昨日の日曜礼拝は大悟の担当で
真実信心うるゆえに
すなわち定聚にいりぬれば
補処の弥勒におなじくて
無上覚をさとるなり
正像末和讃をお取り次ぎだった。
聞いていて思ったことを…
弥勒菩薩はコツコツと修行して
仏覚まであと一歩の等覚の位におられる…
念仏者はご本願のお力により、
弥勒菩薩と同じと位に住し、
命が終わると同時に無上覚をさとる。
と言う。
本願寺のポスターに
「本願に遇えた喜びを行動に」
~欲望からつつしみへ~
と、あるが…こんな私でいいのかな…
という慚愧の念と共に、勿体ないなぁ…
と、いう思いに浸った聴聞だった。