こんにちは。犯罪都教委&3悪都議と断固、闘う増田です! これはBCCでお送りします。重複・超!? 長文ご容赦を。
12月1日午後、東京地裁でありました私に対する都教委による超不当!?『分限免職』取り消し裁判に多くの方に傍聴参加いただき、たいへん、ありがとうございました。満席で入れなかった方もいらっしゃったようで、せっかくお越しいただいたのに、もうしわけありませんでした。
報告記の後に、傍聴参加者の方の傍聴記をご紹介しています!
<<08・12・1、都教委糾弾『不当免職取り消し』裁判、報告>>
この日は証人尋問の最後に当たり、私と私の教え子の尋問でした。以下に教え子が書いて裁判所に提出してくれた陳述書の一部をご紹介します。私が『公務員不適格』など、有り得ない! という事実をきちんと証言してくれました。これに対して都教委代理人の松崎弁護士は、傍聴の方の感想に見るとおり、イヤラシサは満開でしたが、ほとんど意味のない反対尋問しかできませんでした。
<教え子の陳述書から>
● 増田先生から学んだこと
私は、多くのことを増田先生から学ぶことが出来ました。特に、自分の意見をきちんと表明することの大切さ(とりわけ、皆が言いにくいと思っていることでも自分の意見を出すことがとても大事なことであること)や、人の意見をよく聞いて自分の考えをまとめることの大切さ、そして、人間はみな平等であるということの意味などです。
私は、数年前まで、紙上討論のプリントを持ち続けており、よく読み返していました。読むたびに改めて新鮮な気持ちになったり、忘れていたことを思い出したりしており、やはり、先生から学んだものは大きかったと、読み返すたびに思っていました。
この紙上討論のプリントは、学習院大学に通っていた友人が、卒論に使いたいから、と言って、借りていったほどで、先生の紙上討論授業がいろんなところで高い評価を受けていたことを実感したことを覚えております。
私自身、先生から学んだことが、社会人になった今、人間関係などの面でとても役立っていることは間違いありません。
● 増田先生が教師不適格であるとの意見について
これまでも話しましたように、増田先生の教え子である私にとって、先生は最も印象深い先生であり、その先生が教師不適格であるなどということは全く間違っていると思います。
紙上討論は継続して行うことで生徒自身の考えも深まっていき、多くのことが学べるのですから、途中で急に終わらせられた九段中の生徒達はとてもかわいそうだと思います。増田先生には、一日でも早く、教壇に戻って、紙上討論を一人でも多くの生徒達に行って欲しいと思います。
私自身、仕事に追われていて政治や社会の問題に関心を持つゆとりもなかなかありませんし、中学の時も、与えられたことをやっていただけだったという印象なのですが、社会人になった今こそ、本当にもう一度増田先生の授業を受けたい、と心から思っています。
そのように思える先生は他にはいませんし、普通の生徒であった私がそう思えるということは、やはり先生は、教壇にいて、生徒たちに授業を行うべき人なんだ、と思うのです。
● まとめ
私としては、本当に一日も早く増田先生が教壇に戻る日が来ることを心から待ち望んでいます。私と同じ先生の教え子の多くの友人もそのように思っていると思います。
<増田の本人尋問について>
私の『分限免職』理由の中心は、「都議会文教委員会で古賀俊昭都議(自民党)が『日本は、どこも侵略したことがない』と発言した」事実と扶桑社歴史教科書を教材プリントに明記して、「歴史偽造」「国際的に恥を晒すもの」と生徒に教えたことが『誹謗』で『不適切』であり、戒告処分して現場外しの長期研修をさせたのに反省が見られないから『公務員不適格』ということでした。
そこで、私が授業で教えたことは全く『公務員として適切』であることを、田母神作文問題を徹底的に利用させていただいて証言しました。なぜなら、都議・古賀俊昭の発言は、田母神さんの主張を都議会で公言したものですし、扶桑社歴史教科書は田母神作文を教科書化したものだからです。
