手続きは相当時間がかかったものの、無事にiPhone5が手に入って何とか使っている。
懸念した初期不良もとりあえずは大丈夫そうだ。
Androidの画面の操作感はつるっとしていて、iOSはさらっとしている。
車で言えば、外車のハンドルは重くて、日本のハンドルは軽い、みたいなそんなところだろう。
運転など高校生のときに免許を取得してから初めだけ、合計5回くらいしかやったことはないが。
意図した幅や強さの動きをしてくれるという点で、確かに操作感はiPhoneの方が良い。
しかし、戻るボタンがなかったり、検索窓がデフォルト状態でなかったりと、なくて初めて困ることも結構ある。
何より、今までデバイスがなくて入れられなかった音楽がiTunes丸ごと入ったことが嬉しい。
家でしか聴けなかったあれやこれがいつでも聴ける。
それでもやはりプレイリスト化しているiPod shuffleをメインで使うだろう。
どの服にも挟めて軽くて小さくて、耳と音楽との関係が簡素な感じが良い。
Blue Toothという機能のことも聞いたことはあるし調べることくらいできるのだけれど、無理な背伸びはやめておこう。
おそらくほとんどの問題は慣れが解決してくれるだろう。
皆が知っていて、至極便利な機能やアプリを私はこの携帯を変えるまでずっと知らないのかもしれないなあと思う。
最後の最後までまで知らなかったら、私的には知らなかったことにもならないからそれはそれでいいかとも思う。
自分がとても低い位置から空をバックに花の写真を撮っていると、このまま花と一緒に逆さまになりたいとよく思う。
遠くの空に向かって、花はそれを突くように伸びて咲く。
INFOBARのカメラでできなかったのだが、iPhoneカメラでは、逆光でもその手前の被写体に焦点を当てることができて、シルエットでなくて色をちゃんと写すことができる。
この場合はバックの空は空色ではなく白く映る。
加工技術や前知識がないから、やってみてそうなのだと知る。
とりあえずそんなでいいのだ。
岡本太郎は、スポーツ観戦や映画鑑賞を好まないと糸井さんが言っていた。
私は特にスポーツ観戦をしないが、映画鑑賞や美術鑑賞はする。
でも、実際にやることによってのみ得られる興奮、というのは受け手としての興奮とは全く性質の異なるものだということはなんとなく理解ができる。
上手いや下手でない世界というのは確かに存在するのだろう。
またその興奮は、どんな評価よりも心地よいものだろう。
気がかりなことがある。
私が気にかける類のことではないことくらい承知しているのだが、どうしても気がかりで仕方がない。
それは、相手のことを気にかけているわけではなくて、それを気にかける自分のことが気がかりなのだと思う。
思いやりや優しさのようなものも、廻りまわって自分のためということを思い知る。
それでも気がかりなのだからどうしようもない。
ややこしい人間である分、面白い。
と私の友人が言っていた。
随分とややこしい話であるのだが、面白いならいいかとも思う。
でも、やっぱり、ややこしいことにはややこしい。
いまにも目からこぼれそうな
涙の理由が言えません
今日も明日もあさっても何かを探すでしょう
懸念した初期不良もとりあえずは大丈夫そうだ。
Androidの画面の操作感はつるっとしていて、iOSはさらっとしている。
車で言えば、外車のハンドルは重くて、日本のハンドルは軽い、みたいなそんなところだろう。
運転など高校生のときに免許を取得してから初めだけ、合計5回くらいしかやったことはないが。
意図した幅や強さの動きをしてくれるという点で、確かに操作感はiPhoneの方が良い。
しかし、戻るボタンがなかったり、検索窓がデフォルト状態でなかったりと、なくて初めて困ることも結構ある。
何より、今までデバイスがなくて入れられなかった音楽がiTunes丸ごと入ったことが嬉しい。
家でしか聴けなかったあれやこれがいつでも聴ける。
それでもやはりプレイリスト化しているiPod shuffleをメインで使うだろう。
どの服にも挟めて軽くて小さくて、耳と音楽との関係が簡素な感じが良い。
Blue Toothという機能のことも聞いたことはあるし調べることくらいできるのだけれど、無理な背伸びはやめておこう。
おそらくほとんどの問題は慣れが解決してくれるだろう。
皆が知っていて、至極便利な機能やアプリを私はこの携帯を変えるまでずっと知らないのかもしれないなあと思う。
最後の最後までまで知らなかったら、私的には知らなかったことにもならないからそれはそれでいいかとも思う。
自分がとても低い位置から空をバックに花の写真を撮っていると、このまま花と一緒に逆さまになりたいとよく思う。
遠くの空に向かって、花はそれを突くように伸びて咲く。
INFOBARのカメラでできなかったのだが、iPhoneカメラでは、逆光でもその手前の被写体に焦点を当てることができて、シルエットでなくて色をちゃんと写すことができる。
この場合はバックの空は空色ではなく白く映る。
加工技術や前知識がないから、やってみてそうなのだと知る。
とりあえずそんなでいいのだ。
岡本太郎は、スポーツ観戦や映画鑑賞を好まないと糸井さんが言っていた。
私は特にスポーツ観戦をしないが、映画鑑賞や美術鑑賞はする。
でも、実際にやることによってのみ得られる興奮、というのは受け手としての興奮とは全く性質の異なるものだということはなんとなく理解ができる。
上手いや下手でない世界というのは確かに存在するのだろう。
またその興奮は、どんな評価よりも心地よいものだろう。
気がかりなことがある。
私が気にかける類のことではないことくらい承知しているのだが、どうしても気がかりで仕方がない。
それは、相手のことを気にかけているわけではなくて、それを気にかける自分のことが気がかりなのだと思う。
思いやりや優しさのようなものも、廻りまわって自分のためということを思い知る。
それでも気がかりなのだからどうしようもない。
ややこしい人間である分、面白い。
と私の友人が言っていた。
随分とややこしい話であるのだが、面白いならいいかとも思う。
でも、やっぱり、ややこしいことにはややこしい。
いまにも目からこぼれそうな
涙の理由が言えません
今日も明日もあさっても何かを探すでしょう
