◆ 軍隊のない国家(27ヶ国)を訪ねて
三月六日、来日中のモラレス・ボリビア大統領は、安倍晋三首相との会談において、「現在進めている憲法改正において、戦争放棄を盛り込みたいと説明した」という(外務省「日本・ボリビア首脳会談(結果概要)」による)。
■戦争放棄は珍しくない
ボリビア憲法がどのような条項を盛り込むかはいまだ不明だが、実は世界の憲法を見渡せば戦争放棄条項や平和条項はそう珍しくない。西修(駒澤大学教授)によると、広い意味での平和憲法には次のような類型があるという(「世界の現行憲法と平和主義条項」西修ゼミナール・ホームページ)。
①平和の重視や平和政策の推進(インドなど四八カ国)、
②国際協調や国連憲章の遵守(レバノンなど七五カ国)、
③内政不干渉(ドミニカ共和国など二二カ国)、
④非同盟政策(アンゴラなど一〇カ国)、
⑤中立または永世中立(オーストリアなど六カ国)、
⑥軍縮の志向(バングラデシュなど四カ国)、
⑦平和的国際組織への参加等(ノルウェーなど一八カ国)、
⑧国際紛争の平和的解決(カタールなど二九カ国)、
⑨侵略戦争の否認(ドイツなど一三カ国)、
⑩テロ行為の排除(チリ、ブラジルのニカ国)、
⑪国際紛争を解決する手段としての戦争放棄(日本、イタリアなど五カ国)、
⑫国家政策を遂行する手段としての戦争放棄(フィリピン一カ国)、
⑬外国軍隊の通過禁止・外国軍事基地の非設置(ベルギーなど一三カ国)、
⑭核兵器の禁止・排除(パラオなど一一カ国)、
⑮軍隊の非設置(コスタリカ、パナマの二カ国)、
⑯軍隊の行動に対する規制(アメリカなど三〇カ国)、
⑰戦争の煽動の禁止(ドイツなど一二カ国)。
戦争放棄条項等が珍しくはないことは知っておいた方がよいだろう。一九二八年の不戦条約や、四五年の国連憲章の武力不行使原則があるのだから、むしろ世界の趨勢といってよい。ただし、日本国憲法は戦争放棄(第九条一項)だけではなく、戦力不保持と交戦権否認(第九条第二項)を規定している点で諸国とは大きく異なる。
■軍隊のない国家は27カ国・地域
それでは戦力不保持はどうだろうか。コスタリカ憲法第一二条が常備軍の保持を否認していることはよく知られる。
スイスのNGO「軍縮を求める協会」コーディネーターのクリストフ・バルビー(弁護士)によると、世界には軍隊のない国家は二七もある。
①ミクロネシア…ミクロネシア、パラオ、マーシャル諸島、キリバス、ナウル。
②ポリネシア…サモア、トゥヴァル、クック諸島、ニウエ。
③メラネシア…ソロモン諸島、ヴァヌアツ。
④イント洋…モルディブ、モーリシャス。
⑤欧州…リヒテンシュタイン、アンドラ、サンマリノ、ヴァチカン、モナコ、アイスランド。
⑥中米・カリブ海ートミニカ、グレナダ、セントルシア、セントヴィンセント・グレナディン、セントクリストファ・ネーヴィス、ハイチ、パナマ、コスタリカ。
軍隊のない国家を数えるには、その定義が定まっていなければならない。定義によっては、コスタリカにも軍隊があるのではないかと疑問が提起されることもある。バルビーは、三つの要件を掲げている(憲法規定、軍事組織の存否、武器装備等の存否)。
筆者は、バルビーと相談した結果、軍隊のない国家を現地調査することにした。二〇〇五年夏から二〇カ国を訪問して調査してきた(前田朗「軍隊のない国家」『法と民主主義』四〇二号〔日本民主法律家協会〕以下に連載中)。コスタリカやパナマのように憲法に戦力不保持を明示している例は少ないが、軍隊を持っていない国家は少なくない。国家は軍隊を持っているのが当たり前という通念は改める必要がある。
■お隣の国には軍隊がない
(略)
欧州に目を転じると、リヒテンシュタインは一八六八年に軍隊を廃止した。当時は農業国家だったが、農民が軍隊のための税金に抵抗したことがきっかけとなって、侯爵の権限で軍隊を廃止した。明治期の日本でも同様の要求があったことが想起される。
他方、アイスランドは第一次大戦中にデンマークから独立して非武装永世中立国家となったが、第二次大戦時にイギリスおよびアメリカに占領された。第二次大戦後、NATOに加盟し、半世紀以上にわたって米軍が駐留した。アイスランド・アメリカ協定は日米安保条約と似ている。ところが、二〇〇六年九月末までに米軍は完全撤退した。
