「そこまではチャリで楽に行けます」と若い人に云われて、一瞬理解出来なかった。だが、チャリはチャリンコ(自転車)のことかと判断し、その話についていけた。スマートフォンをスマホと略すぐらいならついていけるが、最近はやたらと略して、というより端折ってしまう云い方をする。
何十年か前に「レイコー」と云われて全く理解出来なかったことがあった。大阪ではアイス・コーヒーのことをそのように云っているらしかった。「冷コー」即ち冷やしたコーヒーの略であった。大阪の言葉には理解に苦しむことが多い。特にお笑い芸人が幅を利かすようになってからはその傾向が強い。前にも書いたことがあるが、「そこを退いて貰ってもいいですか?」と云われた時には何かを頼まれたらしいが、何のことか理解出来なかった。要は「恐れ入りますが、そこを退いて頂けないでしょうか?」と云う素晴らしい日本語があるのに、最近では「~して貰っていいですか」と云うおかしな日本語が幅を利かしている。大阪出身のお笑い芸人が広げた言葉であろう。また、自分を卑下するつもりなのか、内心では自慢するつもりなのかは知らぬが、自分の役職について「~をさせて貰っている」とおかしな日本語が幅を利かせている。
最初は奇異に感じていた単語や言い廻しが世に浸透し、それが正しい日本語と誤解されるようになることが恐ろしい。町のご隠居が嘆くようなことを書いてしまったが、年々正しい、美しい日本語がどんどんゆがめられてしまうことを危惧している。
私の写真仲間の一人に古代文学の学者がいるが、言葉の乱れを嘆くより、諦めてしまっているのではないかと思えるように振舞っている。現役の教授であったころは学生たちの使う言葉をその都度訂正していたが、相当に疲れる作業だったようだ。
この日は相当に暑く、吉祥寺の駅を降りてすぐに引き返したくなった。而し、神代植物公園の魅力を想像し、意を決して暑い中をバス停に向けて歩き始めた。バスを降り、公園正面に向かう道路の両側を見ると沢山のきれいな花々が見ごろを迎えていた。
お昼にいつも行く深大寺蕎麦(深大事門を出て、二軒ある向かって右側のソバ屋(松葉茶屋)にいつものように入り、天ぷら蕎麦を注文した。ゆっくり昼食を済ませてから再度植物園に入り、違う場所を撮影するのが習わしになっているがこの日は違った。口の中に髪の毛が入っていることに気が付いたのだ。蕎麦に入っていたか、タレに入っていたか天ぷらに入っていたのかは不明だ。髪の毛が入っていたことを店員に云うと、新しいタレをもって来て「済みませんでした」と云われてお終いだった。口の中のものを全て出し、勘定を済ませるとすぐに公園に戻った。客あしらいが親しみのこもったものと感じていた「松葉茶屋」だが、実はそれが単に客に対する粗雑な口の利き方と対応であったのだったと考え直した。もう行かぬ。戻った神代植物公園内の水道で口を漱ぎ、大急ぎで正門に向かった。出る前に口直しに食べたソフトクリームの美味しかったことがわすれられない。






何十年か前に「レイコー」と云われて全く理解出来なかったことがあった。大阪ではアイス・コーヒーのことをそのように云っているらしかった。「冷コー」即ち冷やしたコーヒーの略であった。大阪の言葉には理解に苦しむことが多い。特にお笑い芸人が幅を利かすようになってからはその傾向が強い。前にも書いたことがあるが、「そこを退いて貰ってもいいですか?」と云われた時には何かを頼まれたらしいが、何のことか理解出来なかった。要は「恐れ入りますが、そこを退いて頂けないでしょうか?」と云う素晴らしい日本語があるのに、最近では「~して貰っていいですか」と云うおかしな日本語が幅を利かしている。大阪出身のお笑い芸人が広げた言葉であろう。また、自分を卑下するつもりなのか、内心では自慢するつもりなのかは知らぬが、自分の役職について「~をさせて貰っている」とおかしな日本語が幅を利かせている。
最初は奇異に感じていた単語や言い廻しが世に浸透し、それが正しい日本語と誤解されるようになることが恐ろしい。町のご隠居が嘆くようなことを書いてしまったが、年々正しい、美しい日本語がどんどんゆがめられてしまうことを危惧している。
私の写真仲間の一人に古代文学の学者がいるが、言葉の乱れを嘆くより、諦めてしまっているのではないかと思えるように振舞っている。現役の教授であったころは学生たちの使う言葉をその都度訂正していたが、相当に疲れる作業だったようだ。
この日は相当に暑く、吉祥寺の駅を降りてすぐに引き返したくなった。而し、神代植物公園の魅力を想像し、意を決して暑い中をバス停に向けて歩き始めた。バスを降り、公園正面に向かう道路の両側を見ると沢山のきれいな花々が見ごろを迎えていた。
お昼にいつも行く深大寺蕎麦(深大事門を出て、二軒ある向かって右側のソバ屋(松葉茶屋)にいつものように入り、天ぷら蕎麦を注文した。ゆっくり昼食を済ませてから再度植物園に入り、違う場所を撮影するのが習わしになっているがこの日は違った。口の中に髪の毛が入っていることに気が付いたのだ。蕎麦に入っていたか、タレに入っていたか天ぷらに入っていたのかは不明だ。髪の毛が入っていたことを店員に云うと、新しいタレをもって来て「済みませんでした」と云われてお終いだった。口の中のものを全て出し、勘定を済ませるとすぐに公園に戻った。客あしらいが親しみのこもったものと感じていた「松葉茶屋」だが、実はそれが単に客に対する粗雑な口の利き方と対応であったのだったと考え直した。もう行かぬ。戻った神代植物公園内の水道で口を漱ぎ、大急ぎで正門に向かった。出る前に口直しに食べたソフトクリームの美味しかったことがわすれられない。





