東京新聞【こちら特報部】
▼ 東電広告費90億円の波紋
マスコミへの広告・宣伝費は約90億円、交際費は約20億円-。福島第一原発事故の損害賠償をめぐり東京電力の清水正孝社長が参院予算委員会で明かしたカネが波紋を広げている。最近は省エネを呼びかけるCMを目にする機会が多かったが、東電は一部自由化されたとはいえ電力事業で競争の少ない独占企業体だ。法外な費用を識者はどう受け止めたのか。(中山洋子、秦淳哉)
▼ 競争ないのにナゼ
「競争がない企業に、なぜ巨額の広告が必要なのか」。十三日の参院予算委員会で、広告費などについて東電に質した中西健治議員(みんなの党)が憤る。
素朴な疑問に端を発した質問だったが、その後、中西氏のもとには「自分もおかしいと思っていた」と賛同する声が続々と寄せられている。
国会で、清水社長が明かした二つの金額は二〇〇九年度の実績。交際費については「政界の交際費」を聞いたのに、公表しない。追及すると清水社長は「(政界分のみを)分類整理していない」と答えるにとどまった。
中西氏は「似たような企業にはJR東日本などもあるが、少なくとも飛行機や自動車との競争がある。東電はほかに選びようがない地域独占企業。その広告費としては大きすぎる」と語る。
新聞広告の場合、東電は在京各紙などに同じ内容の広告を掲載している。ただ、部数などに応じて金額は異なる。
テレビはどうか。CM雑誌「CMNOW」の番組スポンサーリストによると、事故前の二~三月で、在京テレビ五局のすべてに東電がCMを提供していた。報道ニュース番組のスポンサーに名を連ねることが多い。
▼ 関連総額250億円か
実は東電の「広告」費用はこれだけではない。
東電によると、「普及開発関係費」と呼ぶ広告関連費は、〇九年度で約二百五十億円。電力館(東京都渋谷区)などの運営やイベント費などを含むとみられるが、内訳について「現段階ではお答えできない」(広報担当者)。この金額には、先の九十億円が含まれていると中西氏はみる。
PR拠点は、横浜市の「電気の史料館」や、富津火力発電所(千葉県)に隣接する「TEPCO新エネルギーパーク」と数多い。いずれも原発事故後は休館している。
賠償金の支払いのため、東電では役員報酬カットなどと合わせ、不動産や株式など五千億円の資産売却を検討しているが、広告費やPR施設について「見直し対象かどうかも言えない」(広報担当者)と言う。
▼ 「節電CMいらない」
中西氏は「東電は節電CMなどを放映しているが、電力15%削減は国の方針。黙っていてもテレビや新聞が報じてくれる」と切り捨てる。こうした広告が続くことが、東電のリストラ策の「手ぬるさ」の表れとみる。
予算委員会で、中西氏は「高水準だといわれている退職金や年金にも手をつける必要がある」と追及。公的資金が投入された日航では現役五割、OBは三割が削減されたことを挙げたが、清水社長は「年金は社員の老後に直結する問題なので、現時点では検討していない」とかわした。
その後、答弁に立った菅直人首相が「東電自身にも大きな努力をしてもらうのは当然」とけん制する場面もあった。
中西氏は「電力会社に必要なのは競争。会社の温存を前提とするのではなく(送電線を開放して新規事業者を増やすべきだ」と強調する。
▼ 原発擁護発言期待し謝礼500万円
東電に限らず、電力会社の広告・宣伝費は多額だという。いったいどのように使われるのか。
スポーツライターの玉木正之氏は、電力会社のギャラの高さに驚いた経験がある。「東電ではないが昨年、新聞の一面広告のインタビューとして原発について自由に意見を言ってくれとの依頼が広告代理店からあった。謝礼は五百万円とのことだった」と明かす。
「仕事を引き受けるつもりで、『今ある原発はともかく、これ以上原発を増やすべきではない』と話したいと伝えた。ところが代理店側から『それでは困る』と言われ、メールと電話でそれぞれ三回ほどやりとりした。結局、『また機会があれば』と物別れになった」
玉木氏のような著名なライターでも、五百万円のギャラは破格だろう。「原発の重要性を語らせるつもりなら、最初から私は不向き。地域独占と公共料金でなりたつ電力会社に宣伝費が必要だとは思わない。高額ギャラは口止め料のつもりだと思った」と振り返る。
▼ 番組スポンサー降板で圧力?