特に11月1日付東京新聞記事「『低レベル』論文内容 識者らあきれ顔」は良い証拠でした! 笠原十九司教授「小学校、中学校から勉強し直した方がいいのでは」、纐纈厚教授「アジアの人たちを『制服組トップがいまだにこういう認識か』と不安にさせる」などは、全く最適の証拠でした。
それにしても私の分限免職案を起案したという橋爪・現豊島区立明豊中学校長の前回の証言は、この人物こそが「分限免職」に値するような人物であることを証明しています。尋問調書ができてきましたので紹介しますが、この男たちには、日本国憲法が侵略戦争の反省の上に立って作られていることも公務員の憲法尊重擁護義務第九九条も頭の中になさそうです。いくら、元数学科教員だったからといってもねぇ・・・
増田代理人「政府の公式見解も、国際的な評価も、あの戦争はアジアに対する侵略戦争であったということも、認識しておられますよね?」
橋爪 「一つの見解として認識しています」
増田代理人「『日本は侵略戦争をした』という政府の公式見解や国際的な評価はもう完全に固まっているんですけど」
橋爪 「私はそうは思ってません」
増田代理人「侵略戦争でなかったと都議会議員の公人が都議会という公の場でそれを言った時に、学校現場の教師がそれを紹介して、『これはおかしい』ということもいっちゃいけないんですか?」
橋爪 「やっぱり増田教諭の考えと違うものを『これは違うんだ』と教えるのは僕は駄目だと思います」
増田代理人「じゃあ、あなたは、政府やほとんどの国際世論が、すべての国際世論といっていいですよね、『あの戦争は侵略戦争だ』と言ってても、それは単なる一つの見解だとしか思わないんですね?」
橋爪 「そうです。いろんな見解があるわけですから、学説でこうだというものじゃありませんから」
増田代理人「そういう立場に立って、あれが『歴史偽造主義者だ』といったことが不適切だと、こういうことになるわけですね?」
橋爪 「はい、そうなんです」
さて、もう一人、この橋爪の作成した分限免職案にハンコを押した、当時の橋爪の上司で現国分寺高校・勝部校長の証言は以下です。
増田代理人「『歴史偽造主義者』という表現が『誹謗』に当たる、授業で教えることは許されない『誹謗』に当たると判断して戒告処分を発したわけでしょう?」
勝部 「はい」
増田代理人「では、許されるか許されないかという判断の基準を教えてください」
勝部 「・・・、・・・、・・・それは、あえて言えば、『常識』ということだろうと思います」
増田代理人「かつての日本のやった戦争、15年戦争、日中戦争、これが『侵略戦争ではない』と言ったことに対して、『歴史偽造主義だ』と批判することは、許されない『誹謗』に当たるんだということが広く『社会の常識』としてあるんだと、こういうお考えだということですか?」
勝部 「はい、そうです」・・・勝部さんは、元社会科教員だったそうです。
さてさて皆様、「学説で『日本が行った戦争は、侵略戦争だ』というものじゃありませんから。いろいろたくさんある見解のうちの見解の一つに過ぎませんですから」と豊島区立明豊中学校の校長センセイは、法廷で胸を張って公言されるのです。
国分寺高校の校長センセイは「『日本の戦争は侵略戦争ではない』という発言・記述に対して『歴史偽造主義だ』と批判して教えることは、とても許されない『ひどく不当な悪口=誹謗だ』と評価するのが『広く社会の常識だ』」と、法廷で胸を張って公言されるのです。
私の証言の最後に、私を取材してニュースやドキュメンタリーとして報道してくれた韓国MBCテレビ局、韓国KBSテレビ局、英CH4のビデオを法廷で上映してもらいました。
この中で、「『日本の戦争は侵略戦争ではない』という発言・記述に対して『歴史偽造主義だ』と生徒に教えたことは『誹謗』に当たり『不適切』」という戒告処分の理由について、韓国の美人キャスターは「増田先生への処分は、『驚くべき理由』でした」と語ってくれていました。
皆様、
私と都教委の連中(現在は中学校や高校の校長やら、杉並区教委のおエライさんやら、高校指導課長とやらのイスに座っておられます)とでは、どちらに『常識』があり、どちらに『公務員適格性』があるでしょうか?
