~風に吹かれて~ by ポー(paw)

-人の中に 人の創り出した物の中に 動植物の中に 地球や宇宙の中に 魂の琴線にふれ 愛を感じながら 生き込みたい-

千葉県富津市周辺 黄金アジと鋸山と富津岬と

2023-07-02 20:36:48 | ・ショートトリップ

2022.5.19 黄金アジが食べたいってことで千葉県内房へ行ってきました。都内西部からは東京湾アクアラインを使うと距離的にかなり短縮できます。東京湾アクアラインの海ホタルPAで休憩。何年振りだろう。。。

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海ホタルPAから木更津方面。海底トンネル抜けて、ここから橋になります。

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反対側、川崎方面。白いのは風の塔。川崎市浮島の沖合約5kmに作られた直径約200m、深さ75mの人工島。 風の塔の上には、高さ90mと75mの2つの塔がそびえています。トンネル内部の空気を排気、外から空気を送気したりするための施設。

その後、木更津JCTから南下。黄金アジ~~~(笑)

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富津市の魚屋の磯料理 まるとし

11時、開店頃に到着しましたが、既に待ってるお客さんが・・・。駐車場が少ないんです。駐車場は店横に3台、斜め向かいに3台。店前は国道127号で交通量も多く、道路で待つわけにもいきません。結局、斜め向かいの駐車場で空くまで待機。平日なのに人気ですねえ。

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待っている間に磯を散策。

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海藻が妙に赤いな。調べたけど良く分からない。ウミウシはいませんでした。

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対岸は三浦半島。

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黄金あじコース(1980円)。黄金アジのフライは肉厚でデカく、お腹パンパンになりました。

 日本でアジといえばマアジ(マアジ属)のことを指す。他にシマアジ、ムロアジ、マルアジなど。マアジの中に、他の海域に回遊することなく一定の場所に根付くマアジがいる。これらは豊富なエサ(プランクトン等)を食べ根付いているので脂の乗りが良くなる。これら根付きのアジは体色が黄身掛かり「黄金アジ」と呼ばれる。とくに東京湾入口の潮の流れの速い場所の浅瀬に棲むアジは美味い。6~8月が旬の時期。富津市金谷周辺には、黄金アジフライを出すお店が数件集中してあります。

お腹いっぱいで、近くの鋸(のこぎり)山へ。

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日本寺大仏

日本寺(にほんじ)は、千葉県安房郡鋸南町にある、曹洞宗の寺院。山号は乾坤山(けんこんざん)。本尊は、薬師瑠璃光如来大仏日本寺大仏)があることで知られる。
寺伝によれば、聖武天皇の勅願により、行基によって神亀2年(725年)に開山されたとされ、当初は法相宗に属していたという。

最盛期には七堂十二院百坊を有する規模を誇り、良弁空海円仁らが留錫(りゅうしゃく)したと伝える。良弁は木彫の大黒天を彫り、空海は100日間の護摩を焚き、石造の大黒天を彫り遺し、仁王門の金剛力士像は円仁の作とする伝承がある。

天安年間(857年 - 859年)、円仁が入寺して天台宗の寺院となったと伝え、その後、隆盛と衰退を繰り返したが、復興には源頼朝足利尊氏の援助を受けたという。

真言宗を経て、江戸幕府三代将軍徳川家光の治世に曹洞宗に改宗した。幕府から朱印状を与えられていた。境内にある五百羅漢像(千五百羅漢)は、江戸時代後期にこの寺を復興した高雅愚伝(当寺第九世)が発願したもので、上総国望陀郡桜井村の石工・大野甚五郎英令が門弟27人と共に安永8年(1779年)より寛政10年(1798年)までの前後約21年の歳月をかけて彫ったものであり、約1,553体の石仏がある[1]
日本寺 (千葉県鋸南町) 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』最終更新 2021年12月20日 (月) 12:10

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カエルの鳴き声が高らかに響いていました。大仏の周りの水場には無数のオタマジャクシ^^;

日本寺は現地の地図で見ると、見所が近そうに見えますが、実際にはかなり登らなければならなかったりします(以前に来た時の記憶)。なので大仏参拝後、館山登山自動車道で山頂付近へ(ロープウェイもあります)。

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百尺観音
太平洋戦争の戦没者や交通戦争の犠牲者の供養のために彫られたもの。房州石(ぼうしゅういし)の石切場跡に彫られた磨崖仏(高さ100尺=約30m)昭和35年から6年の歳月をかけて彫られました。

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百尺観音付近から見る地獄のぞき

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地獄のぞき こうやって展望台から撮ると、すごく怖そうに思えますが、そうでもないです。

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でも下を見ると怖いかな(笑)

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房州石(金谷石)
房州石、金谷石として、鋸山山中から運び出された石(凝灰質砂岩)は、内房線開通以前には船で運ばれ、江戸・東京の町造りや、開港当初の横浜港の護岸工事などに活用されました。

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山頂付近からは東京湾および房総半島、富士山等が見渡せます。

その後、「音楽と珈琲の店 岬」へ。

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映画「ふしぎな岬の物語」のモデルになったカフェです。

その後、富津岬へ。

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富津岬展望台

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鶴のくちばしのように突き出した約5kmの砂嘴(さし)。7km先の対岸は三浦半島の観音崎。

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ほぼ半世紀前に来ているのですが、あまり変わっていなかったようにも。
楽しい一日でございました^^

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日本橋~神田~秋葉原 路地裏と神社と橋と

2022-05-17 10:44:21 | ・ショートトリップ

日本橋堀留町で健康診断を受けた後、神社参拝をメインにブラブラしてきました。この辺りの神社は、ほとんど屋敷稲荷神社です。

中央区には「日本橋」と名前の付く町が沢山あります。

1878年11月2日施行の郡区町村編制法に基づく東京15区のうち、日本橋区と京橋区が誕生。現在の中央区に相当する。
1947年 3月15日 - 両区を併せて現在の中央区となる。旧日本橋区域の町名に「日本橋」の冠称が付く。中央区 (東京都) 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』最終更新 2022年5月8日 (日) 08:40

