立川テント村ビラまき無罪事件を読んでの感想を記しました。
ご笑覧ください。(多少,法律用語が出てきますが)
この前提として,有罪となるためには,
「構成要件該当性」→「違法性」→「有責性」の3つが必要です。
殺人で言えば,他人を殺す行為があれば,構成要件に該当すると
なり,
正当防衛,緊急避難での殺害であれば,違法性が欠け,
判断能力がなかったり,全く予見できなかった場合には責任が
欠けて,無罪となります。
立川テント村の事件は,住居侵入の構成要件には該当したが,
「違法性」が軽微であるために,無罪としています。
(これを法律用語で言えば,「可罰的違法性がない」と言います)
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立川ビラまき無罪判決を読んでの雑感
2004年12月28日 大山勇一
第1 政府を批判する表現活動への弾圧を跳ね返す大勝利
立川ビラまき無罪判決は,すばらしい勝利です。今後の市民運動や自由な選挙活動の支えとなり,一方で刑事弾圧事件への警鐘となるでしょう。判決文が「ビラまき」を憲法で保障された政治活動であると明確に認めた点はすばらしいと思います。
第2 可罰的違法性なしで無罪と認定した点
もっとも,私はこの判決に100%満足しているわけではありません。
まず,無罪という結論は当然だとしても,構成要件不該当で無罪にすべきだったのではないかと考えます。これは,住居侵入罪の保護法益をどのようにとらえるかによって多少左右される事柄です。判例は,居住者,管理者の意思に反する立ち入りか否かで考える「(新)住居権説」に立っているとされますが,少なくとも,多数の居住者がいるマンション等では,住居の事実上の平穏を保護する「平穏説」が妥当とみるべきです。もともと,住居者の意思は,あくまでも推定的なもの・事後判断的なものとならざるをえません。
したがって,(新)住居権説では,構成要件として不明確で,濫用の恐れがあることが致命的な欠陥です。
その証拠に,判決は,立川テント村のこれまでの活動内容について触れ「過去に危険行為に及んだことの認識は有していない」と述べていますが,逆に言うと,過去に危険行為に及んだことのある団体がビラをまいた場合には,当該ビラまきの態様を検討するまでもなく,意思に反するビラまきとして違法性ありと認定される恐れがあります。
もっとも,判決は,立ち入りの態様についても詳細に論じており,平穏説を意識した論を展開しているようにも見えます(判決の20頁から22頁まで)。ここには,裁判所の悩みを見るような気がします。というのも,(新)住居権説では,居住者の意思に反するか否かの二者択一しかないところ,可罰的違法性のところで何とか救済したいと考えたために,法益侵害を柔軟に捉えられる平穏説を採用して「侵害は軽微である」と認定しているようです。
なお,判決は,被告人らの動機について検討しています。通常であれば,構成要件に何ら関係のない(むしろ情状に関係のある)動機は検討する必要はないのですが,「可罰的違法性」を論じるにあたっては,被告人に有利な事情として斟酌する材料として検討すべきと考えたのでしょう。
判決は,「刑事罰に処するに値する程度の違法性があるものとは認められない」としていますが,これは結局は,検察官が,「起訴猶予にすべきところを起訴してしまった」と言っていると感じました。しかし,それでは,嫌疑は認める以上(構成要件には形式的に該当するから),取調べ自体は許容されるし,自宅などへのガサ入れも許容されることになります。やはりここは明確に,「構成要件不該当」と認定して,捜査機関の裁量を限定してほしかったです。
第3 チラシの中身が「過激なものではない」ということを強調している点
判決は,ビラの内容についても判断をしています。「相当強い語調」「いささか過激な表現」という留保をつけながら「個々の自衛官や家族に対する誹謗,中傷・・・危害を加える,暴動を起こすなどといった脅迫的言辞は一切見られない」と認定しています。