<<傍聴記>>
●「増田先生に教わっていたら!」
教え子の証人尋問では増田先生の分限免職処分の理由のひとつである「紙上討論」と呼ばれるB4サイズの紙を使ったプリント授業についてでした。
「『紙上討論』プリント授業では最初は自分は2,3行しか自分の意見を述べることが出来なかった。しかし、生徒みんなで誌上討論に加わっていくに従って自分の意見が豊富化していった。B4のプリントも最初は2,3枚だったのがみんなの意見が膨れ上がって10枚にもなることがあった。
10枚ほどのプリントを理解出来ないと言われるが、10枚にもなったのは生徒がみんな自分の頭で考えて意見を述べるようになったからであり、理解出来ていなければ10枚まで増えることはないと思う。
就職し、会社内でのミーティングでも他人の意見を真摯に聞き、そして自分の意見を整理して言えるようになった。 こんな増田先生のように自分はなりたいと思う。 欠格教員なんかじゃない。」
と明確に分限免職の無効を訴えました。
対して、東京都教委の代理人の弁護士の反対尋問のいやらしさには目に余るものがありました。反対尋問をして自分の求める回答が得られないと山羊さんのような優しそうな眼をしていたこの弁護士は突如怒りだし、裁判官からも「もう答えましたよ」とたしなめられる有様でした。
沖縄の米軍基地の問題、従軍慰安婦問題など様々な資料を取り上げ平和教育をされてきた増田先生に敬意を表したい気持ちいっぱいになりました。
一緒に参加した仲間は 中学の時に増田先生のような教師に出会っていたら社会科が好きになっただろう。良い先生に出会わなかったので、私は自分で勉強したもの以外は学校での授業は嫌いだった。 と感想を述べていました。
仲間達での勉強会でも元教員の二人は「増田先生の言う通りだった。都教委はとにかくいやらしかった。学校が教育の場ではなくなっていった。」と感想を述べていたそうです。
●「痛快な裁判でした!」
増田都子さま
昨日の裁判はすばらしかったです。教え子さんが証言者になってくださり、和久田弁護士やその他の弁護士の方々が話をうまく引き出し組み立ててくれ、そして増田先生が明快な適格な答弁をされたために、痛快な法廷となりましたね。
紙上討論授業が、どんなに生徒に思考力をつけたか、そのため生徒から感謝され、父母からも感謝されたか、それが分かりましたね。聞いていて私は紙上討論による歴史授業こそ理想的な授業方法だと思いました。こんなにいい授業する先生を辞めさせたのはやっかみじゃなかったかとさえ思いました。
被告らは授業の現場を知らず、生徒達の心のなかを知ろうともせずに「枚数が多くて生徒には理解不可能」とか「増田先生が一方的に自分の考えを押しつけている」などと紙上討論授業の悪口をいっていましたが、今回、都教委側の議論はみじんに砕かれましたね。
一体、増田先生を授業からはがして反省を強制する「研修」をさせ、最後は免職までするのは、何を怖れてなのでしょう? 私はそれは、先生が教育公務員に自己を限定せず、人間として正しいと思ったことを生徒に教えるからだと思いました。
要綱や規則などに縛られず、世間の常識さえ時には脇に置いて、本当の教育を貫こうとされる・・・これは一種教育ルネッサンスですよね・・・だから、「迫害」にあってしまうのではないでしょうか? 先生はただ自分に忠実なだけだとおっしゃるでしょうが、体制依存的な人間には「反体制的」に見え、おびえてしまうのでしょう。
この裁判は日本の教育行政の行方を占うものですよね。個性的で創造的な先生たちを護って日本の教育を豊かにするか、逆らわないという一色しか思想を認めない、貧しい死に体のものにするか、分かれ道ですね。
でも、田母神更迭も追い風だし、増田先生復職もほぼ決り、という印象を持った裁判でした。 どんな「迫害」にあってもたじろがない東京のジャンヌダルクに対し、多田謡子反権力人権賞はピッタリですね。おめでとうございます。
12月1日午後、東京地裁でありました私に対する都教委による超不当!?『分限免職』取り消し裁判に多くの方に傍聴参加いただき、たいへん、ありがとうございました。満席で入れなかった方もいらっしゃったようで、せっかくお越しいただいたのに、もうしわけありませんでした。
報告記の後に、傍聴参加者の方の傍聴記をご紹介しています!