・日本橋(1~3丁目)
・日本橋大伝馬町おおでんまちょう
・日本橋蛎殻町かきがらちょう(1~2丁目)
・日本橋兜町かぶとちょう
・日本橋茅場町かやばちょう(1~3丁目)
・日本橋小網町こあみちょう
・日本橋小伝馬町こでんまちょう
・日本橋小舟町こぶなちょう
・日本橋富沢町とみざわちょう
・日本橋中洲なかす
・日本橋人形町 にんぎょうちょう(1~3丁目)
・日本橋馬喰町ばくろちょう(1~2丁目)
・日本橋箱崎町はこざきちょう
・日本橋浜町 はまちょう(1~3丁目)
・日本橋久松町ひさまつちょう
・日本橋堀留町ほりどめちょう(1~2丁目)
・日本橋本石町ほんごくちょう(1~4丁目)
・日本橋本町ほんちょう(1~4丁目)
・日本橋室町むろまち(1~4丁目)
・日本橋横山町よこやまちょう
・東日本橋

こんなにあるんだ!

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三光稲荷神社(日本橋堀留町)

絹布問屋田原屋村越庄左衛門、木綿問屋建石三蔵の両家が江戸時代初期に勧請したとも、中村座に出演していた大阪の歌舞伎役者関三十郎が元禄2年(1689)以前に伏見より勧請したともいいます。

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富澤稲荷神社(日本橋富沢町)

創建年代は不詳ながら、往古巴熊稲荷神社と称していた。

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笠間稲荷神社(日本橋浜町)

茨城県・笠間稲荷神社の分社で、常陸笠間藩第8代藩主・牧野貞直が下屋敷内に御分霊を奉斎したことに始まる。

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元徳稲荷神社・綱敷天満神社(日本橋浜町)

元徳稲荷神社綱敷天満神社は、元徳稲荷神社に同町内にあった綱敷天満神社を合社しました。元徳稲荷神社は、当地に屋敷のあった細川公が、墨田区立川3丁目の三ッ目通り三ノ橋の袂にある元徳稲荷神社の分霊を懇請して建立。

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茶ノ木神社(日本橋人形町)
当地は下総佐倉藩大名や幕府大老を務めた堀田家の中屋敷地であり、その守護神として祀られたもの。祭神は稲荷神。

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松嶋神社(日本橋人形町)
口伝によると鎌倉時代の元享(1321)以前に、柴田家の祖先が下総の国からこの小島に移り住み、邸内に諸神を勧請したと推測。島稲荷大明神と称された。

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かしわ天うどん 手打ちうどん、すんごくこしがあって美味しかったですよ。

たまたま通りかかった水天宮裏の讃岐うどん「谷や」日本橋人形町)。なんか気になって入店。11時10分くらいでしたが中には既に数人お客さんが。私の出る頃には、ほぼ満員でしたわ。帰ってから調べたら、食べログ『うどん(Tokyo)百名店 2020』選出の人気店でした^^

かしわ天とは、鶏肉に衣を付けて揚げた天ぷらのことです。鶏の天ぷらを「かしわ天」と呼ぶのは香川県特有の言い回しだそうで、地元では、香川県の名物である讃岐うどんのトッピングとして愛されているそうです♪ 
西日本では、しばしば鶏肉のことを「かしわ」と呼びます。
そもそもかしわとは、675年の仏教国教化により肉食が禁止される法律が生まれ、そのころ肉を指す隠語として誕生した言葉です。茶色い地鶏の羽根の色が赤く、柏の葉に似ていることに由来しているのだとか。 ちなみに、イノシシ肉はぼたん、シカ肉はもみじと呼ばれていて、同じく植物の名前から取られています!https://macaro-ni.jp/62545さまより引用。

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八百屋さん日本橋人形町)^^

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小網神社(日本橋小網町)

平日のお昼過ぎでしたが参拝者が並んでいました。すごい人気ですね。ここは屋敷稲荷ではなさそうですが小網稲荷大明神。

文正元年(西暦1466年)、庵の周辺で悪疫が流行し、人々は困り果てていました。そんななか、網師の翁が海上で網にかかった稲穂を持って庵を訪れ、数日間をこの庵で過ごしました。ある夜、庵の開基・恵心僧都が当時の庵主の夢枕に立ち、網師の翁を稲荷大神と崇めれば、村の悪疫は消滅することを告げます。 夜が明け、網師翁の姿は庵にはありませんでしたが、庵主は恵心僧都の託宣を村人たちに告げ、翁を小網稲荷大明神と称え、神社を創建して日夜祈願をつづけました。すると間もなく村の悪疫は鎮まり、村人たちは歓喜したといわれています。https://www.koamijinja.or.jp/index.htmlより引用。

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常盤稲荷神社(中央区日本橋本町)
長禄元年(1457)に太田道灌が江戸城を築城の際、京都伏見稲荷大神の御分霊をいただき、常盤稲荷と名付け、同城の守護神として勧請。

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珈琲郷(日本橋小舟町) いや~昭和に行けそうなお店でした^^

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古いビルのお隣に列。。。なんだ?「更科」という老舗のお蕎麦屋さんでした(日本橋本町)。

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宝田恵比寿神社(日本橋本町)
慶長十一年(1606年)の昔四百十余年前、江戸城外宝田村の鎮守様。

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裏通りが良い感じ^^

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北上して道路一本渡ると千代田区。で「神田北乗物町」こんな町名のところがあったとは・・・知りませんでしたわ。で調べたら、江戸時代、「駕籠(かご)」を作る乗物職人が住んでいた町らしいですよ。

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お隣は神田東紺屋町。ビルに囲まれて・・・・^^;

「紺屋」という町名は、江戸から明治にかけて、藍染職人が住んでいて、染物業が盛んであったことに由来しているそうですよ。

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神田須田町付近

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「肉の万世」 秋葉原本店サイド。

1949年(昭和24年)設立。戦後に秋葉原で開業した電気部品商・鹿野無線が母体。

万世橋の脇だったから肉の万世というのは昔から知ってたけど、電気屋さんが前身だったのかあ。

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万世橋より東方向。電車、重なって走ってました(笑)
山手線、宇都宮線、高崎線、上野東京ライン、京浜東北線など。