もちろん,住居への立ち入りに際して,それが平穏か否かを判断する要素として,ビラの中身に立ち入る必要はあります。しかし,そのビラの内容が,直接他の犯罪に関わる内容でない限り,自由に任せ「関知しない」という姿勢をとるべきではないでしょうか。脅迫的言辞があれば「脅迫罪」ですし,わいせつ図画であれば「わいせつ罪」ですし,誰かの名誉権を侵害していれば,「名誉毀損罪」で処罰されます。そもそも,ビラの中身が気に入らなければ,破って捨てればいいだけです。住民の不快感を過度に保護すべきではありません。
住居侵入罪の成否に,持ち込むビラの内容の当否(適否ではない)を判断の要素として強調することには,私は反対です。
第4 ビラまきがどこまで許されるかの基準を示している点。
この点は,その基準の当否はともかくとして,ビラまきがどこまで許されるかの先例として実務に影響を与えそうです(しかし,葛飾区の政党ビラまき事件での逮捕をみると,警察は,全くこの判決を教訓化していないようですが)
ビラまきに対して,一度警告・抗議を受けているかどうか,受け取り拒絶の文言(例えば,明確に「反戦ビラお断り」など)があるかどうかが,結論に影響を与えそうです。
もっとも,集合住宅では,受け取り拒絶文言が張り出されてあっても,厳密な住民全体の意思の一致が見られない限り,効力としては認めるべきではないでしょう。
第5 言い渡し
なお,判決の読み上げは,理由から述べ主文を後回しにしたとのことです。死刑判決でもないのに・・・
無罪の場合,少しでも被告人の心理的負担を軽くするため,堂々と主文から述べるべきです。
第6 戸別訪問禁止条項の撤廃の契機に
現在,公職選挙法では戸別訪問禁止条項が定められており,日本は世界でも例を見ない「べからず選挙」状態に陥っています。
今回のビラまきは,多様な政治的な意見を発信する権利を正面から認めており,表現活動の自由を他に優越する権利と認定しています。 この無罪判決を手がかりに,戸別訪問を一律に禁止する条項を違憲無効とする声を上げていき,論評していく必要があります。
また,条項を法令違憲とできないまでも,「可罰的違法性論」を用いて,合憲限定解釈に基づく運用を提言する必要があります。
第7 蛇足その1
(不快感・嫌悪感について)
判決は要するに,集合住宅住民の持った不快感や嫌悪感は法的保護の対象ではないと述べています。
この「不快感」「嫌悪感」という言葉に既視感を覚えました。そう,靖国参拝違憲訴訟で,裁判所が損害なしとして原告の訴えを切って捨てる時に使う常套句が,「原告らは,被告の靖国神社参拝によって精神的苦痛を受けたというが,これは単なる不快感・嫌悪感にすぎず・・・」というものなのです。
しかし,公権力が確信的に行っている憲法違反行為と一市民が行っている政治的行為には,大きな違いがあります。
裁判所が,どのような嫌悪感を保護し,どのような嫌悪感を保護しないか,きちんと監視していく必要があります。
第8 蛇足その2
(「政治的逮捕」「政治的起訴」という用語について)
人々の生活の中で「政治」が顔を覗かさないときはありません。
政治に対する自由な意見の表明と表現の受領,そして自由な討論が確保される社会作りが望まれます。
その意味で,「政治」をマイナスイメージで用いる「政治的●●」という言葉には,いつも違和感を覚えます。
イラク派兵反対を唱える「政治ビラ」は,「政治」に関わる意見表明だから価値が高いのです。「政治」という用語を正しく理解し,「政治」への抵抗感をできるだけ少なくしていくために,「政治的逮捕」「政治的起訴」は,「政治的」だから不当・違法だとするのではなく,「権力濫用的」「恣意的」だから不当・違法なのだと主張し,別の用語におきかえて説明する必要があるように思えます。
まさに,いまこそ「政治」の復権!
