以下、長文ですが転送歓迎
都教委は8月30日に千代田区立九段中学増田都子教諭へ、教育委員会も開かず戒告処分を発令し、異常なことに校長も本人も知らぬまに、即座にプレス発表しました。そして千代田区教委は9月1日から2週間「現場はずし(=隔離研修)」研修を強制しています。その根拠は、6月末から7月初めにかけて3年生の公民の授業で、紙上討論という方法で行った際に配布したプリントの一節を取り上げて、「不適切な文言」があったというものでした(地公法29条1項1、3)。
1 まず、紙上討論とはいったいどんな教育方法なのかご説明いたしましょう。
具体的な例で示すと、2年の後期に「語られなかった戦争① 侵略 パート1」(日中戦争の記録映画 森正孝監督 1990年)「予言」(広島、長崎の被爆ドキュメント 羽仁進監督 1982年)などのビデオや2005年の「3・1独立運動」記念式典での盧武鉉・韓国大統領演説の日本語訳などを教材とした合計3時間の授業が行われました。そして生徒は、ビデオの感想や「ノ・ムヒョン大統領への手紙」を課題として提出します。この授業のねらいは「かつてわが国が中国などアジア諸国との人々に多大な損害と苦痛を与えた歴史の事実について、自分の考えをまとめて発表させる」というものでした。
次に提出された感想を増田先生がプリントにまとめます。その際、生徒の個人名は出さず意見番号が表示されます。「ノ・ムヒョン大統領への手紙」については、生徒たちが書いた「手紙」の後書きに、3月末に増田先生が韓国を訪問したときの感想なども付けて、韓国総領事館に送った私信をプリントしたものも教材にされました。 そして6月末から7月初めの紙上討論の授業で、そのプリントを生徒といっしょにひたすら読み、重要な部分にアンダーラインを引きます。
たとえば2年の後期にある生徒は「ノ・ムヒョン大統領への手紙」のなかで「その人たちの気持ちも分かりますが、その過去は、1965年の国交正常化の時に、『経済支援をするかわりに、もう、過去のことは言わない』という条件で支援をした、と新聞に書いてありました。なので、私は、過去は全部水に流して、韓国や中国と日本とが、助け合い、今より、もっと仲良くなってほしいです」と書きましたが、先生はコメントを付けてプリントにしています。
しかしそのコメントは決して一方的なものではなく、「法的、政治的」解決と「実質的な和解」の違いを説明したうえで「ノ大統領の日本への呼びかけに、誠実に答えていくにはどうしたらいいか、『真の和解』が、一番近い隣国との間に成り立つためにはどうしたらいいか、もっと考えてみませんか?」という呼びかけ調のものです。
授業のあとで生徒は、自分が注目した紙上の意見に対し、再び感想を書きます。「確かに『韓国や中国と日本が助け合い、今より、もっと仲良くしてほしい』というのは『言えてる』と思うので賛成だけど、そのためには、あの残酷な過去は忘れてはいけない=水に流してはいけない、と思う。そうすることによって「二度とあのような過去をくりかえしてはいけないな」と思うようになるはずだからです。」「まず、一言。本当にあなたは日本が過去、中国や韓国にどんなことをしたか知っているんですか?知っていたら「水に流して・・・」なんてありえないでしょ? 」「僕も「南京大虐殺」などのことでショックを受けたけど、『過去は全部、水に流す』の、賛成。未来のことを考えるのがいい。だから、前のことは忘れる!」
先生は、さらにそれをプリントにして、次回の紙上討論の時間に臨む、という方法で、前・後期に各2回(計6時間)程度実施されています。
生徒たちからは「賛否両論さまざまな意見が出ていて、『あ、こういう考え方もあるんだな』という新しい発見がたくさんありました」「『一つのこと』なのに、まったく逆の意見が出るのは面白いな、と思いました。2つの相反する意見から、自分なりの意見を出すのが大事だ、と思いました」「僕は先生がビデオを見せてくれる授業が大好きです。そして、この紙上討論も大好きです。学年の人の考えを知ることができるのからです」といった感想が寄せられています。
これは「自主的精神に充ちた国民の育成」(教育基本法第一条 教育の目的)「学校内外における社会的活動を促進し、その感情を正しく導き、公正な判断力を養うこと」(学校教育法 第3章中学校 36条の3項)にもかなった優れた教育実践活動であると考えます。
2 これに対し、都教委は授業方法そのものではなく、配布したプリントの一節を捉えて処分を断行しました。
長文なので、末尾に参考資料として付けましたが、お読みいただければ、たいへんまっとうな私信であることがわかります。その中の「歴史偽造で有名な扶桑社の歴史教科書」「古賀都議その他の歴史偽造主義者達」という文言だけを捉えているのです。新聞報道や処分説明書だけみていると誤解を招いてしまいますが、古賀都議の批判や扶桑社の教科書の非難をする授業を行ったわけでは決してないことは上記からも明らかです。
