話。ふたりとも凄い美形なので、女の子には大人気。でも誰と付き合っても、どうにも本気になれないでいる。
篠くんは「(わりと大雑把で粗暴な)性格が、(繊細そうな)見た目から想像していたのとは違った」と言われるのにうんざりしているし、芹生くんは(この人は私はちょっと難しかったのですが、たぶん)「本気になりたいのに、本気になれる人が見つからない」、「心から自分を好きになってくれる人が欲しいけど、それ以上に自分がその人を本気で好きになりたい」のに、そうなれないことにガックリきているようです。
月曜日には互いのことをほとんど何も知らなかった両者が、少しずつ相手の「意外な面」に気づき、それに心が魅かれてゆく様子が描かれてありました。「意外性」ということが大事だったのではないかと私は思い返します。「付き合ってよ」という篠くんの問いかけに「いいよ」とあっさり答える芹生くん。ふたりの関係の始まりは極めて軽いものでしたが、お互いに抱いていた相手のイメージは交際することで少しずつ崩れていき、時々ちらっと姿を現す相手のその意外な部分にこそ自分の求めているものが隠されているのではないかと、二人は次第に真剣になっていきます。
表面的な印象を突破して、もっと深いところまで。
相手を深く知ることで好意が生まれるのか、好きだからもっと知りたくなるのか。どちらが先なのかは分かりませんが、「もっと知りたい」という、対象に向って真っすぐに進もうとする衝動は、なにか美しいもののように私には思えます。その一方で、知りたいのに分からなかったり、聞けば教えてもらえるかもしれないことを聞くだけの勇気を持てずに悩んだり、真っすぐに進みたいのについ立ち止まってしまう気持ちも、私にはよく分かります。
自分の感情も、相手の感情も、どちらも計りかねてしまう。分からなくて持て余してしまうようなそういう気持ちは、恋愛に限らずさまざまな人間関係の上にもしばしば沸き起こってくるものですよね。恋人でも友人でも家族でもまた別の関係でも、人と付き合うのは難しい。
けれども、人と付き合うのが難しいからこそ、自分の言おうとすることが相手に伝わった時のあの衝撃的な喜びがあるというものです。不完全なままの自分に興味や好意を持ってくれる人、自分の真剣さに同じような真剣さを返してくれる人に巡りあった時の、あの衝撃的な喜びがあるというものです。そう感じたのは自分の誤解だったんじゃないかと絶えず悩み疑いながらも、私たちはその喜びの味を忘れられなくて頑張ってしまうのかもしれません。
「自分のことを分かって欲しい」という思いと、「相手のことをもっと分かりたい」という思いと、両方に対して出来る限り誠実でありたいものだと思わされる作品でした。やっぱりそれが近道なのではないかと。どこまで行っても辿り着けないかもしれないけれど、やっぱりそれが近道なのではないかと思います。結局は辿り着かなくても、その過程で得られる喜びは、分からないことからもたらされる苦しみよりもずっと多大なものとなるんじゃないかと私は思いました。
ちなみに、この『セブンデイズ』はジャンルとしてはBLの名作として分類されるかもしれませんが、主人公の篠くんと芹生くんはふたりともお人形のように美しい上に、ストーリーについても恋愛初期のもどかしさをひたすらに描いたものなので、とくにジャンルを問わずに多くの人が楽しめる作品なのではないかと思います。面白かったです。
あ、でも、芹生くんがずっと想いを寄せていた「紫乃さん」という女性(芹生くんのお兄さんの恋人)には、私は正直ちょっとイラッとさせられました。天真爛漫と言えば聞こえはいいかもしれませんが、奔放にも限度はありますよね。芹生くんは篠くんを選んで正解だったと言えるでしょう。それにしても、お兄さんの「夏生さん」は「芹生夏生」というのか。「紫乃さん&夏生さん」のカップルもいろいろと問題を抱えていそうな感じが本筋の脇にチラチラと描き込まれていましたが、端から見ると「どこがいいのか分からん」というのもまた人間関係の面白さのひとつということなのでしょう。うむ。
少しずつ、ストーリーに合わせて1日分ずつ読み進めるのがおすすめです。ジリジリするような、あの気分が味わえます。良作!