《子どもと教科書全国ネット21ニュースから》
◆ 「核兵器禁止記念日」ができた
核兵器の廃絶に向けて一歩を踏み出す、人類全体にとってたいへん重要な決断
2017年の七夕は、歴史に記録されるでしょう。それは、日中戦争のきっかけとなった盧溝橋事件から80年目の節目にあたり、広島と長崎に原爆が投下されて72年目に、核兵器を禁止する国際条約が採択されたからです。
◆ 核兵器を禁止する意味
核兵器は、最終兵器とか究極兵器と呼ばれています。核兵器は、毒ガスなどの化学兵器や、毒性の高い細菌などの生物兵器と並んで、大規模な被害を発生させる大量破壊兵器です。人を殺傷するだけではなく、生活環境を著しく変えてしまいます。放射線によって世代を越えて被害をもたらします。
つまり、核兵器には、取り返しのつかない被害が、相手方を選ばず(無差別)、広い範囲に、世代を越えて、引き起こされるという特徴があります。
核兵器を保有する国は国連加盟国193力国のうち、ごく少数です。アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の5力国と、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の4力国もこれに含まれます。
これらの国は、核兵器には戦争を防止する抑止力があるとして、核兵器の開発や実験、配備なども含めて包括的な核軍備にしがみつき、「核の傘」という核抑止力に依存した軍事戦略を同盟国に広げています。
そこでこれらの国は、核兵器禁止条約が核抑止力による安全保障を台無しにすると見て、強力に反対しています。
とりわけ重要なことは、核保有国が、核兵器の拡散を防止する「核不拡散条約」を楯にして、核兵器を温存する方針をとっていることです。
しかし多くの国がもっぱら期待しているのは、核保有国が条約上の義務である核軍縮を誠実に交渉して、核兵器の廃止を完結することです。
確かに、核保有国が増えることは、安全保障の点からも、環境保護の点からも、決して無視できる問題ではありません。
しかしもっと大きな問題は、核軍備が固定化されて、核戦争の脅威が減らないどころか、核兵器が事故や思い違いで爆発したり、テロリストによって略奪されたりする危険が減っていないことです。
そこで、核兵器を全面的に禁止して、核兵器の廃絶に向けて一歩を踏み出す方が、人類全体にとってたいへん重要な決断であることがよくわかります。
◆ 核兵器禁止条約交渉会議を振り返る
私は、ニューヨークの国連本部で開催された「核兵器を禁止しその完全廃絶につなげるような法的に拘束力のある文書を交渉する国連会議(UN Conference to Negotiate a Legally Bindingi Instrument to Prohibit Nuclear Weapon,Leading Towards their Total Elimination)」に参加しました。議長はコスタリカのエレーン・ホワイト大使が第1会期(2017年3月27日~31日)と第2会期(同年6月15日~7月7日)を勤めました。
第1会期は、参加国およびNGOのさまざまな主張を聞くことに終始し、第2会期が開かれる前に、議長が「核兵器禁止条約案」を提出することになり、5月22日に「第一案」が示されました。
第2会期は、最終的には予定通り7月7日に確定した条約案について賛成122、反対1、棄権1で可決されました。
とはいえ、アメリカのヘイリー国連大使は、第1会期の初日に総会議場の外で記者会見を行い、「核なき世界」を希望するが、「北朝鮮が参加しない会議は無意味だ」と反対の意思表示をしました。また、第2会期の最終日に、この条約は「国際安全保障環境を無視するものだ」という共同声明を発表しました。
日本政府は、会議の冒頭、高見沢軍縮大使が「核保有国が参加しない会議では、誠実に交渉することは期待できない」という発言をして、会議不参加をわざわざ表明しました。
このように、核兵器禁止条約そのものに反対する国は、およそ30力国にのぼります。
あえて単純化して整理すれば、3つのグループに分けられます。
すなわち、グループAは、核兵器禁止条約に賛成する国で核不拡散条約に参加する国で、この条約採択に賛成した122力国がここに属します。