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万世橋より西方向。

旧万世橋駅の開業時(明治45年)に作られたホーム部分がよい感じです^^

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万世橋の隙間から秋葉原方向。

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万世橋 なんかこの辺りの風景は好きなんですよね^^

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旧万世橋駅の開業時に作られたホーム部分を『2013プラットホーム』として整備、デッキとしてよみがえりました。

 

いや~、なかなか面白い散策になったのでした^^

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八王子神社周辺ハイク(花鳥蝶)

2018-05-15 17:01:31 | ・ショートトリップ

2018.5.6 GW最終日、低山ハイクを兼ねて八王子神社へ詣でました。

八王子神社は八王子城址の城山山頂付近に鎮座しています。旧道を上り富士見台まで登り新道を下りました。
ハイク編です。花やら蝶やら鳥さんを。。。

神社までは写真はありませんが、シャガがたくさん咲いていました。駐車場に着くと大砲をセットした鳥屋さんが・・・。
サンコウチョウが入っているらしい。鳴き声は聞こえるがなかなか姿を現さないようです。

フタリシズカ(センリョウ科チャラン属)

奥は「三人静」(笑  ヒトリシズカと花がずいぶん違いますが共通点も多いようでどちらもチャラン属のようですよ。

ヒカゲチョウの仲間ですね。お目目がいっぱい。登山道では良く見かけますね。

カキドオシ

ウツギ

 

9合目、400m位だったかな?眺め良いです^^

う~ん・・・分からない・・・マダラ蝶の仲間でしょうか?

どうも「アカボシゴマダラ・春型」のような・・・。

となると、要注意外来生物・・突如出現したことなどから蝶マニアによる人為的な放蝶(ゲリラ放虫)の可能性が高いと
いわれている。by wikipedia  ひょえ~~~!!

桐(キリ)の花

富士見台から観る富士山^^ そんなに期待してなかったんだけど観えるとやっぱり嬉しいですね^^

下りの途中で登山道に現れたキビタキ♂ 枝かぶりでなかなかピントが合わず。。。

開けた場所から山肌に黄色い花が・・・。望遠撮影。ジャケツイバラでしたー。上部の偶然撮れてる白い花は
朴ノ木の花。遠いからなんか小さくみえますね~。

相変わらず時間をかけています(笑)低山ハイクでしたが結構歩きましたよ。良い足慣らしでございました^^

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荒崎公園周辺

2018-05-11 12:36:32 | ・ショートトリップ

2018.5.4 GWの最中、一年ぶりにウミウシ探索隊出動したのですが風が強くて強くて・・・潮溜まりもNG状態。
それにしてもスゴイ渋滞でしたわ。横浜新道から横横方面大渋滞で今井ICで下道。日野ICから横横へ。
更に衣笠IC出口渋滞2KM、三浦縦貫道134号合流まで繋がって・・・^^;横須賀ICで降り裏道を駆使し畑を抜けて
荒崎までワープ。三浦には15年近く通っているけど、これだけ渋滞したのは初めてでしたわ。近隣のソレイユの丘も
駐車場1時間待ちだったとか・・・恐ろしい・・・。

荒崎公園駐車場入り口脇の私営駐車場に入れようとしたらココも満車。
この写真は、丘上に案内され駐車場に利用された畑の隅から撮ったショット。いつもの駐車場のおばあちゃん、居なかった
けど、元気だそうで・・良かったです^^

ソレイユの丘の観覧車。こんなのが出来てたんですねー。 

久しぶりに公園の先端辺りを歩きました。

こんなポイントがあったんだ・・・知らなんだ・・・。いつも磯ばかり見てるから(笑

富士山 よく見えていましたが、強風でスゴイ波です。

強風の中、たくさんの方々がBBQやってました。トンビもBBQ狙ってましたよ。

いつも観察していたウミウシ探索の潮溜まり。こんな中でもkouchaはオトメウミウシ、イソウミウシ、ダイダイウミウシ、
アメフラシ類を見つけていました。アメフラシはすごい数でラーメンのような卵塊もたくさん。しかし、強風がひどく、
ほどほどで切り上げました。

モンキアゲハ

トベラ 良い香りがしていました。

ヤセウツボ

岩場の上でkouchaが発見。以前、所沢郊外のシロツメクサ群生地で見たことがあります。
「マメ科やキク科などの植物に寄生し、とくにシロツメクサなどが群生しているところでみられる」との事なので
マメ科やキク科の植物が近くにあったのかな。外来種^^;

なんと磯場にギンカクラゲ。カツオノエボシも居ましたよ。という事はアオミノウミウシも探せば・・・??

カジイチゴ 花

カジイチゴの実 頂きました。美味しかった~^^

あらさき亭前の花壇 なんていう花でしょう?豪華です^^

というわけで一年ぶりの長井・荒崎周辺でした。目新しい地物を出すようなお店が増えていました。逆に古くからの大衆
食堂が無くなっていたり、目印にしていたカラフルなお宅が更地になっていたり・・・一年で随分変わっていました。
でも、やっぱり海はいいですね~。このところ山ばっかりだったので。。。また来よう^^ 

コメント (4)
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地層と石灰のお勉強

2018-03-23 07:19:49 | ・ショートトリップ

2018.3.4 栃木市の「四季の森星野」へセツブンソウを見に行ってきました。

セツブンソウ鑑賞後、四季の森星野を出て、クルマをそのまま駐車したまま、星野集落周辺を散策しました。 ザゼンソウに
出逢った後、地図を見ると地層が見れるところがありそうなので行ってみました。
 
「星野遺跡地層たんけん館」なんか裏側から入っちゃいました。

深さ10mの地層に旧石器時代~縄文時代(約13万年前~2千年前)の13の文化層(人間の生活が確認できた層)があり、
8万年以前の石器も見つかった。スゴイですね~。

栃木市星野の約10mの地層は、富山県立山!!!、群馬県赤城山、榛名山、鹿児島県姶良カルデラ!!!、浅間山から
の火山の噴出物が堆積して出来ている。鹿児島県姶良カルデラっていうのは驚きですね!!ここまで噴出物が運ばれてきている
とは!!!

