『生活保護問題対策全国会議のブログ』から
◆ 扶養義務と生活保護制度の関係の正しい理解と冷静な議論のために
第1 はじめに
人気お笑いタレントの母親の生活保護受給を週刊誌が報じたことを契機に,生活保護制度と制度利用者全体に対する大バッシングが起こっている。そこでは,扶養義務者による扶養が生活保護適用の前提条件であり,タレントの母親が生活保護を受けていたことが不正受給であるかのような論評が見られるが,現行生活保護法上,扶養は保護の要件ではない。息子であるタレントの対応に対する道義的評価については価値観が分かれるところかもしれないが,本件が不正受給の問題でないことは明かである。
また,扶養が保護の要件となっていない現行法を非難する主張に応えて,小宮山厚生労働大臣が,「親族側に扶養が困難な理由を証明する義務を課す」という事実上扶養を生活保護利用の要件とする法改正を検討する考えを示す事態にまで発展している。しかし,生活保護利用者の息子が人気タレントとなって多額の収入を得るに至るという,極めて例外的な事例を根拠に,現在改正の在り方を関係審議会に諮問中の厚生労働大臣が,法改正にまで言及すること自体,軽率のそしりを免れない。そもそも,扶養が保護の要件とされていないのには理由があるのであり,これは先進諸外国にも共通しているところである。
扶養を保護の要件とすることは,救貧法時代の前近代社会に回帰する大「改正」であり,ただでさえ「スティグマ(恥の烙印)」が強くて利用しにくい生活保護制度をほとんど利用できないものとし,餓死・孤立死・自殺の増加を招くことが必至である。
まずは,民法上の扶養義務の範囲と程度はどのようになっているのか,現行生活保護制度における扶養義務の取扱いはどのようになっているのか,先進諸外国の制度はどうなのかについて,正確な理解をした上で,報道や議論をしていただきたく,本書面を発表する次第である。
第2 民法上の扶養義務者の範囲と程度について
第3 扶養義務と生活保護との関係について
2 扶養を保護の要件とするのは前近代社会への回帰
~旧救護法・旧生活保護法は「イエ(家)制度」を守るため扶養を保護の要件としていたが,現行生活保護法は,先進諸国の例にならい,扶養を保護の要件から外した。
第4 先進諸外国の扶養義務の範囲と生活保護(公的扶助)制度との関係
第5 扶養義務の強調は餓死・孤立死を招く
小宮山大臣が言及した「扶養義務者に扶養困難な理由の証明義務を課す」とか,一部で主張されているように福祉事務所の調査権限を強化し,扶養義務者の資産も含めて金融機関に回答義務を課すような法改正がなされれば,どうなるであろうか。
生活に困窮した人が,福祉事務所に生活保護の申請に行くと,親兄弟すべての資産や収入が強制的に明らかにされ,申請者本人が望まなくても,親兄弟は無理な仕送りを迫られることになるであろう。これはほとんどの場合,親兄弟にとって歓迎せざることであって,親族関係は,むしろ決定的に悪化し破壊されるであろう。
あるいは,福祉事務所の窓口では,25年前の札幌市白石区での餓死事件のように,申請者に対し,「扶養義務者の扶養できない旨の証明書」をもらってくるようにと述べて追い返す水際作戦が横行するであろうが,法改正がなされれば,これは合法として容認され,餓死・孤独死・自殺事件が頻発することになるであろう。
そもそも,生活に困窮している人は,親族もまた困窮していることが多い上,さまざまな葛藤の中で親族間の交際が途絶えていることも多い。先に述べたとおり,現状でさえ,扶養照会の存在を理由に保護申請をためらう人が多数存在するのに,扶養が前提条件とされれば,前記のような親族間での軋轢をおそれて申請を断念する人は飛躍的に増大することは間違いがない。
日本の生活保護利用率は1.6%に過ぎず,現状でも先進諸国の中では異常な低さである (ドイツ9.7%,イギリス9.3%,フランス5.7%)。この状況に加えて,さらに間口を狭める制度改革がなされれば,確実に餓死・孤立死・自殺が増える。
これは,緩慢なる死刑である。しかも,死刑囚ですら糧食を保障されているのに,それさえ奪うという意味では死刑よりも残虐な刑罰である。何人もそのような刑罰を受けるいわれはないし,何人もそのような刑罰を科す権限はない。制度改革を進めた政治家や報道機関は,死者に対してどのような責任がとれるのか,冷静になって慎重に検討することが今,求められている。
かつて,2006年3月4日,大阪市立大学における日独ホームレス問題国際シンポジウムにおいて,前ドイツ連邦副議長であるアイティエ・フォルマー氏は,冒頭「その社会の質は,最も弱き人がどう扱われるかによって決定される」と挨拶され,「貧困者への施策を国政の最も重要な施策として位置づけ,国政を運用してきた」ことを強調された。
日本においても,政治と報道にどのような「貧困政策」を盛り込むのかが,その「質」のあり方とともに問われている。
『生活保護問題対策全国会議のブログ』(2012年5月30日)
http://seikatuhogotaisaku.blog.fc2.com/blog-entry-36.html
◆ 扶養義務と生活保護制度の関係の正しい理解と冷静な議論のために