次に、グループBは、核不拡散条約に参加するけれど、核兵器禁止条約に反対する国で、ここには主要な核保有国を含む20数力国が属します。
最後に、グループCは、核不拡散条約にも参加しないで、しかも核兵器禁止条約にも反対する国で、インド、パキスタン、イスラエルなどがこれに当たります。
今後の展望は、グループAが増加して、グループBやCが消滅するかどうかにかかっていると言ってもよいでしょう。
◆ ヒバクシャが登場する前文
核兵器禁止条約は、長文の前文と20か条の本文からなります。
前文は、条約の由来や目的などを書き込み、条約本文の解釈に一定の方向付けを与える役割もあります。この中に、二度にわたって「ヒバクシャ」が登場します。
会議でも、ヒバクシャの発言を聞いたり、署名を受け取ったり、ヒバクシャと会談したり、この会議自体がヒバクシャに寄り添う姿勢をはっきりとアピールしました。
たった1発の原子爆弾が一瞬にして数十万人の民間人の生命を奪い、筆舌に尽くしがたい苦難を引き起こしたことは、決して消し去ることのできない「人類の記憶遺産」と言うべき出来事でした。
それにもかかわらず、ヒバクシャの方たちが報復ではなく、核兵器の廃絶を掲げて多年にわたって世界各地で働きかけてきた歴史は、貴重な共時的体験です。これを条約前文は確認して、核兵器禁止の重要な礎石としたわけです。
また、この条約は、正確に言えば、すでに1994年の国際司法裁判所の「勧告的意見」に明らかなように、核兵器の使用や使用の威嚇が一般的に国際人道法に反するものであり、すでに慣習国際法のレベルでは違法とされていたことを明文の条約に書き込んだにすぎません。
ただ、国際司法裁判所の多数意見では、国家の存立が危機にあるときに核兵器を使用することが国際法上違法であるかどうかは判断できないとしていましたから、この条約は、どんな状況であっても核兵器の使用や使用の威嚇は国際法に反するという少数意見の側に踏み出したわけです。
世界中で5億人を超える署名を集めた1950年の「ストックホルム・アピール」や330万人の署名を集めた1994年の「世界法廷運動」や、今回、日本だけでも300万人に近い署名を集めたことに明らかなように、民衆の意見が「公的な良心」として道を切り拓いた歴史があります。
前文(24段落)が掲げる「公的な良心」は、慣習国際法の一部とされ、法的な効力を認める根拠となります。
原爆投下が国際法に違反することを認めた東京地裁の「下田判決」(1963年)も、国家機関が行った意思決定(国家実行)として、慣習国際法の一部とされています。
◆ 核兵器の完全廃止の道筋を示した本文
本文の眼目は、1条に掲げる禁止行為です。
この条約は、使用のみならず、使用の威嚇、開発や実験、製造、取得、保有、貯蔵など、きわめて包括的な禁止を列挙しています。
日本の国是とされる「非核三原則」よりもさらに徹底したもので、核兵器の完全な廃止を目指す道筋が示されています。
核保有国でも、この条約に加入後一定の期間内に廃止の措置をとればよいので、門戸は広いと見ることもできます。
核兵器の保有状態などの検証手続も、できるだけ既存の仕組みを利用するので、経済性や実効性にも配慮しています。
また、核兵器を持たない国に対して核兵器で攻撃することは、国際法の一般原則として認められている「比例性の原則」に照らして違法ですから、核軍備によって自国の安全を確保するよりも、核兵器禁止条約の「傘」の下での安全を追求する方が、遙かに合理的な選択といえるでしょう。
◆ 核兵器廃止の方が現実的な選択
とはいえ、核保有国にはまだかなりハードルが高く、また世論の関心も低いと、政治的な決断もなされないので、この条約の有効性は疑問だという意見もあります。
しかし、10力国に満たない核保有国が他国に優越して人類の未来を決定できるのは、明らかに不合理と言うべきでしょう。むしろ核兵器を廃止して、日本国憲法前文にあるように「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生椛儲しようと決意して」実効的な条約などを整備する方が、現実な選択ではないでしょうか。(にいくらおさむ)
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 115号』(2017.8)
◆ 「核兵器禁止記念日」ができた
