学校を出て最初に就職したのが婦人服のメーカーだと以前に書いた。その会社の専務、通称「センムのチューさん」に可愛がられた。専務のお供でお得意先に伺うべく、渋谷の道玄坂を登ろうとしていた。その時チューさんは高名な果物店の前で足を止め、最前列に並んでいた葡萄のアレキサンダー(マスカット)を一房もち上げるとじっと眺めていた。そしてその房から一粒をつまんで食べた。続いて二粒目、三粒目も食べたとき、奥から店員が走り出てきた。彼が何か云おうとした時、「君、これ美味しいね」と云って房を台の上に置き、私をうながして悠然と歩き始めた。店員は唖然として何も云えなかった。チューさんを呆然と見ているだけだった。あの一房は売り物にならないだろう。当時でもかなりの値段だった。
正月に、営業部の有志で専務のお宅に年始に伺った。チューさんは大喜びで我々を招き入れた。応接間の床一面にウィスキーやブランディ―、それと見たこともない洋酒が大量に並べられていた。「よく来てくれた。遠慮せずに腹いっぱい飲んでくれ」と云われた。酒を、ましてや度の強いウィスキーやブランディを腹いっぱい飲むなどの発想はなかった。「君たちに飲んでもらう為に、一年かけて集めたんだ」と上機嫌で云った。私の就職したばかりの頃は、床に並べられていた洋酒はどれも非常に高価で、一本買うだけで一か月分の給料が無くなるほどであった。
ゴールデン・ウィークは一日も休まずに働いた。我社の売り上げの大部分はデパートに依るものであった。百貨店が休まない限り、我々営業部員とそれをサポートする社員は休めない。その代り、ゴールデン・ウィークが終ると楽しい社員旅行があった。昨年、入社したての時の社員旅行が思い出され、ゴールデン・ウィーク中の朝早くから夜遅くまでの勤務は苦にならなかった。
今年の社員旅行は熱海の少し手前の来宮だった。熱海に泊る費用と同じ額を来宮の旅館に払うなら、かなり豪華な食事と贅沢な部屋に泊まれた。この案を出したのは一年先輩の営業部員だった。旅行は大成功であった。彼は学生の頃からこのメーカーにアルバイトに来ていたと聞いている。
宴会の後でチューさんは豊満な体格の女子社員に抱きつき、容易に放さなかった。抱きつかれた彼女もそれほど嫌な顔をしていなかったので、周囲は何も云わなかった。今ならセクハラで訴えられていたであろう。少々のことでは問題にされなかった当時が懐かしい。
正月に、営業部の有志で専務のお宅に年始に伺った。チューさんは大喜びで我々を招き入れた。応接間の床一面にウィスキーやブランディ―、それと見たこともない洋酒が大量に並べられていた。「よく来てくれた。遠慮せずに腹いっぱい飲んでくれ」と云われた。酒を、ましてや度の強いウィスキーやブランディを腹いっぱい飲むなどの発想はなかった。「君たちに飲んでもらう為に、一年かけて集めたんだ」と上機嫌で云った。私の就職したばかりの頃は、床に並べられていた洋酒はどれも非常に高価で、一本買うだけで一か月分の給料が無くなるほどであった。
ゴールデン・ウィークは一日も休まずに働いた。我社の売り上げの大部分はデパートに依るものであった。百貨店が休まない限り、我々営業部員とそれをサポートする社員は休めない。その代り、ゴールデン・ウィークが終ると楽しい社員旅行があった。昨年、入社したての時の社員旅行が思い出され、ゴールデン・ウィーク中の朝早くから夜遅くまでの勤務は苦にならなかった。
今年の社員旅行は熱海の少し手前の来宮だった。熱海に泊る費用と同じ額を来宮の旅館に払うなら、かなり豪華な食事と贅沢な部屋に泊まれた。この案を出したのは一年先輩の営業部員だった。旅行は大成功であった。彼は学生の頃からこのメーカーにアルバイトに来ていたと聞いている。
宴会の後でチューさんは豊満な体格の女子社員に抱きつき、容易に放さなかった。抱きつかれた彼女もそれほど嫌な顔をしていなかったので、周囲は何も云わなかった。今ならセクハラで訴えられていたであろう。少々のことでは問題にされなかった当時が懐かしい。