地球へ ようこそ!

化石ブログ継続中。ハンドルネーム いろいろ。
あやかし(姫)@~。ほにゃらら・・・おばちゃん( 秘かに生息 )。  

一応 生きとりますんで・・・ご心配なく・・・

2013-04-03 00:21:39 | まんまのしゃべり
本日もアクセスありがとうございます。

実は このところ いろいろと思うところがあって、ブログも休みがちなんです。
っていうか ブログやめよっかな~みたいなことも思い始めました~。

で、思いつくまま書いてみよう!

1、自分で書いていて しらじらしくなった。主義主張と 実態の離れた感がどうにも・・・恥ずかしくなってきた。

喋っている時間がもったいない。とか、どんな意味があるんだ? みたいな事も思ったりする。

2、最後の生きなおしをしなくてはならない(といわれている)この時期にいろいろと迷いが出始めた。

3、2、に関連しているのだけれど、やりたいことが沢山あって、どれを捨てどれを残すか?また新たな事を始めるのか?その取捨選択に迷っている。

4、主人との関係も誠に微妙だ。お互いに相いれない関係( ずっと平行線 )だと思う。
大体 60歳に近付くと、お互いに頑固になって、自分を変えるなんていうことはできなくなるように思える。

5、少なくとも、寝たきり老人になることだけは避けたい。
 スポーツクラブの年上のお友達で、60代後半のお母様がいらっしゃるのだけれど、その方は、ボケないため、寝たきりにならないために 運動(踊り)をしていらっしゃる。
おうちで ぐ~たらしていたいけれど( こういう表現ではなかったけれど )寝たきりの親の介護をずっとしたので、そうならないためには運動がとても大事だと思うようになったと言うお話だった。

6、5に関連して、ワタシは 運動も踊りも好きなので、スポーツクラブには、ここに住んでいる限りにおいては通いつづけるだろうと思う。

7、問題は この先自分のやりたい趣味と可能ならば仕事、それと家庭、をどのように自分の中で位置づけていくのか?ということ。

8、気づけば かなりの無能なおばはんになっていたわけで、占いの資格を持っているからといっても占い師になれるほど精神的にタフではない。

占いでは、大体自分の寿命が占えるわけであるけれど、次の変わり目は10年後(界隈)なので、仮にそこを終点とすると、生き方が多いに変わってくる。小さい頃にやりたかった事などを片っ端からやっていく!みたいな事も思う。つまりいわゆる悔いのない人生を送るということに繋がると思う。

誰しも 平均寿命まで生きるだろうと な~~んとなく思っているだろうけれど、そうとは限らない。
だってちょっと考えてみてもわかるように、近所の方や友達を考えた時、亡くなっている人の一人や二人はいるでしょう?自分がそうならないという保証はどこにもないわけでね・・・。
ワタシがお習いしている占いでは ぽっくりいけるか否かまで占おうと思えば占えるんですわ。普通にはやりませんけどね。

だから、先のことを考えて不安になる必要はないけれど、一日一日、やり残したことがないようにすることはとても大事なんじゃあなかろうか?と思う。

少なくとも、不平・不満の人生だけは送りたくないとおもう。
だってこれまで 恨みつらみの多い人生だったのでね。そのあたりをよくよく考えて 一日一日を送らなくてはならないだろうと思う。

年金暮らしにはいったら、とにかく 健康な体、これが 社会にとっても、家族にとっても一番重要になってくると思うので、只今はそのことを考えている。そこで大事になってくるのが、自分の『 幸せ感 』 これがなくては不平・不満につながる。

病気は単に 肉体だけの問題ではない。精神や魂のレベルまで考えていかなくてはならない。そこをきっちりやらないから、病気を何度も繰り返すことになるのだろうと思われる。

チャクラやヒーリングなどの本を読むと、潜在意識の中に無理やり押し込んでいた意識、これを自分の中で一つ一つ消化していかなくてはいけないように思う。誰かのせいにして、自分が自分を考えて行かない限り、自分を育てていかないかぎり、『 幸せ感 』は得られないのではないか?と思う。 
「 手かせ 足かせになるかもしれない家族を抱え込むか否かの判断は自分がしなくてはならない。一端 共に生きることを決めたならば、頑張る!!しかないだろう。。。  ここのところは、例えば介護をやっていないから、偉そうにいえない。やったことがないことはわからない。
それに、自分も最期は誰かの手を煩わせることは間違いのないところだろう。

やっぱり 幼い時の体験、もっというならば、母親のお腹の中にいる時の母体のありようは非常に重要であると思う。親から子供や孫に・・・その 家系の人格?「 気 」?課題?のようなものがよくも悪くも代々受け継がれていくように思える。
悪しきものと思われるものは できるだけ自分の代で消化していきたいと思うけれど、そんなに人格者じゃあないから難しい。

>写真は マンマミーヤが お墓にお供えた残りのお花をいけたもの。
お題 「 そして そこに 光をみつけた。」
 すみません、これはワタシだけにわかる、( 自分がつけているのでね。) お題なんですわ。ごめんしてください。

ps、腰はかなりよくなって、また運動 ( ステップという運動 )ができるようになった。今は 運動前の柔軟体操や運動後のケアをしっかりやっている。一日 一つのコース。あと ヨガを多くやるようになった。

大地に根をはる 一番重要なチャクラ(=ルートチャクラ) ここをしっかりさせないとだめみたい。
全くといっていいほどわからないんですけど、本を読みつつ、イメージをふくらませ、過去の幼き自分との対話をしたりしてます。

遍路は、参加者がたりず、流れてしまった。しかし、高野山には出かける予定。

コメント (6)
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