館内に展示されている地層。

クルマを停めた近くのお蕎麦屋さん「ゆず里亭」で昼食。お蕎麦、大盛を頼んだら、ものすごい量でした^^

その後、春植物を求めて満願寺方面へ(後日投稿)。なんかやたらと走行車が多い。ドン突きの道のはずなのに・・・何か
イベントでもあるのかと思ったら、満願寺の門前蕎麦屋へ「寒晒し蕎麦」を食べに行くクルマだったのでした。
いや~、蕎麦屋は5~6件あったようですが、何処も外までの列で大賑わい。いや~ここでお蕎麦を食べるべきだったかなあ。。
まったく知らなかったので驚きでしたわ。

この辺り、石灰工場が多く、山の様相が凄かったです。

いや~スゴイです。

ところで「石灰」とは何者か?勉強、勉強^^

石灰=セメントと思ったら、山を削るだけではセメントは作れない。実際には石灰岩を採掘し、それといくつかの原料を
焼成することで作られる。主原料は石灰岩。

石灰とは、サンゴ礁や貝のかけら
・南の海のサンゴ礁が太平洋プレートに乗って移動し、押し上げられ日本各地の石灰鉱床を生成。
石灰は、海外資源に頼ることなく国内で自給できる数少ない資源のひとつ。
高品質の鉄を造るための大切な脇役的物質。
道路の補強的素材。漆喰、セメント。
農作物を育てる。石灰を使い土を中和。
酸性雨、排気ガスの硫黄酸化物の除去。
水の浄化
フレスコ画・・砂と石灰を混ぜて作った壁材。
http://www.tochigi-lime.com/ 参考

いや~、こんなに石灰が活躍しているとは・・・・。

植物相から見ると、
好石灰岩性の日本の固有種>セツブンソウ、フクジュソウ、イチリンソウ・ニリンソウ・キクザキイチゲ・
ヒロハノアマナ・ヤマブキソウ・ミノコバイモ・カタクリなどスプリング・エフェメラルと言われる草本類。
ツゲ・アブラチャン・ハシドイ・クロウメモドキ・ダンコウバイ・コゴメウツギ・オオイタヤメイゲツ・
マユミなどの木本類。などがあります。
普通の植物が育ちにくい場所で生き延びてきた輩たち・・・ということですかね。スプリング・エフェメラルは、
どの植物よりも早く花を付けて生き延びてきました。スプリング・エフェメラルを探すという事は、おのずと石灰岩域に
入り込んで行くことになるわけですね。

遠くに日光の男体山?

いや~いろいろとお勉強になりました。

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迎賓館赤坂離宮2

2018-01-19 18:19:59 | ・ショートトリップ

つづきです。

2018.1

昨年12月、「平成29年度迎賓館赤坂離宮一般公開本館及び主庭参観(個人)」へ応募していました。
以前仕事で前をよく通ることがあって、一度、参観してみたいなあと思っていたのでした。

で、1月に参観してきましたよ。14時からの参観だったので、正面は逆光で残念でした。でも主庭の庭園側は、
西陽を燦々と浴び、それはそれは美しかったです。赤坂迎賓館2で投稿します。

というわけで、ここから主庭側です。

館内見学は写真左下から出入りします。

西側面

冬の陽光が当りとても綺麗です。

青空が綺麗でした。

主庭側からの本館

主庭の噴水

この噴水が実に美しかったです。

 

アップにするとド迫力ですね~。

人も少なかったので警備の方に写真を撮ってもらえました。

噴水の美しい水色は、今の季節ならではのようですよ。迎賓館・噴水で画像をググってみると緑色っぽい時期もありますね。
藻の発生?陽光の注ぐ角度???

更に写す角度で随分と印象が違います↓

この写真は、お日様を噴水中央の柱に隠して撮ってみました。

本館はホントに美しかったです。

超望遠で撮ってみました。館内も外観も一見大人しめなのですが、ま~ホントに細かい彫刻が施されていました。

というわけで、もっと時間をかけて見学しても良かったなあと思いましたよ。次の予定があったので残念。。。。

明治以降の文化財としては初の国宝、100年以上の歴史を経て、歴史に翻弄されながらも良く残ってくれました。

また機会があったら見学したいですね^^

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迎賓館赤坂離宮1

2018-01-18 19:27:27 | ・ショートトリップ

2018.1

昨年12月、「平成29年度迎賓館赤坂離宮一般公開本館及び主庭参観(個人)」へ応募していました。
以前仕事で前をよく通ることがあって、一度、参観してみたいなあと思っていたのでした。

で、1月に参観してきましたよ。14時からの参観だったので、正面は逆光で残念でした。でも主庭の庭園側は、
西陽を燦々と浴び、それはそれは美しかったです。赤坂迎賓館2で投稿します。

参観料金は1000円。手荷物検査はまるで空港みたいでした。

本館内は撮影禁止。お酒飲んでたら入れませんよ。禁止事項が具体的でスゴイのでコピペします。

 8.禁止事項
 (1) 入場を禁止・制限する者
  飲酒、薬物等により意識障害が起きていると推認される者、動物(身体障害者補助犬を除く。)を同伴する者、
  危険物を携行する者、旗ざお、スーツケース等大きな荷物等で通行を妨げ、又は他に危害、迷惑等を及ぼす
  おそれのある物を携行する者、その他迎賓館赤坂離宮の一般公開に支障があると認められる者