カリブ海のドミニカでは、一九八一年のクーデター未遂に加わった軍隊が自国民を殺害した。これが理由となって軍隊を廃止したために軍隊が自国民を殺害したことを契機に軍隊を廃止したコスタリカと似ている。
それぞれの歴史的経験の中で、軍隊のない国家は平和外交や平和教育を実践している。学ぶべき点も少なくない。
■第九条の世界史的意義を
「軍隊のない国家といっても小国ばかりだから日本の参考にはならない」と、言う人もいる。問題の立て方が逆さまである。外国法を研究して参考にしょうという比較法にも限界がある。「憲法第九条は世界にいかに影響を与えてきたか」こそ問われるべき問題である。二七もある軍隊のない国家は、実は第九条とは関係がない。戦争放棄条項は多少関係があるが、平和憲法の多くも日本国憲法とは直接の関係を持たない。
一九四六年から六一年が経過した。この間に日本政府が第九条を世界に宣伝し、推奨してきたならば、今頃、世界には戦争放棄憲法があふれ、軍隊のない国家は一〇〇を数えていたのではないかと想像してみよう。現実は逆で、政府は第九条を捻じ曲げ、空文化することに精力を注ぎ込んできた。(略)
一九四六年の第九条は、世界で初めて戦争放棄・戦力不保持・交戦権否認を謳った。その歴史的意義は十分繰り返されてきた。私たちが本当に語らなければならないのは、一九四六年ではなく「二〇〇七年における第九条の世界史的意義」ではないのか。今からでも遅くはない。第九条を現代平和主義の源流とするために、あらゆる機会に第九条を活用し、その精神を世界に発信し、「使う」必要がある。「第九条は人類の宝」とはよく言われるが、憲法は飾っておくものではない。使うものである。使って初めて輝くものである。
まえだあきら・東京造形大学教授(専攻・刑事人権論)、著書に『侵略と抵抗』(青木書店)、『市民の平和力を鍛える』(K.I.メディア)、『民衆法廷入門(耕文社)など。
地図制作/ジエイ・マップ
『週刊金曜日』(2007/4/27,5/4合併号№652)
前田朗
三月六日、来日中のモラレス・ボリビア大統領は、安倍晋三首相との会談において、「現在進めている憲法改正において、戦争放棄を盛り込みたいと説明した」という(外務省「日本・ボリビア首脳会談(結果概要)」による)。
■戦争放棄は珍しくない
ボリビア憲法がどのような条項を盛り込むかはいまだ不明だが、実は世界の憲法を見渡せば戦争放棄条項や平和条項はそう珍しくない。西修(駒澤大学教授)によると、広い意味での平和憲法には次のような類型があるという(「世界の現行憲法と平和主義条項」西修ゼミナール・ホームページ)。
①平和の重視や平和政策の推進(インドなど四八カ国)、
②国際協調や国連憲章の遵守(レバノンなど七五カ国)、
③内政不干渉(ドミニカ共和国など二二カ国)、
④非同盟政策(アンゴラなど一〇カ国)、
⑤中立または永世中立(オーストリアなど六カ国)、
⑥軍縮の志向(バングラデシュなど四カ国)、
⑦平和的国際組織への参加等(ノルウェーなど一八カ国)、
⑧国際紛争の平和的解決(カタールなど二九カ国)、
⑨侵略戦争の否認(ドイツなど一三カ国)、
⑩テロ行為の排除(チリ、ブラジルのニカ国)、
⑪国際紛争を解決する手段としての戦争放棄(日本、イタリアなど五カ国)、
⑫国家政策を遂行する手段としての戦争放棄(フィリピン一カ国)、
⑬外国軍隊の通過禁止・外国軍事基地の非設置(ベルギーなど一三カ国)、
⑭核兵器の禁止・排除(パラオなど一一カ国)、
⑮軍隊の非設置(コスタリカ、パナマの二カ国)、
⑯軍隊の行動に対する規制(アメリカなど三〇カ国)、
⑰戦争の煽動の禁止(ドイツなど一二カ国)。
戦争放棄条項等が珍しくはないことは知っておいた方がよいだろう。一九二八年の不戦条約や、四五年の国連憲章の武力不行使原則があるのだから、むしろ世界の趨勢といってよい。ただし、日本国憲法は戦争放棄(第九条一項)だけではなく、戦力不保持と交戦権否認(第九条第二項)を規定している点で諸国とは大きく異なる。
■軍隊のない国家は27カ国・地域
それでは戦力不保持はどうだろうか。コスタリカ憲法第一二条が常備軍の保持を否認していることはよく知られる。
