新栄堂の占い日記

私はプロの占い師ですが、鑑定をしながら日頃感じる事…を書いております。

運命と宿命について(陰騭録から)

2021年05月04日 | 四柱・その他
人生は山登りと同じだと思います。
最初は、親に手を引かれながら個人としての山を登ります。
そして、ある段階になると、二人(夫婦)で山を登ります。
そして、子供が出来ると、子供を導きながら山を登ります。
また、山を登る時にはリュックサックを背負って登ります。
運の良い人は、そのリュックの中に、山登りに必要な酸素ボンベや、チョコレートやアンパンが入っています。
運の悪い人は、そのリュックの中に重いレンガが入っている場合もあります。
確かに運の善し悪しはあると思います…

天気の良いとき(良い大運)は、人生という山登りも楽しいと思いますが、天気が悪いとき(悪い大運)の山登りは大変だと思います。
下山したくなる時もあり、頂上を目指すことを諦める場合もあると思います。
様々なことがあると思いますが、頂上に到達したときの景色は絶景だと思います…。

四柱推命で自分自身の命式や行運を知ると、自分に合った登山の仕方が分かりますし、現在がどの様な運気の時なのかも詳細に知ることができると思います。
それらを正しく理解して、人生という山を楽しく登りたいと思います。

運の善し悪しも命式や行運(大運・流年)を見ると良くわかります。
苦労が多い人もいますし、ラッキーな方もおられます。
下記は、『陰騭録』という運命と宿命について語られた内容です。
ネットに載っていたので転載しました。
運命を好転させる方法に「陰徳善行」というものがあります。
参考にしてみて下さい。

『陰騭録』(いんしつろく)とは、明代、呉江の人で、嘉靖年間から万暦年間を生き、74歳で亡くなった袁了凡(袁黄)が自己の宿命観を乗り越えて、自分から運命を創造してゆくことを悟った体験を書き記したもので、日本においても広く流布した庶民道徳の書物です。
元々は遺言として子孫に残した『了凡四訓』という内容が、後の世に伝えられて『陰騭録』となりました。
“陰騭”という語は、『書経』洪範篇にある「天は冥々の中に生民の住むべきところを騭(さだ)め、その住居をする大地をも相協(しょうきょう)す=ととのえて下さる」という言葉に由来しています。
袁了凡は、日本でいえば丁度安土桃山時代の頃に生きた人で、後世出世して高官となり、交易と漁民に被害をなす倭寇を平定したり、豊臣秀吉による朝鮮出兵の軍を退けたりしています。

そこで陰騭録ですが、ここには運命と宿命という観点で、袁了凡のわかりやすい逸話が残されています。

袁了凡は若い時分、ある占いの翁に悉く自分の運命を言い当てられてしまい、人には決まった定めがあり、それはどうすることもできないという宿命観に陥った結果、煩悩や欲望を一切捨てて生きていました。
そんなある日、雲谷禅師と出会います。
そんな袁了凡を見て雲谷禅師は感服していましたが、ある日…
「あなたはお歳が若いのに似合わず、非常にお出来になっておるようだが、どういう修行をされたのか」
と問われます。
そこで袁了凡は…
「別に修行なんてしておりませんが、少年のときに、これこれという次第で占いの翁に人相を観てもらって、いろいろと予言された。
それが一つも狂わなかったので、それ以来余計な煩悩やあがきを一切止めました」
と答えます。
それを聞いた雲谷禅師は
「なんだ、そんなことか。それではまことに君はくだらぬ男だ」
と吐き捨てて言うのです。
袁了凡がその理由を尋ねると、
「人の運命が初めから定まっておるものなら、何故に釈迦や孔子が苦労したのか。
偉大なる人が学問修養したのは、それによって人物を創ることができるからだ。
運命というのは変えていくもの、創造していくものだ。
確かに”命”というものは存在するが、人はその”命”を知り、”命”を立てることができる。
自ら立てるもの。
人間以外のほかの動物にはできないことを人はやることができる。
即ち真の運命とは、”命を知り(知命)”、”命を立てる(立命)”ことである。
人とはどういうものであり、いかにすればどうなるかということを研究し、それに従って自らを創造することができるところに万物の霊長たる意味がある。
命は我より為すものである。
今日ただ今より、新しい人生を生きよ。」と説かれたのです。
袁了凡は愕然として悟り、発奮して学問に励み修身勤しんだところ、占いの翁の予言したことは以降悉く外れた、という話しです。
※)袁了凡という名は、占いの翁に寿命が尽きると言われていた53才の時に改名した名前。

この体験を基に袁了凡が人の運命論を説く書物、これが陰騭録となる訳です。

人が浅はかで無力であると、宿命に引き摺られた生き方になります。
人が本当に磨かれてくると”運命”に、即ち自分で自分の”命”を創造することができます。
そのためには、人は一生を通じて切磋琢磨し、学問修養しなければならないということです。
”禍福はすべて己より求めるものである”ということを悟り、陰隲つまり”自然の支配する法則を、人間の探究した法則に従って変化させてゆく”ことを志して自らの運命を切り開くこと”立命”こそが、何もより肝要だということなのです。

四柱推命の変通星の中に「敗財」という星があります。
敗財を持つ人は、人情的に流される傾向があると言われています。
また、偏印という星には裏方という意味があります。
故に敗財と偏印とが天干に並び、その十二運が弱い場合は、裏方的な苦労をされる場合も多い様です。
裏の苦労ですので、人からの評価は受け難い場合も多いですが、それこそ陰徳善行の極致だと思います。
人が評価しない分、天は見ていますので、「穴埋め」には最高のチャンスの時ともいえます。
穴が埋まれば家が建ちます。他の為に生きるのは天に宝を積むのと同じなのですね…
この様な変通星を持たれた方は、「陰徳善行」を意識されると良いと思います。

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コメント (4)
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