 (2) 禁止行為
  a 館内で携帯電話、スマートフォン、カメラ、タブレット、ペットボトル、傘(日傘を含む。)を露出させて携行すること
  b 館内で携帯電話、スマートフォン、タブレット等を用いて音声発信・受信通話すること
  c 館内に食糧等を持ち込むこと
  d 当館が指定した場所以外での飲食(飲料、ガム・飴等含む。)をすること
  e 館内の装飾品、調度品、壁面等に触れ、いたずら書きをし、又は持ち去ること
  f 館内で走ったり飛び跳ね、館内交通に支障を生じさせること
  g 池や噴水に硬貨等を投げ入れること
  h 動植物や魚を捕獲・採取し、又は殺傷・損傷すること
  i 敷地内の館所有物品等を破損・移動させ、又は土石の類を採取すること
  j 敷地内で飲酒・喫煙すること及びライター等による着火・引火行為等をすること
  k 敷地内で不規則かつ不用意な発言、奇声を発し、又は騒音を発生させること
  l 敷地内でごみの廃棄、私物の置き去りをすること
  m 敷地内でスケッチ、拡声器使用、プラカード・横断幕等の掲示等を行うこと
  n 敷地内で貼り紙・ビラ類の配布,集会又は示威行為をすること
  o 敷地内への自転車等での乗り入れ又は運動競技を行うこと
  p 仮装や奇抜な服装、迎賓館赤坂離宮の品位を貶める風紀を乱す服装などで入場すること
  q 子どもを同伴している場合、放置・放任すること
  r 許可業者以外の敷地内での物の販売・頒布、募金又は業として興行を行うこと
  s 係員・警衛官等の整理誘導・制止に従わず、場内(迎賓館全域)の通行の安全を妨げ、または立入を禁じた場所に立ち入ること
  t 無線操縦型小型無人機(ドローン等)の持ち込み・使用
  u その他迎賓館赤坂離宮内の秩序又は風紀を乱し、一般公開に支障があると認められる行為をすること
 (3) その他
  入場後に係員・警衛官の注意や指示に対して拒否又は不同意の意思表示をし、あるいは前項各号に該当する行為が確認された参観者及び同行者は直ちに退場していただく場合があります。

内閣府迎賓館赤坂離宮
http://www.geihinkan.go.jp/geihinkan/akasaka/koukai.html

館内は、一見、派手さはないけれどゴージャス。品の良さを感じましたねー。すごい空間でした。あまりの異空間で、
もし、誰も居なくて独りで入り込んだら、幻視を見そうですわ。ノルウェー産の大理石の円柱の模様が凄かったですねー。

館内を見学後、庭園側(主庭)を見学、その後、前庭へ周りましたが、投稿は逆に前庭から羅列していきます。

迎賓館正面門

門の内側より。

迎賓館建物前から観る正面門

迎賓館建物前から観る正面門方面

前庭では、飲み物や迎賓館参観記念オリジナルフレーム切手などを販売していました。どうやったらクルマ持ち込んで
販売できるんでしょうね。なんか警備が凄く厳しいのに何となくアンバランスなイメージを受けました。私だけ??

完全に逆光なんですよねー。残念です。

本館正面ぎりぎりまで行くことができます。 

 

日本が独自の文化を守りながらの西洋化と富国強兵に突き進んでいた時代を象徴して、天皇を『武勲の者』という印象を
表現するために、正面玄関の屋根飾りや内装の模様などに鎧武者の意匠があるなど、建物全体に西洋の宮殿建築に日本風の
意匠が混じった装飾になっている。by wikipedia

 

衛舎・・・正門から本館へと向かう左右(東西方向)に建つ旧衛士詰所。シンメトリーで双方とも23.3×6.4m、
地上1階地下1階、寄棟造り、スレート葺き。国宝指定。

前庭の巨樹 特に看板も無く・・・しかし立派な巨木でした。

沿革

・東京の元赤坂にある現在の迎賓館の建物は、東宮御所として1909年(明治42年)に建設された。

・鹿鳴館などを設計したお雇い外国人建築家ジョサイア・コンドルの弟子にあたる宮廷建築家片山東熊の設計により、
 元紀州藩の屋敷跡(明治6年宮城火災から明治21年の明治宮殿完成までの15年間、明治天皇の仮御所が置かれていた。)
 に建てられた。

・しかしそのネオ・バロック様式の外観があまりにも華美に過ぎたことや、住居としての使い勝手が必ずしも良くなかった
 ことから、皇太子嘉仁親王(後の大正天皇)がこの御所を使用することはほとんどなかった。

・嘉仁親王が天皇に即位した後は離宮として扱われることとなり、その名称も赤坂離宮と改められた。

・1924年(大正13年)、大正天皇の皇子・皇太子裕仁親王(後の昭和天皇)と良子女王(後の香淳皇后)との婚儀が
 成ると、その後の数年間、赤坂離宮は裕仁親王一家の住居たる東宮御所として使用されたが、裕仁親王が天皇に即位した後
 は離宮として使用されることも稀になった。

・終戦時には高松宮宣仁親王が昭和天皇に、皇居を出て赤坂離宮へ移り住むことを提案したが、天皇は使い勝手が悪く経費が
 かさむとして拒否している。

・第二次世界大戦後、赤坂離宮の敷地や建物は皇室から国に移管され、国立国会図書館(1948–61年)、法務庁法制意見
 長官(1948–60年)、裁判官弾劾裁判所(1948–70年)、内閣憲法調査会(1956-60年)、東京オリンピック組織
 委員会(1961–65年)などに使用された。

・その後国際関係が緊密化して外国の賓客を迎えることが多くなり、またそれまで迎賓館として使用していた東京都港区
 芝白金台の旧朝香宮邸(現・東京都庭園美術館)は手狭で随行員が同宿できないといった支障があったため、1962年
 (昭和37年)に当時の池田勇人首相の発意によって新たに迎賓施設を整備する方針が閣議決定された。

・これを受けて、池田及び池田の後継として1964年(昭和39年)に首相に就任した佐藤栄作の2代の政権下で政府部内で
 検討を重ねた結果、『旧赤坂離宮を改修し、これを外国賓客に対する迎賓施設に供する』ことが、1967年(昭和42年)
 に決定された。

・こうして5年の歳月と108億円(工費101億円、内装費7億円)をかけて、本館は村野藤吾、和風別館は谷口吉郎の設計
 協力により、田中角栄政権当時の1974年(昭和49年)3月に現在の迎賓館が完成した。