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大山勇一 Ohyama Yuichi
城北法律事務所
TEL 03-3988-4866
FAX 03-3986-9018
cfd98600@syd.odn.ne.jp
ご笑覧ください。(多少,法律用語が出てきますが)
この前提として,有罪となるためには,
「構成要件該当性」→「違法性」→「有責性」の3つが必要です。
殺人で言えば,他人を殺す行為があれば,構成要件に該当すると
なり,
正当防衛,緊急避難での殺害であれば,違法性が欠け,
判断能力がなかったり,全く予見できなかった場合には責任が
欠けて,無罪となります。
立川テント村の事件は,住居侵入の構成要件には該当したが,
「違法性」が軽微であるために,無罪としています。
(これを法律用語で言えば,「可罰的違法性がない」と言います)
*************************
立川ビラまき無罪判決を読んでの雑感
2004年12月28日 大山勇一
第1 政府を批判する表現活動への弾圧を跳ね返す大勝利
立川ビラまき無罪判決は,すばらしい勝利です。今後の市民運動や自由な選挙活動の支えとなり,一方で刑事弾圧事件への警鐘となるでしょう。判決文が「ビラまき」を憲法で保障された政治活動であると明確に認めた点はすばらしいと思います。
第2 可罰的違法性なしで無罪と認定した点
もっとも,私はこの判決に100%満足しているわけではありません。
まず,無罪という結論は当然だとしても,構成要件不該当で無罪にすべきだったのではないかと考えます。これは,住居侵入罪の保護法益をどのようにとらえるかによって多少左右される事柄です。判例は,居住者,管理者の意思に反する立ち入りか否かで考える「(新)住居権説」に立っているとされますが,少なくとも,多数の居住者がいるマンション等では,住居の事実上の平穏を保護する「平穏説」が妥当とみるべきです。もともと,住居者の意思は,あくまでも推定的なもの・事後判断的なものとならざるをえません。
したがって,(新)住居権説では,構成要件として不明確で,濫用の恐れがあることが致命的な欠陥です。
その証拠に,判決は,立川テント村のこれまでの活動内容について触れ「過去に危険行為に及んだことの認識は有していない」と述べていますが,逆に言うと,過去に危険行為に及んだことのある団体がビラをまいた場合には,当該ビラまきの態様を検討するまでもなく,意思に反するビラまきとして違法性ありと認定される恐れがあります。
もっとも,判決は,立ち入りの態様についても詳細に論じており,平穏説を意識した論を展開しているようにも見えます(判決の20頁から22頁まで)。ここには,裁判所の悩みを見るような気がします。というのも,(新)住居権説では,居住者の意思に反するか否かの二者択一しかないところ,可罰的違法性のところで何とか救済したいと考えたために,法益侵害を柔軟に捉えられる平穏説を採用して「侵害は軽微である」と認定しているようです。
なお,判決は,被告人らの動機について検討しています。通常であれば,構成要件に何ら関係のない(むしろ情状に関係のある)動機は検討する必要はないのですが,「可罰的違法性」を論じるにあたっては,被告人に有利な事情として斟酌する材料として検討すべきと考えたのでしょう。
判決は,「刑事罰に処するに値する程度の違法性があるものとは認められない」としていますが,これは結局は,検察官が,「起訴猶予にすべきところを起訴してしまった」と言っていると感じました。しかし,それでは,嫌疑は認める以上(構成要件には形式的に該当するから),取調べ自体は許容されるし,自宅などへのガサ入れも許容されることになります。やはりここは明確に,「構成要件不該当」と認定して,捜査機関の裁量を限定してほしかったです。
第3 チラシの中身が「過激なものではない」ということを強調している点
判決は,ビラの内容についても判断をしています。「相当強い語調」「いささか過激な表現」という留保をつけながら「個々の自衛官や家族に対する誹謗,中傷・・・危害を加える,暴動を起こすなどといった脅迫的言辞は一切見られない」と認定しています。
