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東京都の元「藤田先生を応援する会」有志によるブログ(2004年11月~2022年6月)のアーカイブ+αです。

特別対談【ブレイディみかこ×岸見一郎】「シティズンシップ・エデュケーション(市民教育)」とエンパシー

2019年12月17日 | こども危機
 ◆ 日英の衝撃的な教育格差が「ノンフィクション本大賞」受賞作を生んだ
   ブレイディみかこ/岸見一郎
(ダイヤモンド・オンライン)

 Yahoo!ニュースと本屋大賞が選ぶ「2019年ノンフィクション本大賞」を受賞した『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』の著者、ブレイディみかこさんと、累計発行部数が200万部を突破したアドラー心理学の解説書『嫌われる勇気』の著者、岸見一郎さん。そんな人気書籍の著者2人による特別対談を前後編にわたってお届けする。
 ライターであり保育士でもあるブレイディさんと、アドラー心理学の第一人者であり哲学者である岸見さんという異色の組み合わせならではの議論が飛び交った。後編では、ブレイディさんが今回筆を執るきっかけとなった日本と英国の「教育」の違いが対談の中心テーマとなった。(聞き手・構成/ダイヤモンド編集部副編集長 鈴木崇久、撮影/田口沙織)
 ◆ 子どもと「一人の人間」として接し、自分で考える力を持つ子に育てる

 岸見一郎(以下、岸見) このたびは「ノンフィクション本大賞」の受賞、おめでとうございます。
 ブレイディみかこ(以下、ブレイディ) ありがとうございます。『嫌われる勇気』の200万部突破もおめでとうございます。
 岸見 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』では英国での息子さんとの日常生活を描いておられますが、読んでいて感じたのは、息子さんに対して、大人というか「一人の人間」として接しておられることです。
 ブレイディ ええ。子どものことは「体の小さな一人の人間」だと私は思っています。
 岸見 そのとおりだと思います。ですから、子どもの意思は尊重しなくてはいけませんし、何かを決め付けて命令してもいけない。
 私もそう考えて息子と長く接していたら、彼もたぶん今のブレイディさんの息子さんのような時期を過ごして、今33歳になりました。
 大人から見ると可愛らしい子どもというより、生意気だったかもしれませんが(笑)、この子は私たちが育ててあげないといけない、助けてあげないといけない、というようなやわな子どもではなくなりました。
 ブレイディ そう、やっぱりやわな子どもにしてはいけないですよね。自分で考えられる力を持つ、それって「強靱」さだと思うのですが、そういう強靱な子どもを育てるというのが大事だと思います。
 たとえば、保育士時代に私が英国で勤めていたのは非常に貧困家庭が多い地域で、失業者や低所得者の子どもを無料で預かる託児所だったんです。その託児所の創設者であり私の師匠でもあるアニーがいつも言っていたのが、「この子たちは人よりも早く自立しなくてはいけないのだから、その力を早く身に付けてあげるのが私たちの仕事」ということでした。
 そして、師匠が言っていたことと非常に似たことが、岸見さんの『嫌われる勇気』には書かれているなぁと思って読んでいました。
 どうしても貧困層のかわいそうな子どもたちだから守ってあげたくなるけれども、そうではなくて自分の力で考えて、自分の足で立てる子どもをどう育てていくかが大事ですよね。
 岸見 そうですね。ただここは難しいのですが、自立“させて”はいけないですね。自立させられた子どもは、真の自立ではなくいわば「他立」になってしまう。親には自立への援助はできてもそれ以上のことはできません。放任はだめですし、必要なときは関与していかねばならない。でも、必要がないのに関与するのもよくないのです。
 ◆ 子どもの勉強に親が口出ししなければ、子育てはすごく楽になる