・新装なった迎賓館に迎えた最初の国賓は、1974年11月に現職のアメリカ合衆国大統領として初来日したジェラルド・
 フォードだった。 過去に2006年(平成18年)から2008年(平成20年)にかけて、大規模な改修工事が行われたことが
 ある。

・2009年(平成21年)12月8日、旧東宮御所(迎賓館赤坂離宮)として国宝に指定、明治以降の文化財としては初の国宝と
 なった。 2016年 (平成28年)4月から一般公開、12月にはライトアップが行われた。by wikipedia

 

https://www.homes.co.jp/cont/press/rent/rent_00312/

https://www.homes.co.jp/cont/press/rent/rent_00317/

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釈迦堂自然博物館

2017-08-06 12:31:04 | ・ショートトリップ

釈迦堂遺跡群
・山梨県笛吹市・甲州市にある縄文時代早期から平安時代にかけての遺構を含む遺跡群。
甲府盆地東部、京戸川扇状地の扇央地に位置し、南北450メートルにわたって分布する。標高は450メートル前後。
・1980年(昭和55年)から翌年にかけて中央自動車道の工事に関連して山梨県教育委員会による発掘調査が行われ、
 多数の縄文時代の竪穴式住居跡や1000点以上におよぶ土偶などが出土した。

・遺跡は谷や尾根によって、塚越北A(主として縄文後期)・塚越北B(同縄文前期-後期)・釈迦堂(同奈良期)・
 三口神平(同縄文前期-中期)・野呂原(同縄文中期)の5つの地区に分けられ、それぞれから住居などの遺構や
 出土遺物が発見されている。それぞれの地区の状況を比較することで縄文時代の集落の移動の様子が分かる点でも重要。

・出土遺物において土偶は1,116個体を数え、同一遺跡群からの土偶の出土数としては青森県の三内丸山遺跡に次ぐ多さ。
土偶は大半が縄文時代中期のもので、数量の多さに加え、いずれも一部意図的な破壊が認められるなど、出土状況の
 明らかな点で学術的に貴重。

・塚越北A地区の縄文早期の層からはハマグリ破片が出土している。これは2008年時点で山梨県における最古の海産物資料と
 評価されているが、食用の生貝ではなく装飾品など貝製品として持ち込まれたとも考えられている。

・土偶1,116個は1988年に一括して国の重要文化財に指定された。その他の出土品のうち、縄文時代の土器・土製品3,410点、
 石器・石製品915点などが2005年に重要文化財に追加指定されている。これら出土品は釈迦堂遺跡博物館に保存・展示
 されている。by wikipedia

春・・・ワラビ、ゼンマイ、イタドリ、ウド、カタクリ、ノビル、ウバユリ、ヒガンバナ、タラ、サンショ、

フキ、ナズナ、ヨモギ、タデ、ハス、セリ、タケノコ、ハマグリ

夏・・・アユ、ウナギ、フナ、ドジョウ、ハヤ、タニシ、シジミ、イナゴ、ノイチゴ

秋・・・クルミ、クリ、ハシバミ、コナラ、ミズナラ、トチ、ブナ、クヌギ、アラカシ、シラカシ、マテバシイ

カヤ、ヤマイモ、ヤマブドウ、アケビ、

冬・・・イノシシ、シカ、クマ、キツネ、ウサギ、タヌキ、カモシカ、ガン、カモ

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裏高尾・蛇滝~日影沢周辺

2017-08-06 12:28:34 | ・ショートトリップ

2017.7.22 半日ショートトリップです。といっても、ちゃんと軽く登ってきましたよ。 
というわけで、蛇滝から高尾山登山道の「吊り橋」を経て高尾山頂上付近まで登って「いろはの森コース」を
下って日影沢キャンプ場へ下りましたよ。

山道に入ると、空気が変わります。ヒンヤリとして気持ちいいです。

千代田稲荷神社

太田道灌が千代田城(江戸城)築城した際に祭ったようです。明治維新にこの地に奉遷。渋谷・道玄坂の千代田稲荷神社
と関係ありそうですね。この日は一週間後の唐松岳の足慣らしハイクだったので参拝なしで失礼しました。

残念ながら蛇滝は滝行をされる方か関係者しか拝めないようでした。

高尾山薬王院有喜寺

・今から1260余年前の天平16年(744)に、聖武天皇の勅令により東国鎮守の祈願寺として、高僧行基菩薩により開山。
・薬王院の名は創建当初、薬師如来をご本尊とした事に由来。
現在は真言宗智山派の大本山として「成田山新勝寺」「川崎大師平間寺」「高尾山薬王院」が三大本山として知られております。
・南北朝時代の永和年間(1375)には京都醍醐山より俊源大徳が入山し八千枚の護摩供養秘法の後、今のご本尊「飯縄大権現
 を奉祀し中興されました。
・戦国期、飯縄大権現は戦国武将の守護神として崇敬され、上杉謙信や武田信玄の兜表にも奉られ、また北条家の手厚い保護も
 受け江戸期に入ると徳川家(特に紀州家)との仏縁により隆盛をむかえます。

・古来、高尾山は修験道のお山といわれております。高尾山には、今もなお「琵琶滝」と「蛇滝」の二つの滝を擁し、滝修業の
 道場として、一般の方にも門戸を開いております。http://takaosan.or.jp/about/ より。

イワタバコ目当ての方が何人も来られていましたよ。

可愛い吊り橋でした。

で、でかい!
ザトウムシの仲間 クモとは別のグループ。

う~ん・・・なんだか動き出しそうなんだよなあ。。。

マムシグサの実が色付いてきましたねー。

ホトトギスが咲いていました。

ハナイカダも実を付けていましたよ。

 

小川に足を付けながら昼食~最高でございました。

思ったよりもホントに気持ちがいい。縄文杉に行ったときにやってたツアーグループが居て、いつかやってみたかった
のでした。夏場の登山の際には必ずやろうっと^^ 

シソ科の仲間ですが・・・??