広告・宣伝費という「武器」を持つ電力会社から、マスコミが圧力を受けたことも度々ある。
ジャーナリストの青木理氏は「二〇〇八年、大阪の放送局が(原子力専門家で原発の危険性を警告してきた)京都大学の小出裕章氏らを取材して放送したドキュメンタリーがあったが、電力会社が抗議して放送局の番組から広告を引き揚げた。電力会社は否定しているが、局幹部にも原発の安全性を強調した講習を受けるように要求したようだ」と続ける。
「これ以前にも、広島のテレビ局が低線量放射線による被ばく問題を放送した時、地元電力会社から広告引き揚げの圧力を受け、当時のプロデューサーらが左遷されたこともあったと聞く」
実際、東電のマスコミ対策は二百五十億円以上と言うのは評論家の佐高信氏だ。「表向きの宣伝費とは別に、記者の接待費や交際費もある。(電力各社でつくる)電気事業連合会の宣伝費も加えれば、実際にはもっと多い金額になるはずだ」
▼ マスコミ覆う呪縛
さらに「福島第一原発1号機がメルトダウンしたことが判明した今も、以前から原発の危険性を主張し続けた作家の広瀬隆氏を正面から取り上げたメディアは少ない。東電の広告による呪縛はまだマスコミ全般に行き渡っている」と批判する。
原発事故の後、原発擁護派の有名作家が還暦祝いパーティーをホテルで開いたが、ここには元東電幹部も参加していた。佐高氏は「事故が収束しない時期に、こういった無神経な行動をする文化人らを一人ずつ追及し、過去の行動も検証すべきだ。そうでなければ米中央情報局(CIA)になぞらえ、原発推進のために暗躍する通称TCIA(東電CIA)と呼ばれる人も復活し、マスコミ対策を強化するだろう」と危ぶむ。
多額の広告費を受け取る一方で、原発の問題点をどのように報道してきたのか。原発事故を機に、各メディアの報道姿勢も間われている。
前出の青木氏は「思想・信条とは関係なく仕事を引き受けざるを得ないタレントはともかくとして、ジャーナリストやニュースキャスター、弁護士、評論家、作家の人たちが、社会的に対立する問題に関し、ギャラをもらう広告で発言するのは控えるべきだ」と指摘し、こう提言する。
「原発推進の意見を持つのは自由だが、彼らは自らが活動する表現の場を使って意見を主張すればいい。それが社会的に影響あるとされる人たちの責任だろう」
【デスクメモ】
「ミイラ取り」ではないが、取材対象者に食い込むと危険水域に入ることがある。先方から情報を得て、接待も受けるうちに筆が曲がった同業者を何人も見てきた。情が移って手が鈍る場合もある。記者人生で誘惑がなかったわけではない。振り切ったのは思考を邪魔されるのを嫌っただけなのだろう。(呂)
『東京新聞』(2011/5/17【こちら特報部】)
▼ 東電広告費90億円の波紋
マスコミへの広告・宣伝費は約90億円、交際費は約20億円-。福島第一原発事故の損害賠償をめぐり東京電力の清水正孝社長が参院予算委員会で明かしたカネが波紋を広げている。最近は省エネを呼びかけるCMを目にする機会が多かったが、東電は一部自由化されたとはいえ電力事業で競争の少ない独占企業体だ。法外な費用を識者はどう受け止めたのか。(中山洋子、秦淳哉)
▼ 競争ないのにナゼ
「競争がない企業に、なぜ巨額の広告が必要なのか」。十三日の参院予算委員会で、広告費などについて東電に質した中西健治議員(みんなの党)が憤る。
素朴な疑問に端を発した質問だったが、その後、中西氏のもとには「自分もおかしいと思っていた」と賛同する声が続々と寄せられている。
国会で、清水社長が明かした二つの金額は二〇〇九年度の実績。交際費については「政界の交際費」を聞いたのに、公表しない。追及すると清水社長は「(政界分のみを)分類整理していない」と答えるにとどまった。
中西氏は「似たような企業にはJR東日本などもあるが、少なくとも飛行機や自動車との競争がある。東電はほかに選びようがない地域独占企業。その広告費としては大きすぎる」と語る。
新聞広告の場合、東電は在京各紙などに同じ内容の広告を掲載している。ただ、部数などに応じて金額は異なる。
テレビはどうか。CM雑誌「CMNOW」の番組スポンサーリストによると、事故前の二~三月で、在京テレビ五局のすべてに東電がCMを提供していた。報道ニュース番組のスポンサーに名を連ねることが多い。
▼ 関連総額250億円か
実は東電の「広告」費用はこれだけではない。
東電によると、「普及開発関係費」と呼ぶ広告関連費は、〇九年度で約二百五十億円。電力館(東京都渋谷区)などの運営やイベント費などを含むとみられるが、内訳について「現段階ではお答えできない」(広報担当者)。この金額には、先の九十億円が含まれていると中西氏はみる。
PR拠点は、横浜市の「電気の史料館」や、富津火力発電所(千葉県)に隣接する「TEPCO新エネルギーパーク」と数多い。いずれも原発事故後は休館している。
