=東京新聞【こちら特報部】=
☆ 人質司法
~袴田さん・大川原化工機両事件 50年離れた「冤罪」の共通点
1966年の静岡一家4人殺害事件で死刑が確定し、再審公判中の袴田巌さん(87)の支援集会で、軍事転用可能な機械を輸出したとして逮捕・起訴され、後に起訴が取り消された「大川原化工機」の大川原正明社長(74)が講演した。
50年以上離れた両事件はいずれも「捏造(ねつぞう)」が指摘され、自白強要などの捜査が問題になっている。「冤罪(えんざい)の共通点」には何があり、なぜなくならないのか。(西田直晃)
☆ シナリオ通りの取り調べ 反論「無駄」
58年前に一家4人殺害事件が起きた静岡市清水区で4日、袴田さんの地元支援者が開いた集会。
大川原さんは「袴田さんのケースも同じだが」と前置きし、「警察・検察の厳しい取り調べで、精神的にも、肉体的にも厳しい期間が続く。このとき、ほとんどの人が(無実なのに)否認できなくなり、自白してしまう」と力を込めた。
大川原化工機は2018年10月、警視庁公安部の家宅捜索を受けた。大川原さんは、同社が製造する「噴霧乾燥装置」を不正輸出したとして20年3月、会社関係者2人とともに外為法違反容疑で逮捕された。保釈が認められた21年2月まで警視庁の留置施設や東京拘置所に勾留され、、初公判前の同年7月に同罪の起訴が取り消されるまで「被告人」として過ごした。
長期の拘束が続き、同社顧問の技術者の男性は勾留中にがんが見つかり、21年2月に命を落とした。
「逮捕後に4カ月、起訴後に7カ月。否認していると保釈請求もなかなか認められず、いつまでも外に出られない。東京五輪を巡る汚職事件でも、認めてしまえばーカ月程度で外に出られるのに、7カ月入っていた人もいた」と、「人質司法」の問題に言及。
自身の取り調べについて「両手錠と腰縄を装着されて室内に入り、片手錠にされて、いすに縛り付けられたままで行われた」と振り返る。
「捜査官に『社員がこんなこと言っているぞ』『おまえは悔しくないのか』『何か反論しないのか』などと言われ、黙って耐えるしかない状況だった。 警察は私には紳士的だったが、別の逮捕者は相当にいじめられていた」
連日のように取り調べが続いたが、弁護士と相談し、事件に関する話題には黙秘を貫くことにした。
「否認や反論は無駄だと弁護士から教えられた。『裁判で話す』とだけ言っていた。反論の反論を作り上げてしまうのが捜査機関だ」と強調。
袴田さんは、犯行時の着衣とされた衣類に捏造の疑いが指摘されているが、大川原さんは「私の場合、専門家の鑑定書や証言を作り上げられ、強力な証拠が捏造された」と言及した。
捜査当局の“シナリオ”に屈しないために何が有効なのか。
「とにかく弁護士に相談すること。あとは、任意の取り調べでの録音。違法ではない」と大川原さんは説明する。
「任意の取り調べでも手荷物検査が行われ、携帯電話やメモも机上に置かされてしまう。しかし、気骨ある社員が録音を試みていた」と話し、「国家賠償訴訟では、その録音が大きな証拠になった。捜査員による取り調べの録音・録画は一部だけ。身を守るために録音してほしい」と訴える。
とはいえ、任意聴取などで捜査の進展が分かる事件と異なり、いきなり逮捕されるケースもある。
大川漬さんは言う。「必要のない身柄拘束が認められる実熊を改善するべきだ。逮捕されればほぼ有罪の日本では、否認事件での逮捕も有罪に直結する」
☆ 供述重視の捜査いまだに
講演では、大川原さんが東京拘置所に勾留されていた2020年秋、捜査関係者とみられる人物から会社に寄せられた内部告発の手紙も公開された。
「裁判が無罪になる」などと記されており、当時から捜査方針を巡る異論があったことがうかがえる。