ハグロソウ

アカハナカミキリ

なんか動き出しそうで・・・(笑

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横浜橋商店街

2017-07-15 12:49:43 | ・ショートトリップ

神戸に続き、なぜか横浜~~~♪ 港町つづきですな^^

ちょっと時間があったので、なんら情報を持たずに「横浜橋商店街」へ。
いや~、これがこれが、なかなか昭和チックというか何というか・・・実に個性的な商店街だったんでした。
思わず、スマホでパシャパシャ撮っちゃいました。関内のライブハウスにはちょくちょく行ってたんだけど、
近くにこんなところがあるとは。。。。。。。

横浜橋通商店街は、戦前から生活用品や食料品などの身の回り品中心の品揃えで、地域に密着した商店街として消費者に
親しまれ、近隣のお客様はもとより遠方からも来街いただき盛況を極めて参りました。

終戦後間もなく、横浜橋通商店街有志により食料品を中心に生活必需品販売のマーケットを開設。http://www.yokohamabashi.com/shops/ より

商店街入り口

商店街アーケード

他にも、若い女の子が鮮魚店で上海ガニを買っていたり・・・中国、韓国の方が多かったのかなあ。

ちょっと離れた場所にあった、なかなか雰囲気のある映画館「ジャック&ベティ」

調べたら、すごい歴史が・・・

1952年12月25日「横浜名画座」として開館 。第二次世界大戦後、アメリカ軍の飛行場として使用されていた場所に
建設された。かつて隣接して営業していた横浜日劇とともに「洋画は日劇、邦画は名画座」のフレーズで地元密着型の
映画館として親しまれた。by wikipedia

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日向山(山梨県北杜市)周辺10・写し鏡(八ヶ岳)

2017-06-13 16:00:29 | ・ショートトリップ

2017.5.27日向山(山梨県北杜市)周辺へ行ってきました。

山も鳥も植物も景色も存分に楽しめましたよ。

ラストです。横手駒ケ嶽神社へ寄った後、こんな風景に出会えました。

綺麗でした^^

その後、白州・尾白の森名水公園「べるが」の尾白の湯につかって帰りました。赤湯は気持ちよかったですよ。 

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日向山(山梨県北杜市)周辺7・日向山山頂風景

2017-06-07 06:34:58 | ・ショートトリップ

2017.5.27日向山(山梨県北杜市)周辺へ行ってきました。

山も鳥も植物も景色も存分に楽しめましたよ。いろいろ投稿していきます。

ということで、やっと日向山山頂の風景を^^

この登山道から登り、つづれ折りをどんどん登っていき・・・

日向山山頂到着~!
でも、ここには三角点しかありません(笑

さらに行くと・・・

なんか、海辺手前の松林を抜けるような雰囲気で・・・・

ど~ん!一気に見晴らしの良い場所へ。しかも砂浜みたいで・・・・

山頂の西の雁ヶ原(がんがはら)

甲斐駒ケ岳も見えています。

すごい景観です。

覗き込むと吸い込まれそうです。

花崗岩のザレ場に足をとられながら・・・ちょっと怖い・・・

八ヶ岳が綺麗に見えていました。

登山者が登ってきます。錦滝からの登山コースは、このザレ場の斜面を登ってきます。
30度近くあるんじゃないかなあ。まるでスキー場ですよ。

右上に人の頭が見えます。ここから降りてきました。

鳳凰三山 尖っている山頂を超望遠で・・・

地蔵岳のオベリスクです!

ザレ場の突端に向かいます。

いや~どこそこ絵になります。

ザレ場の突端に「大明神」が・・。上部が欠けていて裏に「子安」の石碑が。「子安大明神」という事ですね。
この大明神碑の裏には「寶覺明徳霊神」碑も重なるように建っていました。

うっすらと富士山も見えていました。

数年後にはこの木々も倒れているかもしれませんね。。。

雁ヶ原の北側より望む八ヶ岳

いや~すごいところでした。非日常的な風景でしたねー。

花崗岩の風化

花崗岩は結晶粒子が大きくかつ鉱物結晶の熱膨張率が異なるため、温度差の大きい所では粒子間の結合が弱まり、表面が
ぼろぼろになりやすい(風化しやすい)。
花崗岩中の主成分である石英は非常に風化しにくいため、風化が進むと構成鉱物の粗い粒子を残したままばらばらの状態になり、
非常にもろく崩れやすくなる。
このようにして生じた白から黄土色の粗い砂を真砂土、あるいは単に真砂という。
花崗岩地帯には真砂が広く分布し、強い降雨により多量の砂が流れ出すため、花崗岩地帯の多くが砂防地域として指定されている。
また、真砂は学校の校庭の敷き砂などとして利用される。
この土が河川によって海まで運ばれると、風化に強い石英主体の砂となり白い砂浜となる。瀬戸内海の白砂青松や山陰地方の
砂丘は、中国山地の大量の花崗岩が元になっている。by wikipedia

ほんとに海の砂浜と同じなんだ(@_@)

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日向山(山梨県北杜市)周辺2・尾白川林道の風景

2017-06-02 14:33:08 | ・ショートトリップ

2017.5.27日向山(山梨県北杜市)周辺へ行ってきました。

山も鳥も植物も景色も存分に楽しめましたよ。いろいろ投稿していきます。

赤ライン、下のコースですね。林道歩きなのでほとんど高低差はありません。
尾白川林道
国道20号線から入り尾白川渓谷に至る林道。
日向山登山口から100m先で通行止めですが人は入れます。

山側の花崗岩と小さな滝

山側の花崗岩は、ザレ場が所々にあり、林道は凄い状態です。

尾白川林道から見る甲斐駒ケ岳

迫力ありますねー。未だ雪があちこちに。。

左が林道。岩を超えて進みます。

錦滝

林道終点です。優しい気を感じる滝でしたよ。
後ほど投稿しますが、滝の壁にはピンク色のユキワリソウが綺麗に咲いていました。 

滝の右側

滝の上部

滝の下部

左側から撮ると虹が見える場所がありました。
まさに「錦滝」ですね。

林道から望む北杜市方面 

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御岳山ロックガーデン風景1(養沢鐘乳洞方面含)