 岸見 ブレイディさんが息子さんを「一人の人間」と見るようになったのは何かきっかけがありましたか?
 ブレイディ 私の場合は家庭が貧しかったこともあって、割と放任されて育ったんですよ。だから、自分でいろんなことを身に付けてきたタイプなので、子どもにああしろ、こうしろというのは、自分にそういうクセがないというか、そもそもあんまりできないんです。
 だから子どもに任せていることがたくさんあります。任せられないことはもちろん助言しますが、大人と付き合うときにあんまりああしろ、こうしろって言わないじゃないですか(笑)。だったらどうして子どもに対してだけそうしなきゃいけないのかなと思うんです。私の場合は子どもと友人の付き合い方はあまり変わらないですね。
 岸見 それこそが子どもと「人間として関わる」ということですね。体が小さくても関係ないですからね。
 『嫌われる勇気』の中では「課題の分離」ということを扱っていて、「親の課題」と「子どもの課題」を分けて、「子どもの課題」には立ち入らないようにすることを説いています。
 私は自分の子どもたちに向かって「勉強しろ」と言ったことは一度もありません。勉強は子どもの課題ですから。子どもの勉強に親が口出ししなければ、子育ては楽になりますね。
 ブレイディ そうなんですよね。そうそう。

 岸見 息子がよく言っていたのは、「親に言われて勉強するようじゃだめだよね」ということ(笑)。かわいくない発言ですが、それは確かにそうだなと思います。
 私には娘もいるんですが、息子にも娘にも「勉強しろ」と一度も言ったことがありません。それで、息子は自分の判断で勉強するようになりました。一方、娘はあまり勉強が好きなようには見えませんでした。でも、それは娘が決めることですから。
 ブレイディ それはそれでいいですよね。うちの子どもも岸見さんの息子さんのように何も言わなくても勉強するんですよ。だからよく聞かれるんです。「どうしたらそんな子に育つんですか?」って。でも、何にもしてないんですよね(笑)。なんでそうなったのか私にもよく分からない。
 英国の学校は今そういうところが増えているんですが、息子の中学では、子どもの宿題を親がオンラインで確認できるようになっているんです。どんな宿題を出されたのか、授業中にどんなことで怒られたか、サボったかどうかといったことを見ることができます。
 監視社会みたいで怖いから私はあまり見ないようにしていて、どんな宿題が出ているか全然知らないんですが、子どもは自分でやっているんですよね。なぜそういう子になったのか分からない。
 岸見 息子さんは学ぶ喜びを知っておられるのでは?

 ブレイディ 知らないことを知るのは好きですね。

 岸見 そうでしょう? それこそが大切なのです。ところが大人たちは誤解していて、勉強はつらいことだと見ている。具体的にいうと受験勉強ですね。すごくつらくて、はちまきを巻いて歯を食いしばってやるものだと。大人がそう思っていると子どももそう思ってしまうのです。知らないことを知ることは楽しいことのはずです。
 ブレイディさんご自身も学ぶことが好きでしょう?

 ブレイディ 私は……偏っていました(笑)。偏っていましたけど、好きなことはすごく好きでしたね(笑)。
 岸見 それがいいですね。大人が楽しく勉強している様子を、知らない間に子どもが見て学ぶということだと思います。だから何も言わなくても勉強する子どもになる。親が「勉強しなさい」と言えば言うほど子どもは反発します。
 ◆ 息子が母のスーツケースに忍ばせたスピーチ前の三つのアドバイス

 岸見 本の中で描かれているブレイディさんと息子さんはとても良い関係ですが、子育てのなかで悩み事はありますか?
 ブレイディ うーん、ほぼないですね。というか、私は子どもにこうなってほしいというのがあまりないんです。私と息子は「母と子」というよりは友だちなのかなぁ。
 「ノンフィクション本大賞」をいただいて、表彰式でスピーチをすることになったんです。それで東京に着いてスーツケースを開けたところ、息子が入れたメッセージが入っていました。A4の紙が二つに畳んであって、表に「スピーチの日まで読まないこと」と(笑)。そう書いてあったら、普通読みたくなるじゃないですか? それで紙を開いたら、スピーチするにあたっての三つのアドバイスが記されていました(笑)。
 ブレイディ 最初のアドバイスが「早口にならないこと」。私、緊張すると早口になるんですよ。2年前『子どもたちの階級闘争』という本で「新潮ドキュメント賞」をいただいたときのスピーチの動画がYouTubeにアップされていまして、それを息子が見て言ったんです。「日本語だから何て言っているかは分からないけど、すごく早く話をしていて、早くこの場から去りたいと思っているのがよく分かる」と。だからあのしゃべり方はいけないということですね。
 そして二番目のアドバイスが「エンジョイせよ」。スピーチを楽しめと。その続きに「とはいえ、スピーチの前には酒は飲むな」とも書いてあって(笑)。
 三番目のアドバイスは、「Be yourself、自分自身であれ」でした。自分自身の価値観で書いた本で賞をもらったんだから、他の人になろうとするなと。
 そんなアドバイスを、13歳の息子に言われてしまう母親なんです(笑)。

