英国的読書生活

イギリスつながりの本を紹介していきます

旅に出る本

2009-01-29 | イギリス

沢木耕太郎「深夜特急」

随分前ですが、某福祉系専門学校の入学案内の企画で、撮影のためカメラマン、アシスタントと3人でその学校を訪れていました。撮影の合間、ロビーの隅で休憩していると、アシスタントの彼が話しかけてきました。
「僕みたいな人間が読んで面白い本ってないですかねえ?」
どうも社会に出てから、もっと読書しなければならない!と思ってはみても、何から読んでいいのかさっぱりわからない、ということのようです。
こういう質問って困りますよね。彼とは今日初対面だし、いきなり本を紹介しろ!って言われても・・・・・。
とっさに出た答えが・・・
「深夜特急なんかいいんじゃない。沢木耕太郎ってのが書いている。3分冊だけど・・・。インドからロンドンまでバスで旅すること書いてあるんだけど。ほら、電波少年で猿岩石がやっていたヒッチハイクは、この本から取ってるんだよ」
「し・ん・や・と・っ・きゅ・う?ですか? はー、今度本屋で見てみます」
それから3日ぐらい経って、彼がその時撮影したポジを納品に来ました。(そうそう昔はみんなポジでした)
「深夜特急!買いましたよ。まだ1巻目ですけど、すっげー面白いですね」
と、すごくウキウキしていました。
それから3ヶ月ぐらいが経ち、もう一度その時のカメラマンと仕事をすると、アシスタントくんが替わっています。
出入りの激しい業界ですから不思議ではないのですが、一応聞いてみます。
「前の彼、やめたの?」
「やめた。1ヶ月ぐらい前に急に。なんかインドに行くとか言っとったよ。何考えとるかわからんねえ」
げっ!インド!深夜特急?!まさか・・・
まさか、私が教えた本読んだぐらいで、人生の舵を切り替えるとは思えないのですが・・・。
でも、そんな身軽な彼が、そんなシンプルな彼が羨ましかったことを思い出します。
確か彼の実家は宮島口でもみじ饅頭を作っている店だったはず。後取り息子だとも話していました。
今、彼はどこにいるのでしょうか?数年前、もみじ饅頭屋さんは、店を閉めたようです。
宮島口を通る度に、彼のことを思い出します。

ちょっと読み返してみようと、深夜特急を探してみたのですが、不思議なことに家中どこにもありません。家内に聞いても「そういやあったねえ」程度の記憶。貸した憶えもないし、まして捨てるなど・・・。
もしかしたら、2度と旅立つ勇気を持たない主人に代わって、本が旅立ったのかもしれません。

表紙に使われていたのはカッサンドルのポスターです。実物が見つからないのでこれで代用。