核兵器の廃絶に向けて一歩を踏み出す、人類全体にとってたいへん重要な決断
新倉 修(青山学院大学名誉教授・弁護士)
2017年の七夕は、歴史に記録されるでしょう。それは、日中戦争のきっかけとなった盧溝橋事件から80年目の節目にあたり、広島と長崎に原爆が投下されて72年目に、核兵器を禁止する国際条約が採択されたからです。
◆ 核兵器を禁止する意味
核兵器は、最終兵器とか究極兵器と呼ばれています。核兵器は、毒ガスなどの化学兵器や、毒性の高い細菌などの生物兵器と並んで、大規模な被害を発生させる大量破壊兵器です。人を殺傷するだけではなく、生活環境を著しく変えてしまいます。放射線によって世代を越えて被害をもたらします。
つまり、核兵器には、取り返しのつかない被害が、相手方を選ばず(無差別)、広い範囲に、世代を越えて、引き起こされるという特徴があります。
核兵器を保有する国は国連加盟国193力国のうち、ごく少数です。アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の5力国と、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の4力国もこれに含まれます。
これらの国は、核兵器には戦争を防止する抑止力があるとして、核兵器の開発や実験、配備なども含めて包括的な核軍備にしがみつき、「核の傘」という核抑止力に依存した軍事戦略を同盟国に広げています。
そこでこれらの国は、核兵器禁止条約が核抑止力による安全保障を台無しにすると見て、強力に反対しています。
とりわけ重要なことは、核保有国が、核兵器の拡散を防止する「核不拡散条約」を楯にして、核兵器を温存する方針をとっていることです。
しかし多くの国がもっぱら期待しているのは、核保有国が条約上の義務である核軍縮を誠実に交渉して、核兵器の廃止を完結することです。
確かに、核保有国が増えることは、安全保障の点からも、環境保護の点からも、決して無視できる問題ではありません。
しかしもっと大きな問題は、核軍備が固定化されて、核戦争の脅威が減らないどころか、核兵器が事故や思い違いで爆発したり、テロリストによって略奪されたりする危険が減っていないことです。
そこで、核兵器を全面的に禁止して、核兵器の廃絶に向けて一歩を踏み出す方が、人類全体にとってたいへん重要な決断であることがよくわかります。
◆ 核兵器禁止条約交渉会議を振り返る
私は、ニューヨークの国連本部で開催された「核兵器を禁止しその完全廃絶につなげるような法的に拘束力のある文書を交渉する国連会議(UN Conference to Negotiate a Legally Bindingi Instrument to Prohibit Nuclear Weapon,Leading Towards their Total Elimination)」に参加しました。議長はコスタリカのエレーン・ホワイト大使が第1会期(2017年3月27日~31日)と第2会期(同年6月15日~7月7日)を勤めました。
第1会期は、参加国およびNGOのさまざまな主張を聞くことに終始し、第2会期が開かれる前に、議長が「核兵器禁止条約案」を提出することになり、5月22日に「第一案」が示されました。
第2会期は、最終的には予定通り7月7日に確定した条約案について賛成122、反対1、棄権1で可決されました。
とはいえ、アメリカのヘイリー国連大使は、第1会期の初日に総会議場の外で記者会見を行い、「核なき世界」を希望するが、「北朝鮮が参加しない会議は無意味だ」と反対の意思表示をしました。また、第2会期の最終日に、この条約は「国際安全保障環境を無視するものだ」という共同声明を発表しました。
日本政府は、会議の冒頭、高見沢軍縮大使が「核保有国が参加しない会議では、誠実に交渉することは期待できない」という発言をして、会議不参加をわざわざ表明しました。
このように、核兵器禁止条約そのものに反対する国は、およそ30力国にのぼります。
あえて単純化して整理すれば、3つのグループに分けられます。
すなわち、グループAは、核兵器禁止条約に賛成する国で核不拡散条約に参加する国で、この条約採択に賛成した122力国がここに属します。
次に、グループBは、核不拡散条約に参加するけれど、核兵器禁止条約に反対する国で、ここには主要な核保有国を含む20数力国が属します。