しかも、古賀俊昭都議(自民党 日野市選出)は2004年6月の都議会定例会で「教育基本法改正の意見書」可決を、自ら中心となって運動した議員であることは有名ですし、「中国・韓国の教科書に見る日本」(古賀俊昭・土屋敬之・田代博嗣+監修・藤岡寛次 2004年6月)というパンフレットで従軍慰安婦問題に対し「洋の東西を問わず、当時はどこでもあったもので、これを『性奴隷』などとするのは事実歪曲以外の何物でもありません」という「独特の」歴史を世の中に積極的に広めている人物です。
また、扶桑社が、韓国併合や日中戦争開戦のいきさつなどで他の教科書とは異なる説明をしていることもよく知られた事実です。
3 そういう「一文言」で一方的な戒告処分を断行したうえ、研修センターに強制的に送り2週間も教壇に立てないような処分をする理由はまったくありません。
しかも、7月14日の一保護者の来校から8月31日の処分まで、何が何でも夏休み明けには増田先生には授業をさせまいとする異常な性急さと、教育委員会にもかけず、校長も本人も知らないまま、新聞記者にのみ発表するという異様な処分のあり方でした。
なおこの保護者とは7月15日に校長立会いのもと、話し合いの場を持ち、8月16日に2度目の話し合いの約束ができていたのに都教委がその日を事情聴取日に指定したため、中止になってしまったのです。
ぜひ都教委に対し、抗議をお送りください。
抗議先
人事部職員課長・藤森教悦 S9000013@section.metro.tokyo.jp
直通電話 服務係:03-5320-6792
FAXは東京都教育庁総務部教育情報課 03-5388-1726
[参考資料] 今回の処分の対象となった「不適切な文言」の前後のみ、私信より抜粋
さて、私は一昨年の夏に初めて貴国に観光旅行に行きました。日本と貴国の間に横たわる過去の不幸な関係を思い、少し後ろめたい思いがあり、なかなか思い切れなかったのですが、行って良かったと思いました。人々が皆親切で暖かく接してくださったからです。生えている草花も、日本海側にある私の故郷のものとほとんど同じで、何となしに懐かしさや既視感を覚え、私の遠い御先祖は貴半島から渡来した人々かもしれないと思いました。
それで、また、本年の3月28日から31日まで、貴国に行ってきました。独立記念館の見学と38度線のJSA・板門店の見学が目的でした。実は独島(竹島)問題があるため、日本人とわかって敵意を剥き出しにされたらどうしようか、と心配もしたのですが、それは全くの杞憂で、貴国の方々は、やっぱり、どこでもとても親切で、安心致しました。 独立記念館の見学では、やはり、いろいろ考えさせられました。特に第3展示館は、その名もズバリ『日帝侵略館』です。「古代から我が国の文化を伝授してきた日本は、19世紀中頃から西欧の文物を取り入れて帝国主義化しながら武力を先立たせ我が国を侵略した・・・この展示館では、日帝の韓国侵略過程と植民地統治期間中、我が民族に加えた過酷な弾圧と各種の過酷な経済収奪、そして民族を根こそぎ無くそうとした民族抹殺の悪巧みと、それに関連する資料が展示されている」・・・日本人としては見学しながら心が痛くなりますが、しかし、韓国を訪れる日本人は、全て、一度はここに来るべきだと思います。情けないことではありますが、04年10月26日の我が東京都議会文教委員会において、古賀俊昭という都議会議員(自民党)は言っています。「(我が国の)侵略戦争云々というのは、私は、全く当たらないと思います。じゃ、日本は一体どこを、いつ侵略したのかという、どこを、いつ、どの国を侵略したかということを具体的に一度聞いてみたいというふうに思います。(カッコ内は増田)」(文教委員会議事録)などと、国際的には恥を晒すことでしかない歴史認識を得々として嬉々として披露しているのが我が日本国の首都の議会なのです。横山洋吉教育長以下、東京都教育委員会は、これに対し何の反論もしませんでした。というより、大いに共鳴しているのでしょう。侵略の正当化教科書として歴史偽造で有名な扶桑社の歴史教科書を「生徒たちに我が国に対する愛国心を持たせる一番良い教科書」などと公言して恥じない人たちですから。古賀都議その他の歴史偽造主義者達が「日本は一体どこを、いつ侵略したのかという、どこを、いつ、どの国を侵略したかということを具体的に一度聞いてみたい」なら、「一度」韓国独立記念館や南京大虐殺記念館に行ってみたらいいのです。「具体」例が、「聞いて」みるまでもなく眼前に展開しています。「歴史を反省しない国」と他国の人から言われることは屈辱ではありますが、残念ながら「そんなことはありません」と言い切れぬ現実があり・・・