スイスのNGO「軍縮を求める協会」コーディネーターのクリストフ・バルビー(弁護士)によると、世界には軍隊のない国家は二七もある。
①ミクロネシア…ミクロネシア、パラオ、マーシャル諸島、キリバス、ナウル。
②ポリネシア…サモア、トゥヴァル、クック諸島、ニウエ。
③メラネシア…ソロモン諸島、ヴァヌアツ。
④イント洋…モルディブ、モーリシャス。
⑤欧州…リヒテンシュタイン、アンドラ、サンマリノ、ヴァチカン、モナコ、アイスランド。
⑥中米・カリブ海ートミニカ、グレナダ、セントルシア、セントヴィンセント・グレナディン、セントクリストファ・ネーヴィス、ハイチ、パナマ、コスタリカ。
軍隊のない国家を数えるには、その定義が定まっていなければならない。定義によっては、コスタリカにも軍隊があるのではないかと疑問が提起されることもある。バルビーは、三つの要件を掲げている(憲法規定、軍事組織の存否、武器装備等の存否)。
筆者は、バルビーと相談した結果、軍隊のない国家を現地調査することにした。二〇〇五年夏から二〇カ国を訪問して調査してきた(前田朗「軍隊のない国家」『法と民主主義』四〇二号〔日本民主法律家協会〕以下に連載中)。コスタリカやパナマのように憲法に戦力不保持を明示している例は少ないが、軍隊を持っていない国家は少なくない。国家は軍隊を持っているのが当たり前という通念は改める必要がある。
■お隣の国には軍隊がない
(略)
欧州に目を転じると、リヒテンシュタインは一八六八年に軍隊を廃止した。当時は農業国家だったが、農民が軍隊のための税金に抵抗したことがきっかけとなって、侯爵の権限で軍隊を廃止した。明治期の日本でも同様の要求があったことが想起される。
他方、アイスランドは第一次大戦中にデンマークから独立して非武装永世中立国家となったが、第二次大戦時にイギリスおよびアメリカに占領された。第二次大戦後、NATOに加盟し、半世紀以上にわたって米軍が駐留した。アイスランド・アメリカ協定は日米安保条約と似ている。ところが、二〇〇六年九月末までに米軍は完全撤退した。
カリブ海のドミニカでは、一九八一年のクーデター未遂に加わった軍隊が自国民を殺害した。これが理由となって軍隊を廃止したために軍隊が自国民を殺害したことを契機に軍隊を廃止したコスタリカと似ている。
それぞれの歴史的経験の中で、軍隊のない国家は平和外交や平和教育を実践している。学ぶべき点も少なくない。
■第九条の世界史的意義を
「軍隊のない国家といっても小国ばかりだから日本の参考にはならない」と、言う人もいる。問題の立て方が逆さまである。外国法を研究して参考にしょうという比較法にも限界がある。「憲法第九条は世界にいかに影響を与えてきたか」こそ問われるべき問題である。二七もある軍隊のない国家は、実は第九条とは関係がない。戦争放棄条項は多少関係があるが、平和憲法の多くも日本国憲法とは直接の関係を持たない。
一九四六年から六一年が経過した。この間に日本政府が第九条を世界に宣伝し、推奨してきたならば、今頃、世界には戦争放棄憲法があふれ、軍隊のない国家は一〇〇を数えていたのではないかと想像してみよう。現実は逆で、政府は第九条を捻じ曲げ、空文化することに精力を注ぎ込んできた。(略)
一九四六年の第九条は、世界で初めて戦争放棄・戦力不保持・交戦権否認を謳った。その歴史的意義は十分繰り返されてきた。私たちが本当に語らなければならないのは、一九四六年ではなく「二〇〇七年における第九条の世界史的意義」ではないのか。今からでも遅くはない。第九条を現代平和主義の源流とするために、あらゆる機会に第九条を活用し、その精神を世界に発信し、「使う」必要がある。「第九条は人類の宝」とはよく言われるが、憲法は飾っておくものではない。使うものである。使って初めて輝くものである。
まえだあきら・東京造形大学教授(専攻・刑事人権論)、著書に『侵略と抵抗』(青木書店)、『市民の平和力を鍛える』(K.I.メディア)、『民衆法廷入門(耕文社)など。
地図制作/ジエイ・マップ
『週刊金曜日』(2007/4/27,5/4合併号№652)
参考にさせて
いただきます
あリがとうございます