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東京都の元「藤田先生を応援する会」有志によるブログ(2004年11月~2022年6月)のアーカイブ+αです。

日本の教科書検定制度への改善勧告

2017年09月15日 | こども危機
 ◆ デヴィッド・ケイ国連人権理事会特別報告者の報告書と日本政府の「反論」 (教科書ネットニュース)
吉田典裕(子どもと教科書全国ネット21常任委員)

 ◆ デヴィッド・ケイ氏、人権理事会に報告書提出
 6月12日、国連人権理事会第35会期に「意見および表現の自由」特別報告者・デヴィッド・ケイ氏の日本に関する報告書(以下「ケイ報告」)が提出されました(発表は5月29日)。
 ケイ氏の訪日調査は、もともとは2015年12月に行われる予定でしたが、日本政府の実質的な拒否に遭って延期されたため、2016年4月に訪日しました。「ケイ報告」は、この調査に基づいて作成したものです。
 ケイ氏は訪日中、「意見および表現の自由」について日本政府関係者から報告を聞くだけでなく、NGOや個人と面談するなど、精力的な調査活動を行いました。
 結果として「ケイ報告」は日本のメディアの状況について、政府による統制を厳しく批判しただけでなく、記者クラブ制度の廃止など、メディア側の問題点も指摘し、状況の改善を勧告しました。大きく報道されたのでご記憶の方も多いでしょう。
 実は「ケイ報告」は、教科書検定も取り上げているのでご紹介します。原文は国連のウェブサイトにアップされており、「ケイ報告」の文書番号A/HRC/35/22/Add.2で検索するとヒットします。
 ◆ 教科書検定への政府の介入を懸念
 教科書検定については、「Ⅳ.意見および表現の自由に対する権利の状況:多くの発見」の「B.歴史についてのコミュニケーション/表現への干渉」のパラグラフ(パラ)37から42で言及しています。
 パラ37では「学校の歴史教科書作成への当局の干渉、特に日本の第二次世界大戦への参戦および慰安婦問題への干渉」についての懸念があることを紹介し、それは特別報告者であるケイ氏だけでなく、先行する国連の人権諸機関も共通に表明してきたことだと述べ、自由権委員会、拷問禁止委員会、社会権委員会などから出された報告を挙げています。
 その勧告の具体例として女性差別撤廃委員会の勧告を紹介しています。
 「(国連の)人権諸機構は日本に生徒および一般公衆に慰安婦問題について、教科書に適切な記述を掲載して教育すること、および問題〔の存在〕を否定するいかなる試みをも非難するよう要求してきた。たとえば女性差別撤廃委員会は、『教科書における慰安婦問題を適切に集約し、歴史の事実は生徒と一般公衆に伝えること』を勧告した」。
 パラ38では教科書検定のしくみを説明し、教科用図書検定調査審議会は「文部科学省の学習指導要領に従って申請本を審査する。検定審査の基準の一つは中立性である」と報告しています。
 パラ39では文部科学省が高校の歴史教科書には「慰安婦」記述があることに「特に言及した」が、「外部の専門家」は中学校教科書から「慰安婦」記述が削除されていると報告していることを紹介しています。
 パラ40では1990年代に、「慰安婦」記述が中学校歴史教科書に掲載されるようになったものの、その後は記述が減り、2016年版では記述しているのは1社だけであると述べています。
 パラ41では「第一二次世界大戦中に犯された諸犯罪の現実を教科書がどう扱うかについて政府が影響力を行使することは、公衆の知る権利、および過去にとりくみ理解する能力を阻害する」と日本政府の教科書への介入を批判し、こうした問題についての国際法などのガイドラインを示しています。
 パラ42には特に注目すべき内容が書かれています。それは日本の教科書検定制度の問題点を、2013年の国連特別報告者の報告(A/68/296)を引用して明確に指摘していることです。
 「カリキュラム改革と歴史教育の基準を設定する過程は透明でなければならず、また現場の教員と専門家の団体の参加を含まなければならない。このような問題を扱う省の委員会や部署の任命と機能もまた透明であるべきで、かつ利害の衝突があるべきではない」。
 私なりに整理すると次のようなことになると思います。
 ①学習指導要領や教科書検定基準を作成する過程が透明でない。
 現状では、中教審や検定審そのものは公開されていますが、そこで議論される学習指導婁領や教科書検定基準の改訂理由は必ずしも透明ではありません。たとえばなぜ社会科の検定基準で、「日本政府の統一的見解」を記述しなければならないのかは不明です。
 ②同じく中教審や検定審に教育現場や民問を含む教育研究団体などの代表が入っていない、もしくは入れる制度的保障がない。
 実際、中教審には大企業の社長はいても、現場の先生はいません。教育者としては、せいぜい校長です。
 ③教科書検定調査官などの任命基準が不透明である。
 「思想健全なもの」などの内規はあっても、あくまで「内規」です。また、たとえば関係学会の推薦などの要件はありません。
 ◆ 教科書検定制度への改善勧告
 「V.結論および勧告」の「B.歴史教育・歴史伝達への干渉」では、教科書検定制度への改善を勧告しています。
 パラ69では「特別報告者は〔日本〕政府に対し、第二次世界大戦への日本の関与について特段の注意を払ったうえで、教材中の歴史上の出来事の解釈への干渉を控えること、またこれらの〔第二次世界大戦中の〕深刻な犯罪について公衆に情報を提供する努力を支援することを求める」としたうえで
 「政府は、学校教育課程の全面的な透明性を確保すること、またどうすれば教科書審議会そのものが政府の影響から遮蔽されるか検討し直すことによって、公教育の独立にとって意味のある貢献をすべきである」と述べています。
 これは大変重要な内容だと言えます。
 すなわち、「ケイ報告」は教科書検定の存在そのものは否定していませんが、歴史上の出来事の解釈に介入するな、学習指導要領を含む「学校教育課程の全面的な透明性を確保すること」、検定審議会に対する政府の影響力の遮断などを求めています。
 これらは子どもと教科書全国ネット21出版労連が要求してきたことと一致しています。言い換えれば、私たちの要求は国際社会の目から見て当然で妥当なものだと評価されたと言えるでしょう。両手を挙げて歓迎したいと思います。
 ◆ 直ちに反論書を提出した日本政府
 ところが日本政府は、「ケイ報告」が提出された翌日、「反論」書(A/HRC/35/22/Add.5)を発表しました。
 その内容はケイ氏の指摘に正対せず、重箱の隅を突くような粗探しと論点そらしに終始したものというほかありませんでした。
 たとえば「ケイ報告」がパラ39で教科書検定審議会の人数を総数150人、社会科担当30人としたのに対して「事実の誤りがある」として、それぞれ「約150人」「約30人」であると批判しました。
 もっと問題なのは、日本の教科書の記述(ここでは「慰安婦」問題)について、「民間でつくられる教科書に関しては、どのような種類の特定の材料を教科書に掲載し、それらをどのように教科書に記述するかの判断は、その内容が学習指導要領に基づいており誤りを含んでいないかぎり、当該教科書発行者に委ねられている」と3度も繰り返し、検定の問題性を否認し、教科書会社に責任を転嫁していることです。
 これでは憲法前文の決意とはちがって、「国際社会で不名営な立場を占め」ることにならざるをえません。政府はこのような態度を根本的に改めるべきです。
 (よしだのりひろ)

『子どもと教科書全国ネット21ニュース 115号』(2017.8)

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