血管年齢計測器があった。
私はタバコは吸うし、酒は飲むし…
年令より血管年齢は高齢者だろうな…
と思いつつも200円入れて計測。
ええ…結構若いじゃん…(笑)
計測結果は51~55歳
信じる訳じゃないけど…ふふふ(笑)
血管年齢計測器があった。
私はタバコは吸うし、酒は飲むし…
年令より血管年齢は高齢者だろうな…
と思いつつも200円入れて計測。
ええ…結構若いじゃん…(笑)
計測結果は51~55歳
信じる訳じゃないけど…ふふふ(笑)
私という個体でいつまで居られるか分からないけど
これからも辛いこと・悲しいこと・楽しいこと多々有ると思うけど
後悔なく、有難い人生だったなぁ…と
お念仏の中に往生す。
合掌
天真寺境内に咲いていた蓮華、最後の一輪です。
今年は各地で熊に襲われるニュースが多かった。
熊本県ではゆるキャラ「くまモン」が
震災の募金活動等々で大活躍
これはご門徒さんの作った折り紙「くまモン」
ゆるキャラ「くまモン」は可愛いんだけどね。
でも、九州に熊はいないのに、
何故熊本県になったんだろう?
熊本県の由来を尋ねると
~以下熊本県ー地名由来辞典より~
県名は、県庁所在地の名称に由来する。
この地名は南北朝時代に「隈本」として見られ、
慶長12年(1607年)、加藤清正が築城した際に「熊本」と改められた。
改められた理由は、「隈」の字に含まれる「畏」の字に
「おそれる」「かしこまる」といった意味があるため、
城名として強そうな「熊」の字が当てられたといわれる。
南阿蘇の災害視察を終え
帰り道に白川水源に寄った
凄い量のわき水が滾々と湧き出ている。
思い出に残る観光名所ですね。
昼は、田楽の店に寄るというので
コンニャクに味噌をつけるだけと思っていたら
いろり端で色々出てきて、炭火で焼いて食べる料理だったが
美味しかったです。
その後は熊本空港へ直行し夕刻の便で帰省。
一泊二泊の強行軍での熊本滞在でした。
今日、8月27日(土)は天真寺本堂にて
公開壮年会法座
「正信偈に聞く№14」
講師 名種木乃実氏(京都)
どなたでもご自由に参加下さい。
朝日新聞~折々の言葉~より
祓(はら)いのけることはしないで、
穢れたままで救うということ、
これを私は愛と言い慈悲というのです。
(鈴木大拙)
救わんとすればこれこれの条件を満たす必要がある、
と言うのではなく、
そのままでいいと、
傷や汚れやあがきごと抱擁すること。
それが「慈悲」だと仏教学者は言う。
他の人に向かい、何の条件も付することなく、
ただ「いるだけでいい」と言えるかどうか。
宗教の信の一にそこに懸かっている。
南阿蘇の正教寺さんは平成19年に本堂大改修された。
楼門と共に立派な伽藍が整い。
それから七年…
この度の 4月14日のM6.5の前震では問題はなかったが
4月16日M7.3の本震では
(震災前の楼門)
楼門は崩れ
本堂は傾き
内部はめちゃめちゃの状態
住職…本堂は傾きを出来るだけ早く修復し、
楼門は何年か後にでも修復したい。
と言っておられたが、
まさに本堂伽藍が整ったと思ったら、
此の惨事…何時何が起こるか分かりませんね。
益城町にある専寿寺さんに伺いました。
(被災前)
(被災直後)
(8月23日現在)
住職はとりあえず仮本堂を建てて
態勢を整えたい…
と言われていたが…
被災前の状態に戻るまで
何代かかることか…
また、他の全壊寺院に伺った折
住職がポソリ…
「誰もいなくなると、涙が出てくる」
と言われていたが、
これからどうしたらいいのか…
途方に暮れ…涙が出るんでしょうね。
とても印象に残っている言葉だ!
昨日、羽田まで車で行ったのはいいけど
駐車場が満車で一時間待ち
時間に余裕を持ったから良かったけど
これからは特別な事がない限り
電車がいいですね…
午後2時本願寺熊本別院集合(12名参加)
熊本災害対室で状況説明
本願寺派寺院では
全壊21、半壊51ヶ寺
益城町災害現状視察へ
ある地域では、軒並み全壊、半壊だった。
東日本の津波では、
家は丸ごと流されたが
地震災害は取り壊しから始まるが
まだまだ取り壊しも進んでいない。
伝道院同窓会
今年は佐賀教区の担当で佐賀での開催予定のが
今年4月から始まった熊本地震。
震度1以上を観測が2000回を超え
甚大なる被害が出ている
熊本災害視察を兼ねた同窓会となりました。
これから熊本へGO
長男の竜哉が子どもの頃
スイカの種も食べていたから
盲腸になったと言う。
…スイカの種も食べちゃうと盲腸になるって
本当のことなのかなぁ…?
私はどうもスイカの種を出すのが面倒くさくって
スイカを余り食べないんだよね
嫌いな訳じゃないけど…
だからメロンが面倒くさくなくていいかな(笑)