 岸見 素敵なお話ですね。そういうことを子どもが言える親子関係はいいですね。親に言いたいことがあってもなかなか言えないものです。
 ブレイディ 母親と思われていないんですかね?(笑)

 岸見 それは光栄なことだと思います。私も子どもたちとずっと友だちとして生きてきました。「縦」の関係ではなく、「横」の関係ですね。
 うちの息子も私に対してきちんとコメントしてくれます。たとえば、私も息子も研究職なのですが、息子が私に何と言うかというと「君のまとめ方は粗雑すぎる」と(笑)。言い方はちょっと辛辣ですが、でも私も嫌な気持ちにはなりません。「言い合える関係」ですから。そんなことを言っても私が気分を害さないことを息子は分かっているから言うのです。
 相手の「地雷を踏む」ということがない関係、仮に踏むことがあっても許し合える関係、それが親子関係の一つの理想だと思います。
 ◆ 「よくできたね」「すごいね」は、アドラー心理学が否定するほめ言葉か?
 岸見 今の話は、『嫌われる勇気』と続編『幸せになる勇気』でも言及した、アドラー心理学の「他者信頼」の話と通じます。「無条件で他者を信じる」ことこそが「信頼」なのです。
 ブレイディ はい。私も息子を信頼しています。

 岸見 ブレイディさんの発言はすごく新鮮です。自分の子どものことを手放しで「信頼している」と言い切れる親には滅多にお会いできないので(笑)。
 ブレイディ そうなんですか! だって息子は私よりしっかりしているので、信じています、よろしくお願いしますって感じなんですよ(笑)。
 ただ、『嫌われる勇気』では「子どもをほめてはいけない」って書いていらっしゃるじゃないですか。それは「能力のある人が、能力のない人に下す評価」という側面があるからだと。でも、私はけっこう息子に「Well done(よくやったね)」って言うんです。息子も「母ちゃんは賞をもらったから日本に行くね」と伝えると、「Well done! I’m proud of you!(やったね、すごい!)」って。私も息子にほめられているんです(笑)。
 岸見 たしかにアドラー心理学はほめることも叱ることも否定しています。そのため「『よくできたね』『すごいね』という言葉はほめ言葉なんですか?」といった質問を受けることがあります。
 実は、娘にも同じことを聞かれました。娘に子どもが生まれて、私は最近おじいちゃんになったのですが、その孫が立ち上がったとき、思わず「すごいね」と言ったのです。すると娘から「それはほめ言葉だから言ってはダメなの?」と。
 でも、それは状況や相手との関係性によって異なるのです。本人の喜びや感動を共有する言葉だとすれば、それはほめ言葉とは違うものでしょう。もっとも、相手がどう受け止めるかは確認しないといけませんが。
 ブレイディ そうか。だから私と息子はほめ合っているというよりは、「I’m proud of you!」って喜び合っているんですね(笑)。
 ◆ 衝撃を受けた日本と英国の教育格差 シティズンシップ・エデュケーションとは?
 ブレイディ 私が『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』を書いた理由の一つに、日本とイギリスの教育の違いがあります。特に息子が中学生になって「シティズンシップ・エデュケーション(市民教育)」が始まったことで受けた衝撃が大きいです。
 もう本当に扱う問題がすごいんですよ。最近もスピーチのテストが学校であって、ちゃんとスピーチ原稿を子どもたちに書かせるんですね。子どもによって取り上げるテーマは異なっていて、テロリズムの問題だとか、女の子だったら摂食障害になる子が多いので「ボディイメージ」を取り上げていたり。あとはLGBTQ(*)の問題とか、ポリティカル・コレクトネス(政治的な正しさ)とか……。13歳と14歳のクラスですよ?(笑)
 *編集部注:レズビアン(女性を恋愛対象とする女性)、ゲイ(男性を恋愛対象とする男性)、バイセクシャル(男女どちらも恋愛対象とする人)、トランスジェンダー(生まれた性と異なる性で生きる人)、クエスチョニング(自分の性認識が分からない、定まらない人)の頭文字を取った、性的少数者を表す言葉
 しかも、スピーチ文の書き方をバッチリ習った上でその型に沿って原稿を書いて、スピーチするところまでをテストで採点されるんです。これはすごいと思いました。たぶん日本の中学校ではここまでしていないだろうなって。
 岸見 していないでしょうね。私の息子は、高校のときに卒業論文を書く必要があって、本当に手間暇かけてコツコツ書いていました。「この論文を書くことと受験勉強は必ずしも両立しないね」と私が言ったら、「そこが問題なんだ」と返してきました(笑)。
 結局、息子は「コソボ空爆は人々を救ったか」という論文を書いて卒業しました。そういう流れで息子は政治学を志望して、今は移民の研究をしています。ブレイディさんの息子さんのように学校で習ったわけではないですが、シティズンシップ・エデュケーションに相当するようなことを自分で身に付けたのだろうと思います。
 ブレイディ 将来につながる自発的なシティズンシップ・エデュケーションだったんですね。
 ◆ 「誰かの靴をはいてみる」ことで 他人の立場で物事を考える