最後に、グループCは、核不拡散条約にも参加しないで、しかも核兵器禁止条約にも反対する国で、インド、パキスタン、イスラエルなどがこれに当たります。
今後の展望は、グループAが増加して、グループBやCが消滅するかどうかにかかっていると言ってもよいでしょう。
◆ ヒバクシャが登場する前文
核兵器禁止条約は、長文の前文と20か条の本文からなります。
前文は、条約の由来や目的などを書き込み、条約本文の解釈に一定の方向付けを与える役割もあります。この中に、二度にわたって「ヒバクシャ」が登場します。
会議でも、ヒバクシャの発言を聞いたり、署名を受け取ったり、ヒバクシャと会談したり、この会議自体がヒバクシャに寄り添う姿勢をはっきりとアピールしました。
たった1発の原子爆弾が一瞬にして数十万人の民間人の生命を奪い、筆舌に尽くしがたい苦難を引き起こしたことは、決して消し去ることのできない「人類の記憶遺産」と言うべき出来事でした。
それにもかかわらず、ヒバクシャの方たちが報復ではなく、核兵器の廃絶を掲げて多年にわたって世界各地で働きかけてきた歴史は、貴重な共時的体験です。これを条約前文は確認して、核兵器禁止の重要な礎石としたわけです。
また、この条約は、正確に言えば、すでに1994年の国際司法裁判所の「勧告的意見」に明らかなように、核兵器の使用や使用の威嚇が一般的に国際人道法に反するものであり、すでに慣習国際法のレベルでは違法とされていたことを明文の条約に書き込んだにすぎません。
ただ、国際司法裁判所の多数意見では、国家の存立が危機にあるときに核兵器を使用することが国際法上違法であるかどうかは判断できないとしていましたから、この条約は、どんな状況であっても核兵器の使用や使用の威嚇は国際法に反するという少数意見の側に踏み出したわけです。
世界中で5億人を超える署名を集めた1950年の「ストックホルム・アピール」や330万人の署名を集めた1994年の「世界法廷運動」や、今回、日本だけでも300万人に近い署名を集めたことに明らかなように、民衆の意見が「公的な良心」として道を切り拓いた歴史があります。
前文(24段落)が掲げる「公的な良心」は、慣習国際法の一部とされ、法的な効力を認める根拠となります。
原爆投下が国際法に違反することを認めた東京地裁の「下田判決」(1963年)も、国家機関が行った意思決定(国家実行)として、慣習国際法の一部とされています。
◆ 核兵器の完全廃止の道筋を示した本文
本文の眼目は、1条に掲げる禁止行為です。
この条約は、使用のみならず、使用の威嚇、開発や実験、製造、取得、保有、貯蔵など、きわめて包括的な禁止を列挙しています。
日本の国是とされる「非核三原則」よりもさらに徹底したもので、核兵器の完全な廃止を目指す道筋が示されています。
核保有国でも、この条約に加入後一定の期間内に廃止の措置をとればよいので、門戸は広いと見ることもできます。
核兵器の保有状態などの検証手続も、できるだけ既存の仕組みを利用するので、経済性や実効性にも配慮しています。
また、核兵器を持たない国に対して核兵器で攻撃することは、国際法の一般原則として認められている「比例性の原則」に照らして違法ですから、核軍備によって自国の安全を確保するよりも、核兵器禁止条約の「傘」の下での安全を追求する方が、遙かに合理的な選択といえるでしょう。
◆ 核兵器廃止の方が現実的な選択
とはいえ、核保有国にはまだかなりハードルが高く、また世論の関心も低いと、政治的な決断もなされないので、この条約の有効性は疑問だという意見もあります。
しかし、10力国に満たない核保有国が他国に優越して人類の未来を決定できるのは、明らかに不合理と言うべきでしょう。むしろ核兵器を廃止して、日本国憲法前文にあるように「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生椛儲しようと決意して」実効的な条約などを整備する方が、現実な選択ではないでしょうか。(にいくらおさむ)
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 115号』(2017.8)
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