都教委は8月30日に千代田区立九段中学増田都子教諭へ、教育委員会も開かず戒告処分を発令し、異常なことに校長も本人も知らぬまに、即座にプレス発表しました。そして千代田区教委は9月1日から2週間「現場はずし(=隔離研修)」研修を強制しています。その根拠は、6月末から7月初めにかけて3年生の公民の授業で、紙上討論という方法で行った際に配布したプリントの一節を取り上げて、「不適切な文言」があったというものでした(地公法29条1項1、3)。
1 まず、紙上討論とはいったいどんな教育方法なのかご説明いたしましょう。
具体的な例で示すと、2年の後期に「語られなかった戦争① 侵略 パート1」(日中戦争の記録映画 森正孝監督 1990年)「予言」(広島、長崎の被爆ドキュメント 羽仁進監督 1982年)などのビデオや2005年の「3・1独立運動」記念式典での盧武鉉・韓国大統領演説の日本語訳などを教材とした合計3時間の授業が行われました。そして生徒は、ビデオの感想や「ノ・ムヒョン大統領への手紙」を課題として提出します。この授業のねらいは「かつてわが国が中国などアジア諸国との人々に多大な損害と苦痛を与えた歴史の事実について、自分の考えをまとめて発表させる」というものでした。
次に提出された感想を増田先生がプリントにまとめます。その際、生徒の個人名は出さず意見番号が表示されます。「ノ・ムヒョン大統領への手紙」については、生徒たちが書いた「手紙」の後書きに、3月末に増田先生が韓国を訪問したときの感想なども付けて、韓国総領事館に送った私信をプリントしたものも教材にされました。 そして6月末から7月初めの紙上討論の授業で、そのプリントを生徒といっしょにひたすら読み、重要な部分にアンダーラインを引きます。
たとえば2年の後期にある生徒は「ノ・ムヒョン大統領への手紙」のなかで「その人たちの気持ちも分かりますが、その過去は、1965年の国交正常化の時に、『経済支援をするかわりに、もう、過去のことは言わない』という条件で支援をした、と新聞に書いてありました。なので、私は、過去は全部水に流して、韓国や中国と日本とが、助け合い、今より、もっと仲良くなってほしいです」と書きましたが、先生はコメントを付けてプリントにしています。
しかしそのコメントは決して一方的なものではなく、「法的、政治的」解決と「実質的な和解」の違いを説明したうえで「ノ大統領の日本への呼びかけに、誠実に答えていくにはどうしたらいいか、『真の和解』が、一番近い隣国との間に成り立つためにはどうしたらいいか、もっと考えてみませんか?」という呼びかけ調のものです。
授業のあとで生徒は、自分が注目した紙上の意見に対し、再び感想を書きます。「確かに『韓国や中国と日本が助け合い、今より、もっと仲良くしてほしい』というのは『言えてる』と思うので賛成だけど、そのためには、あの残酷な過去は忘れてはいけない=水に流してはいけない、と思う。そうすることによって「二度とあのような過去をくりかえしてはいけないな」と思うようになるはずだからです。」「まず、一言。本当にあなたは日本が過去、中国や韓国にどんなことをしたか知っているんですか?知っていたら「水に流して・・・」なんてありえないでしょ? 」「僕も「南京大虐殺」などのことでショックを受けたけど、『過去は全部、水に流す』の、賛成。未来のことを考えるのがいい。だから、前のことは忘れる!」
先生は、さらにそれをプリントにして、次回の紙上討論の時間に臨む、という方法で、前・後期に各2回(計6時間)程度実施されています。
生徒たちからは「賛否両論さまざまな意見が出ていて、『あ、こういう考え方もあるんだな』という新しい発見がたくさんありました」「『一つのこと』なのに、まったく逆の意見が出るのは面白いな、と思いました。2つの相反する意見から、自分なりの意見を出すのが大事だ、と思いました」「僕は先生がビデオを見せてくれる授業が大好きです。そして、この紙上討論も大好きです。学年の人の考えを知ることができるのからです」といった感想が寄せられています。
これは「自主的精神に充ちた国民の育成」(教育基本法第一条 教育の目的)「学校内外における社会的活動を促進し、その感情を正しく導き、公正な判断力を養うこと」(学校教育法 第3章中学校 36条の3項)にもかなった優れた教育実践活動であると考えます。
2 これに対し、都教委は授業方法そのものではなく、配布したプリントの一節を捉えて処分を断行しました。
長文なので、末尾に参考資料として付けましたが、お読みいただければ、たいへんまっとうな私信であることがわかります。その中の「歴史偽造で有名な扶桑社の歴史教科書」「古賀都議その他の歴史偽造主義者達」という文言だけを捉えているのです。新聞報道や処分説明書だけみていると誤解を招いてしまいますが、古賀都議の批判や扶桑社の教科書の非難をする授業を行ったわけでは決してないことは上記からも明らかです。