袴田さんが逮捕された事件でも、一審で死刑判決を下した裁判官3人に「合議体の分裂」が存在した。判決文を書いた裁判官(故人)が2007年、「無罪の心証」があったと公表。
この裁判官は判決文に「極わめて長時間に亘り被告人を取調べ、自白の獲得に汲々(きゅうきゅう)として、物的証拠に関する捜査を怠った」と捜査官を批判する付言を書いていた。
弁護人の同席や録音が認められない「代用監獄」での自白の強要。袴田さんは強盗殺人容疑での逮捕後、全面的に否認していたが、勾留満期が迫る逮捕から20日目に“自白”。裁判では再び否認に転じた。当時は弁護士に許された接見時間も今より短かった。
集会で登壇した伊豆田悦義弁護士は
「多い日には1日12時間を超える拷問とも言える取調が行われていた。捜査官が入れ代わり立ち代わり取調べに当たり、便器を室内に持込み、トイレにすら行かせないこともあった」
と語った。逮捕後に作成された45通の供述調書のうち、確定判決が証拠として認めているのは当日にまとめた1通だけ。「一般人からすると理解できない理屈で有罪がつくられてしまった」と語気を強めた。
袴田さんの再審請求ではたびたび、犯行に関わる供述を「虚偽自白」とする専門家の鑑定書が新証拠として提出されてきたが、裁判所は一度も証拠能力を認めてこなかった。
伊豆田さんは「袴田さんの捜査官への供述には、犯行を知らないことが自白から明確に分かる『無知の暴露』がある」と話した。
☆ 無罪主張で身体拘束長期化
50年以上隔てた事件で、繰り返し指摘される「冤罪」。「日本の刑事司法で、いまだに供述重視の捜査が行われていることが一つの大きな問題」と説明するのは、冤罪事例について研究す西愛礼(よしゆき)弁護士だ。
「裁判で無罪を主張しようとする人ほど身柄拘束が長期化する」と、冤罪を生む土壌としての「人質司法」を挙げる。
「人質司法」は、会社法違反(特別背任)罪などで起訴された日産自動車元会長カルロス・ゴーン被告の事件で世界的に注目を集めた。2018年11月に逮捕された後、再逮捕や追起訴を繰り返し通算130日勾留。保釈中の19年12月にレバノンに逃亡した。
国際人権団体は
「保釈の可能性がないまま容疑者を起訴まで拘束することが可能で、取り調べの際の弁護人の立ち会いも認められていない」
「司法制度ではなく、自白制度だ」
と非難した。
西氏は「過去の冤罪から学ぼうとせず、同じような間違いを繰り返している。再審中の袴田さんと大川原さんの事件も、原因を検証して対策を講じ、将来の冤罪を防ぐ必要がある。一部の警察官による個別のケースに矮小(わいしょう)化してはならない」と強調する。
元裁判官の木谷明弁護士は「被害者のために犯人を逮捕するという名目や組織の存在価値のため警察や検察はメンツで突っ走る。裁判官は、どんな捜査官も証拠の捏造(ねつぞう)に走る動機があることを前提にする必要がある」と、裁判官にも冤罪を見抜く意識改革を求める。
取り調べの録音・録画が制度化されたが、対象事件は一部にとどまり、任意段階も対象外だ。木谷氏は対象拡大の必要性を認めたうえで「それでも取り調べの問題点を発見することは簡単ではない。弁護人の立ち会いを認めたり、現状で最長23日間の身柄拘束の是非を含め、刑事訴訟法を見直すことが求められている」と話す。(山田祐一郎)
※ デスクメモ
取り調べの部分的な録音・録画の導入時、布川事件で再審無罪が確定した桜井昌司さん=昨夏に76歳で死去=が批判していた。「暴力や精神的苦痛を与えている場面が映っていない都合の良い映像を使っている。新たな冤罪が起きる」と。今こそ「全面可視化」に転換するときでは。(本)
『東京新聞』(【こちら特報部】2024年2月7日)
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