◎ 学問の自由の限界とは ~滝川事件
●学問の自由に発表の自由は含まない!?
下記に引用する戦前、滝川京大教授が自らの事件に触れた文章を読んでいて、最近どこかで聞いたことのあるような屁理屈に行き当たった。
(以下引用)
…それから五月十八日までは文部当局と法学部の声明戦の時代でした。その理論闘争の数々は新聞紙で御覧になったことと思います。
文部省の意見にはかなり珍妙なのがあります。たとえば「学問研究の自由」の中には「研究の自由、教授の自由、発表の自由」の三つが含まれるが、大学教授の自由はその中の「研究の自由」だけで、つまり研究の結果を教えることも、書くこともできないというのがあります。
「頭の中で思索するだけの自由なら、大学教授でなくったって、およそ頭を持つ者は皆持つ」などと言う論界の笑いものになったものです。
<滝川幸辰(タキガワユキトキ)『近親に送る手紙』(「文藝春秋」昭和8年9月号)>
《半藤一利『昭和史探索2』(ちくま文庫)より引用》
「滝川事件」とは、戦前大日本帝国憲法時代に「思想・学問の自由」が無かった典型例の1つとして、現在の教科書にも必ず載っている事例である。
当時文部省は、「『学問の自由』とは、研究するだけで、教授も発表も許されない」との論拠で『刑法読本』を批判し休職処分を強行したのだった。そして京大法学部は、こんな簡単な屁理屈を論破できなくて、抗議辞職した21人を除いて、文部省の軍門に下り完敗してしまったのだ。
この事件は、戦後直ぐ(1945/11/19)民主化の波の中で、京大法学部が滝川教授他辞職した教授たちに復学を懇願して、滝川教授は後に法学部長から京大総長になったことで、戦前の過ちは180°転回し正されたと思われていた。
●思想良心の自由は内面にとどまる限り保障される!?
しかし「日本国憲法」の下でも、実は何も変わっていなかったことが、60年もたってはっきりと分かってきた。
「君が代ピアノ伴奏拒否最高裁判決(2007/2/27)」を見よ。
「…上告人は,「君が代」が過去の日本のアジア侵略と結び付いており,これを公然と歌ったり,伴奏することはできない,・・・このような考えは,「君が代」が過去の我が国において果たした役割に係わる上告人自身の歴史観ないし世界観及びこれに由来する社会生活上の信念等ということができる。
しかしながら,学校の儀式的行事において「君が代」のピアノ伴奏をすべきでないとして本件入学式の国歌斉唱の際のピアノ伴奏を拒否することは,上告人にとっては,上記の歴史観ないし世界観に基づく一つの選択ではあろうが,一般的には,これと不可分に結び付くものということはできず,上告人に対して本件入学式の国歌斉唱の際にピアノ伴奏を求めることを内容とする本件職務命令が,直ちに上告人の有する上記の歴史観ないし世界観それ自体を否定するものと認めることはできないというべきである。」
「君が代は侵略戦争のシンボルとする歴史観」は「思想良心の問題」と認めながら、「君が代伴奏拒否」の行動を懲戒処分しても、内面の自由を侵害したことにならないから憲法19条違反にはならないのだという。
これで、戦前にはなかった新憲法の「思想良心の自由」の権利なのだという。戦前から何か変わったというのか?
半可通の曲解は、既に02年の「有事三法案」の国会審議から鎌首をもたげていた。
「憲法十九条の保障する思想及び良心の自由、憲法二十条の保障する信教の自由のうち信仰の自由については、それらが内心の自由という場面にとどまる限り絶対的な保障であると解している。」(2002/7/24 福田官房長官による政府見解)
当時から、「公共の福祉制限」は、明文規定のある経済的自由権である22条・29条に限定されており、19条・20条・21条には国家による制限は一切及ばないのが人権理念である、との法理論上の反論が為されていたが、近年の司法判断を見ていると、まるでお構いなし。「公共の福祉」と言う名の「国家権力」が、「個人の権利」に君臨し大手を振って蹂躙し始めている。国民の人権保障は「大日本帝国憲法」時代と何も変わっていないことが歴然である。
国家権力(文部省)による「学問の自由」に対する弾圧を、過去の出来事と笑っていられない現実が、行政の場で、司法の場で、ひたひたと忍び寄っている。
『藤田先生を応援しよう』
http://6720.teacup.com/fuzita/bbs
投稿者:omoto 投稿日:2008年 5月25日(日)23時09分21秒
●学問の自由に発表の自由は含まない!?