2017-05-18 08:20:59 | ・ショートトリップ

2017.5.4 GW中、日帰りで御岳山周辺へ行ってきました。

花や鳥は後程、投稿します。ミソサザイの声が美しかった~~~♪

今回から、山へ行くときは(都会でも使うかも)「YAMAP」というスマホアプリを使います。
未だ使い方がイマイチ分かっていませんが、スマホが圏外になってもGPS機能を利用して位置を教えてくれました。
また、活動した軌道もこのように記録されましたよ。(高低差、距離、時間も)いや~、スゴイですねー。 

 

というわけで、五日市側から都道201号線を北上。クルマを停めて歩き始めて100m位登ると、あっという間に
七代の滝、ロックガーデンコースに出たのでした。ビックリ^^

七代の滝

何度か訪れています。ハイキングされている方、多かったですよ。さすがGW。

滝付近にはカエルの卵が。

天狗岩

山桜の花びらが綺麗でしたよ。

中里介山の『大菩薩峠』に出てくる「お浜の桂」

いつ見ても立派な桂です。この近くでお昼ご飯にしましたよ。

綾広の滝

落差10m、滝壺の深さ1.2m。古来より御嶽神社の禊(みそぎ)の神事が行われることから「修行みそぎの滝」とも
言われています。

綾広の滝の上部から。新緑が美しくて美しくて・・・・
更に尾根づたいに歩くのですが、左の奥ノ院が、ホントに新緑が綺麗で綺麗で・・・

す、すばらしい~

木漏れ日も、もう美しくて。。。

 

木々も個性的で飽きませんでした。

良い天気で最高でしたー。

 

はあ・・・・・・・・新緑・・・・・・・

天狗の腰掛杉

樹高60M、樹齢350年。いや~、何度見ても迫力ありますねー。

その後、クルマに戻り・・・養沢鐘乳洞へ。

入口から500Mと書いてあったので、まあ、大したことないだろうと登り始めたら・・・いや~、山登りじゃないですか。
しかも、やっと着いたかと思ったら、「養沢鐘乳洞は閉鎖しています」^^;
登り始めの個所に書いておかんか~~い! まあ、御岳では見れない植物も見れたからいいっか。

養沢鐘乳洞への道中にあった緑色のサルオガセの仲間?すごい光景でした。

養沢鐘乳洞への山道の入口付近

美しかったー。ラショウモンカズラが群落を形成し、ミソサザイが飛び交っていました。巣が近くにあるようです。

というわけで、寄り道も楽しかったのでありました。帰りは・・・・さすがにGW。むちゃくちゃ渋滞したのでした。。。

新緑が目にしみるハイキングでした。 

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坪山・野山観察ハイキング(山梨県上野原市)~坪山6

2017-05-13 10:09:30 | ・ショートトリップ

2017.4.29 山梨県上野原の坪山(1107.2m)へ行ってきました。

なかなかしんどい山でしたよ(笑)坪山・植物観察ハイキングの登山編です。

一宮神社先の左側へ駐車。女性がいて、お金を払おうとしたら、どうやらワラビを販売している方のようで、
駐車場代は、ポールの貯金箱のような中へ。う~ん・・システムがちょっと分かり難くかったです。

上野原▶︎御岳神社前バス停▶️西ルート▶️坪山山頂▶️びりゅう館▶️学校前バス停  約4時間半 歩行距離 約4.5km

でも我々は、植物探しながらウロウロ登りをするので、7:30頃山に入り、びりゅう館でお蕎麦を食べ出たのが14:30。
一日かけて遊んだのでしたー。

坪山・西ルート入り口付近。
回転塔が懐かしいですね~。

未だ、ハナモモが咲いていました。新緑がとにかく美しい~。朝、着いた時の外気温は7度。ここまで来ると、季節は
まだ、ゆっくり進んでいるみたいです。

オオルリ 綺麗な声で鳴いていましたよ。

上野原市西原の集落

新緑に囲まれて・・・気持ちいい~

で、登山開始。ヒトリシズカがたくさん咲いていました。

川床の岩が黄色っぽいですね。黄銅鉱採掘跡が近くにあるので黄銅鉱を含んだ川床なのかなあ。

ナナフシの赤ちゃん(10mm位)

う~~~ん!小さいです。でも動きは大人と同じように身体を前後させていました。

坪山山頂 1107.2m

なかなか、しんどい山でございました。高低差650m位。

ミツバツツジも綺麗でした。

山頂がとても小さく狭いので「坪山」です^^

ほぼ山頂付近から富士山も拝めましたよ。

山頂からの尾根下り。右側は結構な崖で、下を覗くと新緑・山桜・新芽の淡い色合いが、ま~綺麗なこと^^

望遠で撮ると・・赤っぽく見えるのは若葉なわけですね。山桜の一種と思われ。 

若葉美し~

杉の植林の中、ど~んと一本、モミの木が印象的でした。

モミの種鱗
割ると香りがしましたよ。

う~ん・・・この地形はなんだろう。なんか人工的?堀のような城跡のような???調べましたが分かりませんでした。

左側は「エビフライ」と呼ばれているそうです。リスがかじった後の松ぼっくりの芯だそうですよ^^
確かに海老フライに似ている(笑

登ったり下りたり・・・尾根の高度が少しずつ下がってきます。大きく下がり始めるとその途中に枝ぶりの不思議な木々が
乱立しているエリアがあります。これは、地域の人たちが、炭焼き用に頻繁に伐採していたためとのことです。
この斜面の上にもフデリンドウが所々咲いていて綺麗でしたよ。

ちょっと異様な感じですね。

びりゅう館脇の水車 いい感じです。

イタドリの若葉

びりゅう館で食べた天ぷら蕎麦に入っていましたよ。赤い若葉は、若い葉の中の酵素などがまだ出来ていないうちに
強い日光をうけると葉の葉緑体が壊れてしまうことを防ぐためだそうです。葉緑素が吸収する光は赤い波長の光なので
これを反射して葉緑体に届かないようにしているそうです。イタドリでググると、サプリメントや漢方、食用といろんな
情報が出てきます。昔から人と関わりが深いようですね。

若葉のホントに美しい山でした^^

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