◆ 倒れても「自己責任」
把握されない労働時間
退職理由にしめる「在職死」がこんなに多いのか。
東京で働く教員の勤務実態を調べるため、現場の話を聞くとともに東京都教育委員会に情報開示を請求した私たちは、開示結果に驚いた。
詳細は後述するが、それは私たちの近未来を示唆しているのかもしれない。
「健康確保や仕事と生活の調和を図りつつ、時間ではなく成果で評価される働き方を希望する働き手のニーズに応える、新たな労働時間制度を創設する」
6月に発表した新成長戦略で政府は、第1次安倍政権下で頓挫した「ホワイトカラー・エグゼンプション」の焼き直しを盛り込んだ。
残業代ゼロ法案とも呼ばれるこのしくみが導入されると、何が起こるのか。それを先取りしているのが小・中・高校の教育現場だ。
教員には、労働基準法第37条の時間外労働の割増賃金規定が「適用除外」となっている。そんな「残業代ゼロ」の職場では何が起きるのか。
◆ 朝だけ押すタイムカード
「教員の勤務時間を示す資料」の開示請求に対し、都教委は「不存在」と回答した。
「都立高校にタイムカードはありますが、打刻するのは出勤時だけなので、勤務時間はわからない」と多くの現場教員も証言する。
小中学校には、そもそもタイムカードがないところが多い。「ある区で学校にタイムカードを入れたらたいへんな数字が出て、慌てて外した」と話す関係者もいる。
取材に対し都教委勤労課は「教員の安全配慮は校長、副校長の役割になる。子どもへの対応や研修もあり教員一人ひとりの勤務時間把握は難しいが、都教委としてもこの夏から実態把握を進めている」。
健康管理を所管する福利厚生課は「教職員が30人以上の学校で安全衛生委員会を設置し、産業医も配置している。今年度から、学校教育支援センターが学校を訪問する際、状況確認をした上で安全衛生委が実質的に機能するようお話している」と説明する。
だが、労働時間もわからなければ、安全衛生委員会も役割を果たすのは難しい。
定年以外の退職実態をまとめた「特例管理帳票」という資料によれば、2012年度の小中学校の退職者のうち14人(退職者の10・5%)、13年度は20人(同14・4%)が「死亡退職」だった。
都立高校教員では、11~13年度の3年間に「定年以外で退職した人」のうち死亡退職は40人、退職理由の32・3%に及ぶ(グラフ参照)。
「病気」による退職も目立つ。小中では12~13年度に63人(23・2%)、高校では11~13年度に32人(25・8%)だった。
23区外で働く中学校教員は、「うちの市でも7月、部活指導に熱心な50代の男性教員が亡くなりました。でも、労働時間がわからないから過労かどうかはっきりせず、『健診をきちんと受けるように』と言われました。倒れたって『自己責任』なんです」と明かす。
新宿区教職員組合執行委員の深澤裕さんは、採用されたばかりの教員(23歳)の自死の公務災害認定を支援した経験から、「勤務時間の証明は難しい」と振り返る。彼女の超過勤務は、早朝出勤や持ち帰り残業を含め月130時間を超えていたが、地方公務員災害補償基金東京都支部は当初、「USBメモリの記録等から直ちに具体的な作業時間数を算出することはできず」などの理由で一部しか認めず、公務災害と認定しなかった。
◆ 次は誰が倒れるのか
不服申し立ての結果、同支部審査会は「強度の精神的ストレスが重複または重積する状態」によって発症、自死に至ったと認め公務災害認定したが、この決定でも超勤時間は過小評価されている。
世田谷区内の小学校に勤務してきた40代の男性教員は、遠距離通勤と早朝の事務仕事のため、3時台に起床。6時に家を出て7時に学校に着き、8時15分から15時過ぎまで子ども達と向き合う。15時45分~16時30分までは休憩時間だが、会議が入ることもあり、そのあとようやく「自分の仕事」にかかる。
「成績処理、宿題やプリントの作成などのほか、教育委員会による調査の書類とか会議のための会議。若い先生は休日まで、地元行事にボランティアで駆り出されます」
ある日彼が、「毎朝3時起きだよ。誰か起こしてくれないかな」とこぼすと、女性の同僚が応えた。「起こしましょうか?私、2時に起きるんで」
東京都公立学校教職員組合(東京教組、日教組加盟)は若い教職員にアンケートを行い、127人から回答を得た。結果は衝撃的だ。
過労死ラインとされる月80時間以上の超過勤務が56%、100時間以上も27%。土日も部活動指導に加え、土曜授業が増えつつある。
教員の38%が「勤務時間の長さ」に、17%が「心身の健康」に不安を覚え、「退職まで続けようと思いますか」との質問に「そう思う」と答えた人は57%にすぎない。
病欠が相次ぎ、「次は誰が倒れるのか」と不安が渦巻く学校職場もあるという。長時間過重労働の結果、メンタルヘルス不調も増えている。
都教委が教職員とその家族を対象に実施している「精神保健相談」の件数は上のグラフのとおり。また、東京の教員(小・中・高・特別支援校)の休職者の7割近くが精神系疾患となっている。
教員への労働法の適用について厚生労働省に訊くと、「小中学校等の教員にも労働基準法32条(労働時間)は適用されます。残業代はなくても、使用者には安金配慮義務があり労働時間を把握すべきなのは民間企業と変わりません」(労働基準局監督課)と明快な答えが返ってきた。
だが、労働時間把握がなされていない実態は見てきたとおり。労働時間がわからなければ、働き過ぎを止めるブレーキは利かない。
『労働情報899号』(2014/11/15)
把握されない労働時間
北 健一(ジャーナリスト)