<<08・12・1、都教委糾弾『不当免職取り消し』裁判、報告>>
この日は証人尋問の最後に当たり、私と私の教え子の尋問でした。以下に教え子が書いて裁判所に提出してくれた陳述書の一部をご紹介します。私が『公務員不適格』など、有り得ない! という事実をきちんと証言してくれました。これに対して都教委代理人の松崎弁護士は、傍聴の方の感想に見るとおり、イヤラシサは満開でしたが、ほとんど意味のない反対尋問しかできませんでした。
<教え子の陳述書から>
● 増田先生から学んだこと
私は、多くのことを増田先生から学ぶことが出来ました。特に、自分の意見をきちんと表明することの大切さ(とりわけ、皆が言いにくいと思っていることでも自分の意見を出すことがとても大事なことであること)や、人の意見をよく聞いて自分の考えをまとめることの大切さ、そして、人間はみな平等であるということの意味などです。
私は、数年前まで、紙上討論のプリントを持ち続けており、よく読み返していました。読むたびに改めて新鮮な気持ちになったり、忘れていたことを思い出したりしており、やはり、先生から学んだものは大きかったと、読み返すたびに思っていました。
この紙上討論のプリントは、学習院大学に通っていた友人が、卒論に使いたいから、と言って、借りていったほどで、先生の紙上討論授業がいろんなところで高い評価を受けていたことを実感したことを覚えております。
私自身、先生から学んだことが、社会人になった今、人間関係などの面でとても役立っていることは間違いありません。
● 増田先生が教師不適格であるとの意見について
これまでも話しましたように、増田先生の教え子である私にとって、先生は最も印象深い先生であり、その先生が教師不適格であるなどということは全く間違っていると思います。
紙上討論は継続して行うことで生徒自身の考えも深まっていき、多くのことが学べるのですから、途中で急に終わらせられた九段中の生徒達はとてもかわいそうだと思います。増田先生には、一日でも早く、教壇に戻って、紙上討論を一人でも多くの生徒達に行って欲しいと思います。
私自身、仕事に追われていて政治や社会の問題に関心を持つゆとりもなかなかありませんし、中学の時も、与えられたことをやっていただけだったという印象なのですが、社会人になった今こそ、本当にもう一度増田先生の授業を受けたい、と心から思っています。
そのように思える先生は他にはいませんし、普通の生徒であった私がそう思えるということは、やはり先生は、教壇にいて、生徒たちに授業を行うべき人なんだ、と思うのです。
● まとめ
私としては、本当に一日も早く増田先生が教壇に戻る日が来ることを心から待ち望んでいます。私と同じ先生の教え子の多くの友人もそのように思っていると思います。
<増田の本人尋問について>
私の『分限免職』理由の中心は、「都議会文教委員会で古賀俊昭都議(自民党)が『日本は、どこも侵略したことがない』と発言した」事実と扶桑社歴史教科書を教材プリントに明記して、「歴史偽造」「国際的に恥を晒すもの」と生徒に教えたことが『誹謗』で『不適切』であり、戒告処分して現場外しの長期研修をさせたのに反省が見られないから『公務員不適格』ということでした。
そこで、私が授業で教えたことは全く『公務員として適切』であることを、田母神作文問題を徹底的に利用させていただいて証言しました。なぜなら、都議・古賀俊昭の発言は、田母神さんの主張を都議会で公言したものですし、扶桑社歴史教科書は田母神作文を教科書化したものだからです。
特に11月1日付東京新聞記事「『低レベル』論文内容 識者らあきれ顔」は良い証拠でした! 笠原十九司教授「小学校、中学校から勉強し直した方がいいのでは」、纐纈厚教授「アジアの人たちを『制服組トップがいまだにこういう認識か』と不安にさせる」などは、全く最適の証拠でした。