賠償金の支払いのため、東電では役員報酬カットなどと合わせ、不動産や株式など五千億円の資産売却を検討しているが、広告費やPR施設について「見直し対象かどうかも言えない」(広報担当者)と言う。
▼ 「節電CMいらない」
中西氏は「東電は節電CMなどを放映しているが、電力15%削減は国の方針。黙っていてもテレビや新聞が報じてくれる」と切り捨てる。こうした広告が続くことが、東電のリストラ策の「手ぬるさ」の表れとみる。
予算委員会で、中西氏は「高水準だといわれている退職金や年金にも手をつける必要がある」と追及。公的資金が投入された日航では現役五割、OBは三割が削減されたことを挙げたが、清水社長は「年金は社員の老後に直結する問題なので、現時点では検討していない」とかわした。
その後、答弁に立った菅直人首相が「東電自身にも大きな努力をしてもらうのは当然」とけん制する場面もあった。
中西氏は「電力会社に必要なのは競争。会社の温存を前提とするのではなく(送電線を開放して新規事業者を増やすべきだ」と強調する。
▼ 原発擁護発言期待し謝礼500万円
東電に限らず、電力会社の広告・宣伝費は多額だという。いったいどのように使われるのか。
スポーツライターの玉木正之氏は、電力会社のギャラの高さに驚いた経験がある。「東電ではないが昨年、新聞の一面広告のインタビューとして原発について自由に意見を言ってくれとの依頼が広告代理店からあった。謝礼は五百万円とのことだった」と明かす。
「仕事を引き受けるつもりで、『今ある原発はともかく、これ以上原発を増やすべきではない』と話したいと伝えた。ところが代理店側から『それでは困る』と言われ、メールと電話でそれぞれ三回ほどやりとりした。結局、『また機会があれば』と物別れになった」
玉木氏のような著名なライターでも、五百万円のギャラは破格だろう。「原発の重要性を語らせるつもりなら、最初から私は不向き。地域独占と公共料金でなりたつ電力会社に宣伝費が必要だとは思わない。高額ギャラは口止め料のつもりだと思った」と振り返る。
▼ 番組スポンサー降板で圧力?
広告・宣伝費という「武器」を持つ電力会社から、マスコミが圧力を受けたことも度々ある。
ジャーナリストの青木理氏は「二〇〇八年、大阪の放送局が(原子力専門家で原発の危険性を警告してきた)京都大学の小出裕章氏らを取材して放送したドキュメンタリーがあったが、電力会社が抗議して放送局の番組から広告を引き揚げた。電力会社は否定しているが、局幹部にも原発の安全性を強調した講習を受けるように要求したようだ」と続ける。
「これ以前にも、広島のテレビ局が低線量放射線による被ばく問題を放送した時、地元電力会社から広告引き揚げの圧力を受け、当時のプロデューサーらが左遷されたこともあったと聞く」
実際、東電のマスコミ対策は二百五十億円以上と言うのは評論家の佐高信氏だ。「表向きの宣伝費とは別に、記者の接待費や交際費もある。(電力各社でつくる)電気事業連合会の宣伝費も加えれば、実際にはもっと多い金額になるはずだ」
▼ マスコミ覆う呪縛
さらに「福島第一原発1号機がメルトダウンしたことが判明した今も、以前から原発の危険性を主張し続けた作家の広瀬隆氏を正面から取り上げたメディアは少ない。東電の広告による呪縛はまだマスコミ全般に行き渡っている」と批判する。
原発事故の後、原発擁護派の有名作家が還暦祝いパーティーをホテルで開いたが、ここには元東電幹部も参加していた。佐高氏は「事故が収束しない時期に、こういった無神経な行動をする文化人らを一人ずつ追及し、過去の行動も検証すべきだ。そうでなければ米中央情報局(CIA)になぞらえ、原発推進のために暗躍する通称TCIA(東電CIA)と呼ばれる人も復活し、マスコミ対策を強化するだろう」と危ぶむ。
多額の広告費を受け取る一方で、原発の問題点をどのように報道してきたのか。原発事故を機に、各メディアの報道姿勢も間われている。
前出の青木氏は「思想・信条とは関係なく仕事を引き受けざるを得ないタレントはともかくとして、ジャーナリストやニュースキャスター、弁護士、評論家、作家の人たちが、社会的に対立する問題に関し、ギャラをもらう広告で発言するのは控えるべきだ」と指摘し、こう提言する。
「原発推進の意見を持つのは自由だが、彼らは自らが活動する表現の場を使って意見を主張すればいい。それが社会的に影響あるとされる人たちの責任だろう」
【デスクメモ】
「ミイラ取り」ではないが、取材対象者に食い込むと危険水域に入ることがある。先方から情報を得て、接待も受けるうちに筆が曲がった同業者を何人も見てきた。情が移って手が鈍る場合もある。記者人生で誘惑がなかったわけではない。振り切ったのは思考を邪魔されるのを嫌っただけなのだろう。(呂)
『東京新聞』(2011/5/17【こちら特報部】)
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