退職理由にしめる「在職死」がこんなに多いのか。
東京で働く教員の勤務実態を調べるため、現場の話を聞くとともに東京都教育委員会に情報開示を請求した私たちは、開示結果に驚いた。
詳細は後述するが、それは私たちの近未来を示唆しているのかもしれない。
「健康確保や仕事と生活の調和を図りつつ、時間ではなく成果で評価される働き方を希望する働き手のニーズに応える、新たな労働時間制度を創設する」
6月に発表した新成長戦略で政府は、第1次安倍政権下で頓挫した「ホワイトカラー・エグゼンプション」の焼き直しを盛り込んだ。
残業代ゼロ法案とも呼ばれるこのしくみが導入されると、何が起こるのか。それを先取りしているのが小・中・高校の教育現場だ。
教員には、労働基準法第37条の時間外労働の割増賃金規定が「適用除外」となっている。そんな「残業代ゼロ」の職場では何が起きるのか。
◆ 朝だけ押すタイムカード
「教員の勤務時間を示す資料」の開示請求に対し、都教委は「不存在」と回答した。
「都立高校にタイムカードはありますが、打刻するのは出勤時だけなので、勤務時間はわからない」と多くの現場教員も証言する。
小中学校には、そもそもタイムカードがないところが多い。「ある区で学校にタイムカードを入れたらたいへんな数字が出て、慌てて外した」と話す関係者もいる。
取材に対し都教委勤労課は「教員の安全配慮は校長、副校長の役割になる。子どもへの対応や研修もあり教員一人ひとりの勤務時間把握は難しいが、都教委としてもこの夏から実態把握を進めている」。
健康管理を所管する福利厚生課は「教職員が30人以上の学校で安全衛生委員会を設置し、産業医も配置している。今年度から、学校教育支援センターが学校を訪問する際、状況確認をした上で安全衛生委が実質的に機能するようお話している」と説明する。
だが、労働時間もわからなければ、安全衛生委員会も役割を果たすのは難しい。
定年以外の退職実態をまとめた「特例管理帳票」という資料によれば、2012年度の小中学校の退職者のうち14人(退職者の10・5%)、13年度は20人(同14・4%)が「死亡退職」だった。
都立高校教員では、11~13年度の3年間に「定年以外で退職した人」のうち死亡退職は40人、退職理由の32・3%に及ぶ(グラフ参照)。
「病気」による退職も目立つ。小中では12~13年度に63人(23・2%)、高校では11~13年度に32人(25・8%)だった。
23区外で働く中学校教員は、「うちの市でも7月、部活指導に熱心な50代の男性教員が亡くなりました。でも、労働時間がわからないから過労かどうかはっきりせず、『健診をきちんと受けるように』と言われました。倒れたって『自己責任』なんです」と明かす。
新宿区教職員組合執行委員の深澤裕さんは、採用されたばかりの教員(23歳)の自死の公務災害認定を支援した経験から、「勤務時間の証明は難しい」と振り返る。彼女の超過勤務は、早朝出勤や持ち帰り残業を含め月130時間を超えていたが、地方公務員災害補償基金東京都支部は当初、「USBメモリの記録等から直ちに具体的な作業時間数を算出することはできず」などの理由で一部しか認めず、公務災害と認定しなかった。
◆ 次は誰が倒れるのか
不服申し立ての結果、同支部審査会は「強度の精神的ストレスが重複または重積する状態」によって発症、自死に至ったと認め公務災害認定したが、この決定でも超勤時間は過小評価されている。
世田谷区内の小学校に勤務してきた40代の男性教員は、遠距離通勤と早朝の事務仕事のため、3時台に起床。6時に家を出て7時に学校に着き、8時15分から15時過ぎまで子ども達と向き合う。15時45分~16時30分までは休憩時間だが、会議が入ることもあり、そのあとようやく「自分の仕事」にかかる。
「成績処理、宿題やプリントの作成などのほか、教育委員会による調査の書類とか会議のための会議。若い先生は休日まで、地元行事にボランティアで駆り出されます」
ある日彼が、「毎朝3時起きだよ。誰か起こしてくれないかな」とこぼすと、女性の同僚が応えた。「起こしましょうか?私、2時に起きるんで」
東京都公立学校教職員組合(東京教組、日教組加盟)は若い教職員にアンケートを行い、127人から回答を得た。結果は衝撃的だ。
過労死ラインとされる月80時間以上の超過勤務が56%、100時間以上も27%。土日も部活動指導に加え、土曜授業が増えつつある。
教員の38%が「勤務時間の長さ」に、17%が「心身の健康」に不安を覚え、「退職まで続けようと思いますか」との質問に「そう思う」と答えた人は57%にすぎない。
病欠が相次ぎ、「次は誰が倒れるのか」と不安が渦巻く学校職場もあるという。長時間過重労働の結果、メンタルヘルス不調も増えている。
都教委が教職員とその家族を対象に実施している「精神保健相談」の件数は上のグラフのとおり。また、東京の教員(小・中・高・特別支援校)の休職者の7割近くが精神系疾患となっている。
教員への労働法の適用について厚生労働省に訊くと、「小中学校等の教員にも労働基準法32条(労働時間)は適用されます。残業代はなくても、使用者には安金配慮義務があり労働時間を把握すべきなのは民間企業と変わりません」(労働基準局監督課)と明快な答えが返ってきた。
だが、労働時間把握がなされていない実態は見てきたとおり。労働時間がわからなければ、働き過ぎを止めるブレーキは利かない。
『労働情報899号』(2014/11/15)
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