第1 はじめに
人気お笑いタレントの母親の生活保護受給を週刊誌が報じたことを契機に,生活保護制度と制度利用者全体に対する大バッシングが起こっている。そこでは,扶養義務者による扶養が生活保護適用の前提条件であり,タレントの母親が生活保護を受けていたことが不正受給であるかのような論評が見られるが,現行生活保護法上,扶養は保護の要件ではない。息子であるタレントの対応に対する道義的評価については価値観が分かれるところかもしれないが,本件が不正受給の問題でないことは明かである。
また,扶養が保護の要件となっていない現行法を非難する主張に応えて,小宮山厚生労働大臣が,「親族側に扶養が困難な理由を証明する義務を課す」という事実上扶養を生活保護利用の要件とする法改正を検討する考えを示す事態にまで発展している。しかし,生活保護利用者の息子が人気タレントとなって多額の収入を得るに至るという,極めて例外的な事例を根拠に,現在改正の在り方を関係審議会に諮問中の厚生労働大臣が,法改正にまで言及すること自体,軽率のそしりを免れない。そもそも,扶養が保護の要件とされていないのには理由があるのであり,これは先進諸外国にも共通しているところである。
扶養を保護の要件とすることは,救貧法時代の前近代社会に回帰する大「改正」であり,ただでさえ「スティグマ(恥の烙印)」が強くて利用しにくい生活保護制度をほとんど利用できないものとし,餓死・孤立死・自殺の増加を招くことが必至である。
まずは,民法上の扶養義務の範囲と程度はどのようになっているのか,現行生活保護制度における扶養義務の取扱いはどのようになっているのか,先進諸外国の制度はどうなのかについて,正確な理解をした上で,報道や議論をしていただきたく,本書面を発表する次第である。
第2 民法上の扶養義務者の範囲と程度について
(略)
第3 扶養義務と生活保護との関係について
(略)
2 扶養を保護の要件とするのは前近代社会への回帰
~旧救護法・旧生活保護法は「イエ(家)制度」を守るため扶養を保護の要件としていたが,現行生活保護法は,先進諸国の例にならい,扶養を保護の要件から外した。
(略)
第4 先進諸外国の扶養義務の範囲と生活保護(公的扶助)制度との関係
(略)
第5 扶養義務の強調は餓死・孤立死を招く
小宮山大臣が言及した「扶養義務者に扶養困難な理由の証明義務を課す」とか,一部で主張されているように福祉事務所の調査権限を強化し,扶養義務者の資産も含めて金融機関に回答義務を課すような法改正がなされれば,どうなるであろうか。
生活に困窮した人が,福祉事務所に生活保護の申請に行くと,親兄弟すべての資産や収入が強制的に明らかにされ,申請者本人が望まなくても,親兄弟は無理な仕送りを迫られることになるであろう。これはほとんどの場合,親兄弟にとって歓迎せざることであって,親族関係は,むしろ決定的に悪化し破壊されるであろう。
あるいは,福祉事務所の窓口では,25年前の札幌市白石区での餓死事件のように,申請者に対し,「扶養義務者の扶養できない旨の証明書」をもらってくるようにと述べて追い返す水際作戦が横行するであろうが,法改正がなされれば,これは合法として容認され,餓死・孤独死・自殺事件が頻発することになるであろう。
そもそも,生活に困窮している人は,親族もまた困窮していることが多い上,さまざまな葛藤の中で親族間の交際が途絶えていることも多い。先に述べたとおり,現状でさえ,扶養照会の存在を理由に保護申請をためらう人が多数存在するのに,扶養が前提条件とされれば,前記のような親族間での軋轢をおそれて申請を断念する人は飛躍的に増大することは間違いがない。
日本の生活保護利用率は1.6%に過ぎず,現状でも先進諸国の中では異常な低さである (ドイツ9.7%,イギリス9.3%,フランス5.7%)。この状況に加えて,さらに間口を狭める制度改革がなされれば,確実に餓死・孤立死・自殺が増える。
これは,緩慢なる死刑である。しかも,死刑囚ですら糧食を保障されているのに,それさえ奪うという意味では死刑よりも残虐な刑罰である。何人もそのような刑罰を受けるいわれはないし,何人もそのような刑罰を科す権限はない。制度改革を進めた政治家や報道機関は,死者に対してどのような責任がとれるのか,冷静になって慎重に検討することが今,求められている。
かつて,2006年3月4日,大阪市立大学における日独ホームレス問題国際シンポジウムにおいて,前ドイツ連邦副議長であるアイティエ・フォルマー氏は,冒頭「その社会の質は,最も弱き人がどう扱われるかによって決定される」と挨拶され,「貧困者への施策を国政の最も重要な施策として位置づけ,国政を運用してきた」ことを強調された。
日本においても,政治と報道にどのような「貧困政策」を盛り込むのかが,その「質」のあり方とともに問われている。
以 上
『生活保護問題対策全国会議のブログ』(2012年5月30日)
http://seikatuhogotaisaku.blog.fc2.com/blog-entry-36.html
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