 岸見 実はダイヤモンド社の担当者さんが「岸見先生の息子さんとブレイディさんの息子さんは絶対に似ていますよね」と言うのです。たしかにそんな気はします(笑)。
 ブレイディ なるほど(笑)。そうかもしれませんね。息子が小さい頃に、将来何になりたいかという話になったんです。すごく面白いなと思ったのは、息子はサッカーが好きなので、普通は「サッカー選手になりたい」って言うじゃないですか? それなのにうちの息子は「サッカーのコメンテーターになりたい」って(笑)。
 それで今は、政治家になりたいって言うんですよ。政治は面白いって。スピーチとか論文を書くこともすごく好きで、生き生きしています。
 最近日本で、台風19号のときにホームレスの方が避難所から追い返されたという事件がありましたよね? あれはイギリスの新聞でも左派系の「ガーディアン」から中道系の「インディペンデント」、右派系の「デイリー・メール」まで、すべてが伝えていました。
 実は、うちの息子はあの事件をスピーチの題材にしたんです。そして彼は「追い返した人の“靴を履いてみた”」と言うんですよ。
 岸見 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』の中でも息子さんがおっしゃっていた、「自分で誰かの靴をはいてみる」という英語の定型表現のことですね。他人の立場に立って物事を考えてみるという。
 ブレイディ ええ。それをやってみて息子が至った結論というのが、「日本の人は社会を信頼していないんじゃないか」ということだったそうです。
 ブレイディ 避難所というのも一つの社会であり、コミュニティですよね。そこにいる避難者や働いている人たちはホームレスの人を受け入れたくないだろうと想像したから、係の人は追い返すという判断をしたんじゃないのかと考えたそうです。
 そうでもなければ、ものすごい嵐の中で誰かを追い返せないだろうと。亡くなってしまうかもしれないし、追い返したのが自分だとしたら「それって僕のせいで誰かが亡くなってしまったことになるよね? それって嫌じゃない?」と。「本当に僕が自分のことを考えていたら。追い返さないんじゃないかな」って息子は言うんです。
 ホームレスの方を避難所に受け入れたら反対する人がいるかもしれない。けれど、必ず賛成してくれる人もいるはずだ――。追い返した人がそう思えなかったというのは、たしかに社会に対する信頼が低かったからなのかなぁと、私も息子に言われて考えてしまいました。
 岸見 ホームレスの方が避難所にいらっしゃったら、嫌がる人はいるかもしれません。「それは差別だからダメだ」と言葉で言うのは簡単ですが、そういう感情がなぜ生じるかを考えず、単に蓋をするだけでは問題は解決しないでしょう。真正面からぶつかっていく必要があります。
 息子さんのように「避難所の人の靴を履く」ことができれば、ホームレスの方を受け入れたくないと感じる人がいることの可能性にも思い至るでしょう。それも知った上で問題を総合的に判断していくことが大切だと思います。
 ◆ エンパシー(共感)はスキル 身に付け、向上させることができる