もちろん,住居への立ち入りに際して,それが平穏か否かを判断する要素として,ビラの中身に立ち入る必要はあります。しかし,そのビラの内容が,直接他の犯罪に関わる内容でない限り,自由に任せ「関知しない」という姿勢をとるべきではないでしょうか。脅迫的言辞があれば「脅迫罪」ですし,わいせつ図画であれば「わいせつ罪」ですし,誰かの名誉権を侵害していれば,「名誉毀損罪」で処罰されます。そもそも,ビラの中身が気に入らなければ,破って捨てればいいだけです。住民の不快感を過度に保護すべきではありません。
住居侵入罪の成否に,持ち込むビラの内容の当否(適否ではない)を判断の要素として強調することには,私は反対です。
第4 ビラまきがどこまで許されるかの基準を示している点。
この点は,その基準の当否はともかくとして,ビラまきがどこまで許されるかの先例として実務に影響を与えそうです(しかし,葛飾区の政党ビラまき事件での逮捕をみると,警察は,全くこの判決を教訓化していないようですが)
ビラまきに対して,一度警告・抗議を受けているかどうか,受け取り拒絶の文言(例えば,明確に「反戦ビラお断り」など)があるかどうかが,結論に影響を与えそうです。
もっとも,集合住宅では,受け取り拒絶文言が張り出されてあっても,厳密な住民全体の意思の一致が見られない限り,効力としては認めるべきではないでしょう。
第5 言い渡し
なお,判決の読み上げは,理由から述べ主文を後回しにしたとのことです。死刑判決でもないのに・・・
無罪の場合,少しでも被告人の心理的負担を軽くするため,堂々と主文から述べるべきです。
第6 戸別訪問禁止条項の撤廃の契機に
現在,公職選挙法では戸別訪問禁止条項が定められており,日本は世界でも例を見ない「べからず選挙」状態に陥っています。
今回のビラまきは,多様な政治的な意見を発信する権利を正面から認めており,表現活動の自由を他に優越する権利と認定しています。 この無罪判決を手がかりに,戸別訪問を一律に禁止する条項を違憲無効とする声を上げていき,論評していく必要があります。
また,条項を法令違憲とできないまでも,「可罰的違法性論」を用いて,合憲限定解釈に基づく運用を提言する必要があります。
第7 蛇足その1
(不快感・嫌悪感について)
判決は要するに,集合住宅住民の持った不快感や嫌悪感は法的保護の対象ではないと述べています。
この「不快感」「嫌悪感」という言葉に既視感を覚えました。そう,靖国参拝違憲訴訟で,裁判所が損害なしとして原告の訴えを切って捨てる時に使う常套句が,「原告らは,被告の靖国神社参拝によって精神的苦痛を受けたというが,これは単なる不快感・嫌悪感にすぎず・・・」というものなのです。
しかし,公権力が確信的に行っている憲法違反行為と一市民が行っている政治的行為には,大きな違いがあります。
裁判所が,どのような嫌悪感を保護し,どのような嫌悪感を保護しないか,きちんと監視していく必要があります。
第8 蛇足その2
(「政治的逮捕」「政治的起訴」という用語について)
人々の生活の中で「政治」が顔を覗かさないときはありません。
政治に対する自由な意見の表明と表現の受領,そして自由な討論が確保される社会作りが望まれます。
その意味で,「政治」をマイナスイメージで用いる「政治的●●」という言葉には,いつも違和感を覚えます。
イラク派兵反対を唱える「政治ビラ」は,「政治」に関わる意見表明だから価値が高いのです。「政治」という用語を正しく理解し,「政治」への抵抗感をできるだけ少なくしていくために,「政治的逮捕」「政治的起訴」は,「政治的」だから不当・違法だとするのではなく,「権力濫用的」「恣意的」だから不当・違法なのだと主張し,別の用語におきかえて説明する必要があるように思えます。
まさに,いまこそ「政治」の復権!
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大山勇一 Ohyama Yuichi
城北法律事務所
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