それにしても私の分限免職案を起案したという橋爪・現豊島区立明豊中学校長の前回の証言は、この人物こそが「分限免職」に値するような人物であることを証明しています。尋問調書ができてきましたので紹介しますが、この男たちには、日本国憲法が侵略戦争の反省の上に立って作られていることも公務員の憲法尊重擁護義務第九九条も頭の中になさそうです。いくら、元数学科教員だったからといってもねぇ・・・
増田代理人「政府の公式見解も、国際的な評価も、あの戦争はアジアに対する侵略戦争であったということも、認識しておられますよね?」
橋爪 「一つの見解として認識しています」
増田代理人「『日本は侵略戦争をした』という政府の公式見解や国際的な評価はもう完全に固まっているんですけど」
橋爪 「私はそうは思ってません」
増田代理人「侵略戦争でなかったと都議会議員の公人が都議会という公の場でそれを言った時に、学校現場の教師がそれを紹介して、『これはおかしい』ということもいっちゃいけないんですか?」
橋爪 「やっぱり増田教諭の考えと違うものを『これは違うんだ』と教えるのは僕は駄目だと思います」
増田代理人「じゃあ、あなたは、政府やほとんどの国際世論が、すべての国際世論といっていいですよね、『あの戦争は侵略戦争だ』と言ってても、それは単なる一つの見解だとしか思わないんですね?」
橋爪 「そうです。いろんな見解があるわけですから、学説でこうだというものじゃありませんから」
増田代理人「そういう立場に立って、あれが『歴史偽造主義者だ』といったことが不適切だと、こういうことになるわけですね?」
橋爪 「はい、そうなんです」
さて、もう一人、この橋爪の作成した分限免職案にハンコを押した、当時の橋爪の上司で現国分寺高校・勝部校長の証言は以下です。
増田代理人「『歴史偽造主義者』という表現が『誹謗』に当たる、授業で教えることは許されない『誹謗』に当たると判断して戒告処分を発したわけでしょう?」
勝部 「はい」
増田代理人「では、許されるか許されないかという判断の基準を教えてください」
勝部 「・・・、・・・、・・・それは、あえて言えば、『常識』ということだろうと思います」
増田代理人「かつての日本のやった戦争、15年戦争、日中戦争、これが『侵略戦争ではない』と言ったことに対して、『歴史偽造主義だ』と批判することは、許されない『誹謗』に当たるんだということが広く『社会の常識』としてあるんだと、こういうお考えだということですか?」
勝部 「はい、そうです」・・・勝部さんは、元社会科教員だったそうです。
さてさて皆様、「学説で『日本が行った戦争は、侵略戦争だ』というものじゃありませんから。いろいろたくさんある見解のうちの見解の一つに過ぎませんですから」と豊島区立明豊中学校の校長センセイは、法廷で胸を張って公言されるのです。
国分寺高校の校長センセイは「『日本の戦争は侵略戦争ではない』という発言・記述に対して『歴史偽造主義だ』と批判して教えることは、とても許されない『ひどく不当な悪口=誹謗だ』と評価するのが『広く社会の常識だ』」と、法廷で胸を張って公言されるのです。
私の証言の最後に、私を取材してニュースやドキュメンタリーとして報道してくれた韓国MBCテレビ局、韓国KBSテレビ局、英CH4のビデオを法廷で上映してもらいました。
この中で、「『日本の戦争は侵略戦争ではない』という発言・記述に対して『歴史偽造主義だ』と生徒に教えたことは『誹謗』に当たり『不適切』」という戒告処分の理由について、韓国の美人キャスターは「増田先生への処分は、『驚くべき理由』でした」と語ってくれていました。
皆様、
私と都教委の連中(現在は中学校や高校の校長やら、杉並区教委のおエライさんやら、高校指導課長とやらのイスに座っておられます)とでは、どちらに『常識』があり、どちらに『公務員適格性』があるでしょうか?
