◆ 公立病院で起こった医師マタハラの実態 (労働情報)
◆ 「先生に辞めていただくしかない」
産休から復帰し、新しい男性部長から退職を迫られるようになった。
小児科医になり10年以上。長年勤務してきた公立病院で、私は研修医から中堅医師となった。
前の部長はお世辞でも私を優秀と言ってくれたが、新部長は「また産休?育休は無理だが産休は法律だから」と渋々だった。
私以外にも産休者が重なり、見学に来た若い女性医師に「うちに来たら子育てできる」と勧誘する一方、既婚者には「他も見た方がいい」という部長。
自ら採用した医師にすら「妊娠したら昇進は無し。最低○年は産休を取るな。当直できなれば常勤を外す」と平気で言う。
そうしないと業務が回らないのは暗黙の了解だが、部長がそれを言ってはならないという認識は皆無だった。
1人目なら違ったが、すでに子持ちである私への風当たりは強かった。
妊娠報告時は誰もおめでとうと言わず、あからさまに嫌な顔をする。産休代替はなく、そのまま自分たちの負担となるからだ。
休日は減っても給料は同じ。次は誰が妊娠し辞めるのか、お互い常に目を光らせる。多くの病院は医師が1人倒れるとシフトが回らないぎりぎりの人員配置。時短や育休は許されない。
この病院は多忙だが立地も良く、院内保育もあり若手にも人気だ。
当直は重症が続けば27時間連続勤務で仮眠ゼロ。小児科医は妊娠中もギリギリまで当直をこなし産後3ヶ月で復職。責任感とキャリア継続のため当直免除など部長に言い出せない。
産後はオンコール業務や緊急対応、休日出勤が困難で、それらが男性医師らの負担、不満となっていた。
一般に女性医師は3割。女性の多い小児科で5割程度。それがここでは7割になった。他より若干恵まれた環境の公立で働きたい医師は多い。
そんな中、余力のある男性医師らはより待遇の悪い大学病院に引き抜かれる。出世のためなら仕方ない、退職はあくまで本人の意思である。
人手不足が続けば、短期間でも男性か、せめて独身の若手に来てほしいのは、現場の心の叫びだったかもしれない。そして冒頭の退職勧奨が始まった。
役職ある医長を除き、私が一番長くいる女性だった。産後はそれまで以上の業務を命じられたが何とか続けた。
退職しなければならない理由を部長は明言せず、先生が残れば後輩女性も残りたがるから困ると言われた。勤務中に何度も呼び出され、他を探しているか尋問された。
退職する気がないとわかると部長は声を荒げた。
直の上司や事務長、副院長にも「何とか(退職を)説得してほしい」と頼みこんだらしく、事務方が録音する中で個別面談が繰り返された。
私は悩んだが、乳幼児を抱え転職は難しく、職場で配られたハラスメント相談パンフレットを見つけ電話した。部長が病院中を巻き込んでやったことは明らかにおかしいと思ったからだ。
そこは弁護士が窓口で、法的にも問題だと助言され退職命令を拒否し続けた。相談の事実を聞きつけた部長は、今度は私の業務を極端に減らし、ハラスメントになるからと喋らなくなった。
かわりに病院中に「部長命令に背く問題医師」「マタハラをでっち上げ、部長を潰すつもり」と事実無根の噂を流した。
部下も部長に抗えば自分の立場も危ういと感じたのかもしれない。医長までも「部長を陥れるような人と一緒に働けない」と私を批判する文書を作り、後輩全員に署名させ院長に提出した。
院長はその文書を理由に配転命令を出した。全く専門外の誰もいない科に強制転科、新人として事務作業。
部長から「この病院では小児科診療は禁止、フロアにも入るな」と嫌がらせは続いた。
診療できなければ小児科のキャリアは閉ざされてしまう。看護師の勧めで労働組合にも加入したが、院内の不当な配置転換は組合も介入できず、結果的に転職せざるを得ない。
弁護士と組合に相談した報復とも思えた。
医長は医者に法律は不要とばかりに「私は法律なんか知らない」と医長は言い放ち、部長はマタハラのつもりはないと退職強要も認めず、自分がいかに運営に苦労しているか、私1人退職しないと地域医療が崩壊し迷惑だとも主張した。
部長が「女性ばかり利益独占だ」といえば他の医師も「産休を取る女性はずるい、劣悪な病院でも我慢し他で働くべき」「先生のせいで混乱し仕事のモチベーションが下がった」と言い始めた。みな自己保身で必死だった。
◆ 医者も労働者
自治体では「ハラスメントのない勤務づくりを推進します!」と謳い休暇制度なども周知しているにもかかわらず、公立病院で平然とハラスメントが行われている。
院長も部長も医長も、医師は労働法など知らずに生きてきた。
十年前、前任の病院でも小児科部長に「既婚女性は要らない」と言われた。時代は変わりマタハラバワハラが注目され女性医師問題が話題となっている。
根本的な人手不足を解消しないと体制は破綻する。女性医師が産休育休をとって働き続けるのは難しい。今こそ医師も労働者という意識改革が必要であり、闇の中で続く医療職マタハラ、パワハラへの対応が急務である。(聞き手・まとめ松元千枝)
『労働情報』(2019年8月)
山本美香(小児科医)