 ブレイディ 本にも書きましたが、「誰かの靴を履いてみること」というのは、「エンパシー(共感)とは何か」というシティズンシップ・エデュケーションの試験問題に対する息子の答えなんです。
 岸見 エンパシーはアドラー心理学にも通じる考え方です。アドラーは「同一視」という言い方をしますが、相手の立場に身を置いて考えるということです。それは能力でありスキル。スキルだから身に付けることができます。もちろん、相手の立場に身を置いて感じられるというのは、簡単なことではないですが。
 ブレイディ エンパシーはシンパシー(同情)と混同されやすいですが明らかに違いますよね。シンパシーは感情移入できる要素が対象にないとダメじゃないですか。かわいそうとか、同じ意見を持っているなという感じなので、感情が動かないとどうにもならない。
 一方、エンパシーが「相手のことを想像する」という知的能力だとすれば、おっしゃるように教育やトレーニングによって向上させることが可能ですよね。それってまさに希望だと思います。
 岸見 そうですね。もちろんエンパシーの向上も含めて、教育は全般的に手間暇がかかりますし、時間もかかります。それだけに、即効性を求めてはいけなくて、長い時間をかけて育んでいくべきものです。
 ◆ アドラー心理学は 人々を過去から解放する

 ブレイディ 今のお話もそうですが、私は『嫌われる勇気』を読ませていただいて、本当に目からウロコが落ちることがとても多かったんです。
 保育士時代の私は、自分が「底辺託児所」と呼んでいた低所得者層向けの託児所で働いていたんですが、家庭が崩壊したり、福祉が介入しているケースもけっこうありました。すると子どもの親権を誰が取るかといった問題が生じて、学者を雇って心理分析をすることがあるんです。両親も子どももみんな鑑定します。
 そういう心理鑑定書に書かれているのは「こういう風に育ったから、親がこういう人だったから今こうなっている」といった話ばかりです。これを読んだ人は、自分はもうそこから逃れられないというダメージを負うんじゃないかと感じました。
 たしかに貧困や虐待は親子間で連鎖するとよく言われますし、統計的に見たらそうなのかもしれない。でも、アドラー心理学は「そうじゃない」と明確に言ってくれているじゃないですか。アドラーの考え方には何かハッと気付かせてくれるものがあります。
 岸見 「人間は環境によって決定されない」というところに人間の尊厳があるとアドラーは考えます。だから、すべてはあらかじめ決められているという「決定論」「原因論」ではありません。
 たとえば、子育ての悩みをもった親をカウンセリングする場合、生育歴を聞く場合があります。けれど「もっとこうしてあげるべきだった」というカウンセリング結果を聞いて帰る親が果たして勇気を持てるでしょうか。けっしてそうではない。希望も持てません。
 過去に何か原因があって子どもが問題を抱えているのだと考えてしまうと、過去に戻れない限り永久に問題は解決できません。だから私は、“これからの”子育ての在り方を考えていきましょうと言うのです。これから何かできることがあると思えれば、悩みを抱えた親も希望を持って帰ることができます。
 アドラーの考え方は今もなお新しいですが、原因論的な考え方から抜け出すために、こういう考え方がもっと広まればいいなと思います。
 ブレイディ そうですね。親を過去から解放してあげないと子どもも解放されませんよね。
 ◆ 閉塞感がただよう現代社会における 「未来の希望」とは?