下記に引用する戦前、滝川京大教授が自らの事件に触れた文章を読んでいて、最近どこかで聞いたことのあるような屁理屈に行き当たった。
(以下引用)
…それから五月十八日までは文部当局と法学部の声明戦の時代でした。その理論闘争の数々は新聞紙で御覧になったことと思います。
文部省の意見にはかなり珍妙なのがあります。たとえば「学問研究の自由」の中には「研究の自由、教授の自由、発表の自由」の三つが含まれるが、大学教授の自由はその中の「研究の自由」だけで、つまり研究の結果を教えることも、書くこともできないというのがあります。
「頭の中で思索するだけの自由なら、大学教授でなくったって、およそ頭を持つ者は皆持つ」などと言う論界の笑いものになったものです。
<滝川幸辰(タキガワユキトキ)『近親に送る手紙』(「文藝春秋」昭和8年9月号)>
《半藤一利『昭和史探索2』(ちくま文庫)より引用》
「滝川事件」とは、戦前大日本帝国憲法時代に「思想・学問の自由」が無かった典型例の1つとして、現在の教科書にも必ず載っている事例である。
当時文部省は、「『学問の自由』とは、研究するだけで、教授も発表も許されない」との論拠で『刑法読本』を批判し休職処分を強行したのだった。そして京大法学部は、こんな簡単な屁理屈を論破できなくて、抗議辞職した21人を除いて、文部省の軍門に下り完敗してしまったのだ。
この事件は、戦後直ぐ(1945/11/19)民主化の波の中で、京大法学部が滝川教授他辞職した教授たちに復学を懇願して、滝川教授は後に法学部長から京大総長になったことで、戦前の過ちは180°転回し正されたと思われていた。
●思想良心の自由は内面にとどまる限り保障される!?
しかし「日本国憲法」の下でも、実は何も変わっていなかったことが、60年もたってはっきりと分かってきた。
「君が代ピアノ伴奏拒否最高裁判決(2007/2/27)」を見よ。
「…上告人は,「君が代」が過去の日本のアジア侵略と結び付いており,これを公然と歌ったり,伴奏することはできない,・・・このような考えは,「君が代」が過去の我が国において果たした役割に係わる上告人自身の歴史観ないし世界観及びこれに由来する社会生活上の信念等ということができる。
しかしながら,学校の儀式的行事において「君が代」のピアノ伴奏をすべきでないとして本件入学式の国歌斉唱の際のピアノ伴奏を拒否することは,上告人にとっては,上記の歴史観ないし世界観に基づく一つの選択ではあろうが,一般的には,これと不可分に結び付くものということはできず,上告人に対して本件入学式の国歌斉唱の際にピアノ伴奏を求めることを内容とする本件職務命令が,直ちに上告人の有する上記の歴史観ないし世界観それ自体を否定するものと認めることはできないというべきである。」
「君が代は侵略戦争のシンボルとする歴史観」は「思想良心の問題」と認めながら、「君が代伴奏拒否」の行動を懲戒処分しても、内面の自由を侵害したことにならないから憲法19条違反にはならないのだという。
これで、戦前にはなかった新憲法の「思想良心の自由」の権利なのだという。戦前から何か変わったというのか?
半可通の曲解は、既に02年の「有事三法案」の国会審議から鎌首をもたげていた。
「憲法十九条の保障する思想及び良心の自由、憲法二十条の保障する信教の自由のうち信仰の自由については、それらが内心の自由という場面にとどまる限り絶対的な保障であると解している。」(2002/7/24 福田官房長官による政府見解)
当時から、「公共の福祉制限」は、明文規定のある経済的自由権である22条・29条に限定されており、19条・20条・21条には国家による制限は一切及ばないのが人権理念である、との法理論上の反論が為されていたが、近年の司法判断を見ていると、まるでお構いなし。「公共の福祉」と言う名の「国家権力」が、「個人の権利」に君臨し大手を振って蹂躙し始めている。国民の人権保障は「大日本帝国憲法」時代と何も変わっていないことが歴然である。
国家権力(文部省)による「学問の自由」に対する弾圧を、過去の出来事と笑っていられない現実が、行政の場で、司法の場で、ひたひたと忍び寄っている。
『藤田先生を応援しよう』
http://6720.teacup.com/fuzita/bbs
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