クリスマスは三崎に年末用のマグロを買いに出かけた。マグロは値上がりして主婦にとっては大打撃だ。
久々ちずママに会う。マラソンコースを車で走る。(5キロでも結構な距離だよな。去年の半分とはいえ。)
うちの家も貧しかったけれど、ちずママのおうちも相当なものらしかった。私より10歳くらい若いおかあさんだけど苦労人だ。
昔は端パンといっていわゆるパンやさんによってはすてているパンの耳を沢山袋に詰めて売っていた。うちの家ではそれを買ってきて、マーガリンをぬってお砂糖をふりかけて食べるのがおやつだった。
ちずママのおうちはその端パンが主食で、いわゆる銀シャリにおめにかかったのは小学校の4年生の頃だったらしい。まあそんな食べ物のことは大した苦労じゃあない。家族の人間関係の方が大変だ。また一つ知らなかった家族のお話を聞く。
(そうだったんだ~)。そのことはいくらレア・ブログだからといってもここには書けないけれど・・・。
人間なんて話してみなくちゃあわからないものね。一皮、二皮・・・むけていくと・・・「頑張ったんですね~。」と声かけしたくなるようなそんな過去があったりする。
そしてその人がとっても好きになるんだ。愛しくなるんだ。
おしゃべりしながら・・・ なぜか 左足がだんだん痛くなる。何なのこれ?まずいな~と思ったけれど、理由がわからないからそのまましゃべる。
ちずママと別れて帰宅する頃には普通に歩けなくなる。やっぱり 痛いな~。
荷物沢山あるし、おしゃべりしすぎで時間もなくなった。
雨ふったって、荷物重たくたって、自分じゃあ、絶対乗らないタクシーにいたし方なく乗り込む。( 常日頃 なんのために体鍛えてるんだ!くっそ~~っ)
(まあいいや 日本経済に貢献したんだ)とか言い聞かせながら・・・。
帰宅後、夕食を簡単に作り、(ごめんね)
いのちゃんの車に乗せてもらってピアノの先生のコンサートにでかける。この頃には 人様に分かるくらいびっこをひいていた。痛いな~。
「 どうしたの?●●さん?」
「 いろいろあるのよ。」(としか言えない。)だって 別にくじいたわけでもなんでもないんだから・・・。
ピアノの発表会は懐かしく、華やかさはないけれど、穏やかで、和やかで、
子供達は知らぬ間に大きくなり時の流れの速さに驚く。自分ちの子供達はとっくにやめましたけれどね。
クラちゃんはお母様を亡くした。大人になった息子さんたち二人と連弾をした。
親友のおみっちゃんは、旦那様のおかあさんの癌が見つかった。余命1年。転移してるらしい。 「 戦場のピアニスト 」という曲を弾いた。
こないだふと思ったんだ。そうだいくつもの病気をしてきた私をずっと支えてくれたおみっちゃんはひょっとしたら・・・私のサンタ・ルチアなんじゃあなかろうかって。
ショパン、ベートーベン・・・音楽と共に蘇る 思い出たち・・・
会場は”癒しの空間”になる。
偉大な音楽家達が作った曲たちは、そしてそれをこころを込めて奏でる演奏は、そこに集まる人々を癒すことが可能なのだと思う。
会場を出る頃にはあの痛かった足が嘘のように治っていた。なぜかはわからない。人知をこえるものはそこここにあるんだと思う。
>写真は ストリート・ミュージシャンの 「 スター 」最後の路上。雨がふって移動した素敵な玉じゃり野外ステージ。とっても温かい音楽空間だった。一生の思い出。ありがとう!
久々ちずママに会う。マラソンコースを車で走る。(5キロでも結構な距離だよな。去年の半分とはいえ。)
うちの家も貧しかったけれど、ちずママのおうちも相当なものらしかった。私より10歳くらい若いおかあさんだけど苦労人だ。
昔は端パンといっていわゆるパンやさんによってはすてているパンの耳を沢山袋に詰めて売っていた。うちの家ではそれを買ってきて、マーガリンをぬってお砂糖をふりかけて食べるのがおやつだった。
ちずママのおうちはその端パンが主食で、いわゆる銀シャリにおめにかかったのは小学校の4年生の頃だったらしい。まあそんな食べ物のことは大した苦労じゃあない。家族の人間関係の方が大変だ。また一つ知らなかった家族のお話を聞く。
(そうだったんだ~)。そのことはいくらレア・ブログだからといってもここには書けないけれど・・・。
人間なんて話してみなくちゃあわからないものね。一皮、二皮・・・むけていくと・・・「頑張ったんですね~。」と声かけしたくなるようなそんな過去があったりする。
そしてその人がとっても好きになるんだ。愛しくなるんだ。
おしゃべりしながら・・・ なぜか 左足がだんだん痛くなる。何なのこれ?まずいな~と思ったけれど、理由がわからないからそのまましゃべる。
ちずママと別れて帰宅する頃には普通に歩けなくなる。やっぱり 痛いな~。
荷物沢山あるし、おしゃべりしすぎで時間もなくなった。
雨ふったって、荷物重たくたって、自分じゃあ、絶対乗らないタクシーにいたし方なく乗り込む。( 常日頃 なんのために体鍛えてるんだ!くっそ~~っ)
(まあいいや 日本経済に貢献したんだ)とか言い聞かせながら・・・。
帰宅後、夕食を簡単に作り、(ごめんね)
いのちゃんの車に乗せてもらってピアノの先生のコンサートにでかける。この頃には 人様に分かるくらいびっこをひいていた。痛いな~。
「 どうしたの?●●さん?」
「 いろいろあるのよ。」(としか言えない。)だって 別にくじいたわけでもなんでもないんだから・・・。
ピアノの発表会は懐かしく、華やかさはないけれど、穏やかで、和やかで、
子供達は知らぬ間に大きくなり時の流れの速さに驚く。自分ちの子供達はとっくにやめましたけれどね。
クラちゃんはお母様を亡くした。大人になった息子さんたち二人と連弾をした。
親友のおみっちゃんは、旦那様のおかあさんの癌が見つかった。余命1年。転移してるらしい。 「 戦場のピアニスト 」という曲を弾いた。
こないだふと思ったんだ。そうだいくつもの病気をしてきた私をずっと支えてくれたおみっちゃんはひょっとしたら・・・私のサンタ・ルチアなんじゃあなかろうかって。
ショパン、ベートーベン・・・音楽と共に蘇る 思い出たち・・・
会場は”癒しの空間”になる。
偉大な音楽家達が作った曲たちは、そしてそれをこころを込めて奏でる演奏は、そこに集まる人々を癒すことが可能なのだと思う。
会場を出る頃にはあの痛かった足が嘘のように治っていた。なぜかはわからない。人知をこえるものはそこここにあるんだと思う。
>写真は ストリート・ミュージシャンの 「 スター 」最後の路上。雨がふって移動した素敵な玉じゃり野外ステージ。とっても温かい音楽空間だった。一生の思い出。ありがとう!