 ――今日の対談では、文脈こそ違えど、お二人の口から「希望」という言葉が出てきました。閉塞感を指摘されることも多い昨今ですが、最後にお二人が未来の希望だと感じていることについて聞かせていただけないでしょうか。
 ブレイディ 私は未来の鍵を握っているのは本当に子どもたちだと思っています。だから、大人はその邪魔をしないことが大切だなと。逆に子どもから学ぶっていうか……、うちの息子が言うことにビックリさせられることが多ければ多いほど、世の中はそんなに悪い方向に向かっていないんじゃないかと感じられます(笑)。
 特に今の日本って、少子高齢化で経済も成長しないとか暗い話が多いじゃないですか。でも、絶望している場合じゃないですし、大人が絶望的だとか言うのってこれから育っていく人たちに対して失礼ですよね。私たちが未来を担う彼らを信頼しないと、彼らも私たちを信頼しないと思うんです。
 「未来はどうなっていてほしいですか」とインタビューなどでよく聞かれますが、たぶん未来ってよく言われているような、そんな暗くてチンケなものにはならないと私は思います。子どもたちを見くびっちゃいけない。息子やその友だちを見ていて「ちょっと待って、この感性は私にはなかった」と思うことがたくさんあります。子どもたちは私たちが思いつかないようなことを考えているし、私はそういった子どもたちの可能性を心から信じ、希望を抱くことができます。
 岸見 「悪しき希望」というのがあります。子どもを自分の思いどおりに育てたいという親の希望ですね。それを捨てられない親は多いです。でも、子どもから頼まれもしないことを親がしてはいけません。
 親がすべきことはたった一つ。「何かできることがあったら言ってほしい」と子どもに伝えておくことです。そうしておけば、本当に困ったときに子どもは救いを求めてくるでしょう。実際には、親が子どものためにしてやれることは多くありません。それでも親が自分の力になろうとしてくれていると知ることは、子どもにとっては希望なのです。だからそれを伝えておきたい。そういう親に私もなりたいと思っています。
 子育てというのは「ああすればよかった」と後悔することばかりと言っていい。でも、幸い子どもたちはそれほどやわではない。子どもは健全に育ちます。ブレイディさんの本を読めばそれがよく分かります。だから、親も過去の子育てのことで自分を責める必要はないのです。
 ただ、子どもとどう付き合えばよいのかを、実は大人もよく知りません。社会にもそういうモデルがあまりない。その意味で、アドラー心理学は多くの親にとって希望になり得ると思います。その希望をこれからも多くの人に伝えていきたいです。
 (終わり)

 【ブレイディみかこ】(ぶれいでぃ・みかこ)
保育士・ライター・コラムニスト。1965年福岡市生まれ。県立修猷館高校卒。音楽好きが高じてアルバイトと渡英を繰り返し、96年から英国ブライトン在住。ロンドンの日系企業で数年間勤務したのち英国で保育士資格を取得、「最底辺保育所」で働きながらライター活動を開始。2017年に新潮ドキュメント賞を受賞し、大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞候補となった『子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房)をはじめ、著書多数。
 【岸見一郎】(きしみ・いちろう)
哲学者。1956年京都生まれ、京都在住。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。専門の哲学(西洋古代哲学、特にプラトン哲学)と並行して、89年からアドラー心理学を研究。日本アドラー心理学会認定カウンセラー・顧問。世界各国でベストセラーとなり、アドラー心理学の新しい古典となった『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』執筆後は、アドラーが生前そうであったように、世界をより善いところとするため、国内外で多くの“青年”に対して精力的に講演・カウンセリング活動を行う。訳書にアドラーの『人生の意味の心理学』『個人心理学講義』、著書に『アドラー心理学入門』『幸福の哲学』などがある。
『Yahoo!ニュース - ダイヤモンド・オンライン』
(2019/11/27)
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191127-00221496-diamond-soci&pos=5
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