諦めない教育原理

特別支援教育は教育の原点と聞いたことがあります。
その窓からどこまで見えるか…。

120 幸福の種 番外

2021年02月07日 | 幸福の種
八ケ岳 北八ケ岳から南八ケ岳をみています。一面のカラマツ紅葉

まとめが長くなってます。
私たちは子ども達の幸福のついて意識的に、あるいは無意識に考えつつ、日々の指導に当たっています。

だけど、こんな根源的な問題を意識レベルで、過ぎ去る日々の中で立ち止まって考えるのは難しいものです。

私自身、幸福論を考えとき、息をつめて、海底の真珠をとりに、素潜りで挑むような感じがしています。
なかなか、日常の諸事に追われて息が持たないというの実感です。

でも実際。日々の指導の根底には「どう係ったら、この子の将来に有用だろうと」無意識に思っているはずです。
そこには個々の先生なりの子どもの関係者としての「幸福論」が働いているはずです。

そんな想いによって、日々の指導は成り立ってします。
こんなことは「学習指導要領」にはなく、みな自前の良心によっているのです。

そんな感覚。

そんな自前の良心を発揚?しあうシステムが仲間なんだろうと思ったりします。
手弁当?であつまるような仲間たちこそ、幸福論の答えをもったいるのかな、と思ったりします。

今日は、まとめはできませんでしが、もう少し、海底に潜って真珠をさがしたいと思います。

Coming Soon.


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