◆ 「先生に辞めていただくしかない」
産休から復帰し、新しい男性部長から退職を迫られるようになった。
小児科医になり10年以上。長年勤務してきた公立病院で、私は研修医から中堅医師となった。
前の部長はお世辞でも私を優秀と言ってくれたが、新部長は「また産休?育休は無理だが産休は法律だから」と渋々だった。
私以外にも産休者が重なり、見学に来た若い女性医師に「うちに来たら子育てできる」と勧誘する一方、既婚者には「他も見た方がいい」という部長。
自ら採用した医師にすら「妊娠したら昇進は無し。最低○年は産休を取るな。当直できなれば常勤を外す」と平気で言う。
そうしないと業務が回らないのは暗黙の了解だが、部長がそれを言ってはならないという認識は皆無だった。
1人目なら違ったが、すでに子持ちである私への風当たりは強かった。
妊娠報告時は誰もおめでとうと言わず、あからさまに嫌な顔をする。産休代替はなく、そのまま自分たちの負担となるからだ。
休日は減っても給料は同じ。次は誰が妊娠し辞めるのか、お互い常に目を光らせる。多くの病院は医師が1人倒れるとシフトが回らないぎりぎりの人員配置。時短や育休は許されない。
この病院は多忙だが立地も良く、院内保育もあり若手にも人気だ。
当直は重症が続けば27時間連続勤務で仮眠ゼロ。小児科医は妊娠中もギリギリまで当直をこなし産後3ヶ月で復職。責任感とキャリア継続のため当直免除など部長に言い出せない。
産後はオンコール業務や緊急対応、休日出勤が困難で、それらが男性医師らの負担、不満となっていた。
一般に女性医師は3割。女性の多い小児科で5割程度。それがここでは7割になった。他より若干恵まれた環境の公立で働きたい医師は多い。
そんな中、余力のある男性医師らはより待遇の悪い大学病院に引き抜かれる。出世のためなら仕方ない、退職はあくまで本人の意思である。
人手不足が続けば、短期間でも男性か、せめて独身の若手に来てほしいのは、現場の心の叫びだったかもしれない。そして冒頭の退職勧奨が始まった。
役職ある医長を除き、私が一番長くいる女性だった。産後はそれまで以上の業務を命じられたが何とか続けた。
退職しなければならない理由を部長は明言せず、先生が残れば後輩女性も残りたがるから困ると言われた。勤務中に何度も呼び出され、他を探しているか尋問された。
退職する気がないとわかると部長は声を荒げた。
直の上司や事務長、副院長にも「何とか(退職を)説得してほしい」と頼みこんだらしく、事務方が録音する中で個別面談が繰り返された。
私は悩んだが、乳幼児を抱え転職は難しく、職場で配られたハラスメント相談パンフレットを見つけ電話した。部長が病院中を巻き込んでやったことは明らかにおかしいと思ったからだ。
そこは弁護士が窓口で、法的にも問題だと助言され退職命令を拒否し続けた。相談の事実を聞きつけた部長は、今度は私の業務を極端に減らし、ハラスメントになるからと喋らなくなった。
かわりに病院中に「部長命令に背く問題医師」「マタハラをでっち上げ、部長を潰すつもり」と事実無根の噂を流した。
部下も部長に抗えば自分の立場も危ういと感じたのかもしれない。医長までも「部長を陥れるような人と一緒に働けない」と私を批判する文書を作り、後輩全員に署名させ院長に提出した。
院長はその文書を理由に配転命令を出した。全く専門外の誰もいない科に強制転科、新人として事務作業。
部長から「この病院では小児科診療は禁止、フロアにも入るな」と嫌がらせは続いた。
診療できなければ小児科のキャリアは閉ざされてしまう。看護師の勧めで労働組合にも加入したが、院内の不当な配置転換は組合も介入できず、結果的に転職せざるを得ない。
弁護士と組合に相談した報復とも思えた。
医長は医者に法律は不要とばかりに「私は法律なんか知らない」と医長は言い放ち、部長はマタハラのつもりはないと退職強要も認めず、自分がいかに運営に苦労しているか、私1人退職しないと地域医療が崩壊し迷惑だとも主張した。
部長が「女性ばかり利益独占だ」といえば他の医師も「産休を取る女性はずるい、劣悪な病院でも我慢し他で働くべき」「先生のせいで混乱し仕事のモチベーションが下がった」と言い始めた。みな自己保身で必死だった。
◆ 医者も労働者
自治体では「ハラスメントのない勤務づくりを推進します!」と謳い休暇制度なども周知しているにもかかわらず、公立病院で平然とハラスメントが行われている。
院長も部長も医長も、医師は労働法など知らずに生きてきた。
十年前、前任の病院でも小児科部長に「既婚女性は要らない」と言われた。時代は変わりマタハラバワハラが注目され女性医師問題が話題となっている。
根本的な人手不足を解消しないと体制は破綻する。女性医師が産休育休をとって働き続けるのは難しい。今こそ医師も労働者という意識改革が必要であり、闇の中で続く医療職マタハラ、パワハラへの対応が急務である。(聞き手・まとめ松元千枝)
『労働情報』(2019年8月)
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