しかも、古賀俊昭都議(自民党 日野市選出)は2004年6月の都議会定例会で「教育基本法改正の意見書」可決を、自ら中心となって運動した議員であることは有名ですし、「中国・韓国の教科書に見る日本」(古賀俊昭・土屋敬之・田代博嗣+監修・藤岡寛次 2004年6月)というパンフレットで従軍慰安婦問題に対し「洋の東西を問わず、当時はどこでもあったもので、これを『性奴隷』などとするのは事実歪曲以外の何物でもありません」という「独特の」歴史を世の中に積極的に広めている人物です。
また、扶桑社が、韓国併合や日中戦争開戦のいきさつなどで他の教科書とは異なる説明をしていることもよく知られた事実です。
3 そういう「一文言」で一方的な戒告処分を断行したうえ、研修センターに強制的に送り2週間も教壇に立てないような処分をする理由はまったくありません。
しかも、7月14日の一保護者の来校から8月31日の処分まで、何が何でも夏休み明けには増田先生には授業をさせまいとする異常な性急さと、教育委員会にもかけず、校長も本人も知らないまま、新聞記者にのみ発表するという異様な処分のあり方でした。
なおこの保護者とは7月15日に校長立会いのもと、話し合いの場を持ち、8月16日に2度目の話し合いの約束ができていたのに都教委がその日を事情聴取日に指定したため、中止になってしまったのです。
ぜひ都教委に対し、抗議をお送りください。
抗議先
人事部職員課長・藤森教悦 S9000013@section.metro.tokyo.jp
直通電話 服務係:03-5320-6792
FAXは東京都教育庁総務部教育情報課 03-5388-1726
[参考資料] 今回の処分の対象となった「不適切な文言」の前後のみ、私信より抜粋
さて、私は一昨年の夏に初めて貴国に観光旅行に行きました。日本と貴国の間に横たわる過去の不幸な関係を思い、少し後ろめたい思いがあり、なかなか思い切れなかったのですが、行って良かったと思いました。人々が皆親切で暖かく接してくださったからです。生えている草花も、日本海側にある私の故郷のものとほとんど同じで、何となしに懐かしさや既視感を覚え、私の遠い御先祖は貴半島から渡来した人々かもしれないと思いました。
それで、また、本年の3月28日から31日まで、貴国に行ってきました。独立記念館の見学と38度線のJSA・板門店の見学が目的でした。実は独島(竹島)問題があるため、日本人とわかって敵意を剥き出しにされたらどうしようか、と心配もしたのですが、それは全くの杞憂で、貴国の方々は、やっぱり、どこでもとても親切で、安心致しました。 独立記念館の見学では、やはり、いろいろ考えさせられました。特に第3展示館は、その名もズバリ『日帝侵略館』です。「古代から我が国の文化を伝授してきた日本は、19世紀中頃から西欧の文物を取り入れて帝国主義化しながら武力を先立たせ我が国を侵略した・・・この展示館では、日帝の韓国侵略過程と植民地統治期間中、我が民族に加えた過酷な弾圧と各種の過酷な経済収奪、そして民族を根こそぎ無くそうとした民族抹殺の悪巧みと、それに関連する資料が展示されている」・・・日本人としては見学しながら心が痛くなりますが、しかし、韓国を訪れる日本人は、全て、一度はここに来るべきだと思います。情けないことではありますが、04年10月26日の我が東京都議会文教委員会において、古賀俊昭という都議会議員(自民党)は言っています。「(我が国の)侵略戦争云々というのは、私は、全く当たらないと思います。じゃ、日本は一体どこを、いつ侵略したのかという、どこを、いつ、どの国を侵略したかということを具体的に一度聞いてみたいというふうに思います。(カッコ内は増田)」(文教委員会議事録)などと、国際的には恥を晒すことでしかない歴史認識を得々として嬉々として披露しているのが我が日本国の首都の議会なのです。横山洋吉教育長以下、東京都教育委員会は、これに対し何の反論もしませんでした。というより、大いに共鳴しているのでしょう。侵略の正当化教科書として歴史偽造で有名な扶桑社の歴史教科書を「生徒たちに我が国に対する愛国心を持たせる一番良い教科書」などと公言して恥じない人たちですから。古賀都議その他の歴史偽造主義者達が「日本は一体どこを、いつ侵略したのかという、どこを、いつ、どの国を侵略したかということを具体的に一度聞いてみたい」なら、「一度」韓国独立記念館や南京大虐殺記念館に行ってみたらいいのです。「具体」例が、「聞いて」みるまでもなく眼前に展開しています。「歴史を反省しない国」と他国の人から言われることは屈辱ではありますが、残念ながら「そんなことはありません」と言い切れぬ現実があり・・・
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