<<傍聴記>>
●「増田先生に教わっていたら!」
教え子の証人尋問では増田先生の分限免職処分の理由のひとつである「紙上討論」と呼ばれるB4サイズの紙を使ったプリント授業についてでした。
「『紙上討論』プリント授業では最初は自分は2,3行しか自分の意見を述べることが出来なかった。しかし、生徒みんなで誌上討論に加わっていくに従って自分の意見が豊富化していった。B4のプリントも最初は2,3枚だったのがみんなの意見が膨れ上がって10枚にもなることがあった。
10枚ほどのプリントを理解出来ないと言われるが、10枚にもなったのは生徒がみんな自分の頭で考えて意見を述べるようになったからであり、理解出来ていなければ10枚まで増えることはないと思う。
就職し、会社内でのミーティングでも他人の意見を真摯に聞き、そして自分の意見を整理して言えるようになった。 こんな増田先生のように自分はなりたいと思う。 欠格教員なんかじゃない。」
と明確に分限免職の無効を訴えました。
対して、東京都教委の代理人の弁護士の反対尋問のいやらしさには目に余るものがありました。反対尋問をして自分の求める回答が得られないと山羊さんのような優しそうな眼をしていたこの弁護士は突如怒りだし、裁判官からも「もう答えましたよ」とたしなめられる有様でした。
沖縄の米軍基地の問題、従軍慰安婦問題など様々な資料を取り上げ平和教育をされてきた増田先生に敬意を表したい気持ちいっぱいになりました。
一緒に参加した仲間は 中学の時に増田先生のような教師に出会っていたら社会科が好きになっただろう。良い先生に出会わなかったので、私は自分で勉強したもの以外は学校での授業は嫌いだった。 と感想を述べていました。
仲間達での勉強会でも元教員の二人は「増田先生の言う通りだった。都教委はとにかくいやらしかった。学校が教育の場ではなくなっていった。」と感想を述べていたそうです。
●「痛快な裁判でした!」
増田都子さま
昨日の裁判はすばらしかったです。教え子さんが証言者になってくださり、和久田弁護士やその他の弁護士の方々が話をうまく引き出し組み立ててくれ、そして増田先生が明快な適格な答弁をされたために、痛快な法廷となりましたね。
紙上討論授業が、どんなに生徒に思考力をつけたか、そのため生徒から感謝され、父母からも感謝されたか、それが分かりましたね。聞いていて私は紙上討論による歴史授業こそ理想的な授業方法だと思いました。こんなにいい授業する先生を辞めさせたのはやっかみじゃなかったかとさえ思いました。
被告らは授業の現場を知らず、生徒達の心のなかを知ろうともせずに「枚数が多くて生徒には理解不可能」とか「増田先生が一方的に自分の考えを押しつけている」などと紙上討論授業の悪口をいっていましたが、今回、都教委側の議論はみじんに砕かれましたね。
一体、増田先生を授業からはがして反省を強制する「研修」をさせ、最後は免職までするのは、何を怖れてなのでしょう? 私はそれは、先生が教育公務員に自己を限定せず、人間として正しいと思ったことを生徒に教えるからだと思いました。
要綱や規則などに縛られず、世間の常識さえ時には脇に置いて、本当の教育を貫こうとされる・・・これは一種教育ルネッサンスですよね・・・だから、「迫害」にあってしまうのではないでしょうか? 先生はただ自分に忠実なだけだとおっしゃるでしょうが、体制依存的な人間には「反体制的」に見え、おびえてしまうのでしょう。
この裁判は日本の教育行政の行方を占うものですよね。個性的で創造的な先生たちを護って日本の教育を豊かにするか、逆らわないという一色しか思想を認めない、貧しい死に体のものにするか、分かれ道ですね。
でも、田母神更迭も追い風だし、増田先生復職もほぼ決り、という印象を持った裁判でした。 どんな「迫害」にあってもたじろがない東京のジャンヌダルクに対し、多田謡子反権力人権賞はピッタリですね。おめでとうございます。
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