花去るも 香り漂う 十三夜
親しい方を亡くされ、寂しい月見を詠んでみた愚作です。
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花去るも 香り漂う 十三夜
親しい方を亡くされ、寂しい月見を詠んでみた愚作です。
「道」
風もなく
か細き道の 星あかり
かすかに望む 朝焼けの空
(kei)
(注釈)
息子達も成長し
これとて望むものもなく
唯、黙然と歩みけり
のぞむは弥陀の仏国。
この道を進むと
どんな世界が広がっているんだろう
私が歩んでいる今も
この先、どんな人生に出遇うんだう
夢に向かって
このまま一歩一歩
歩んだみよう
阿弥陀さまは親さまです
お寺の法座は、
私にかけられた親心(大悲心)を聞かせて頂くところ
…どんなことがあっても私を見捨てず
働いてくださる親心であります…
苦しみに出会う時
その苦しみを消化して下さる親心を
安堵するまで聞かせて頂きましょう.
人を信用するのに、誰でもいい訳ではない。
信用を得るには、実績を積み上げ、
長い間かかって信用を積み上げ
人から信用されるようになる訳だ。
言ってみれば、信用は相手から与えられるものです。
仏様の信心も然り
私の全てをお任せするのは、
仏の方からの”はたらき”があり
私の上に「信心」となって顕れる。
信心は”いただきもの”です。
【親鸞聖人和讃】
十方諸有の衆生は 阿弥陀至徳の御名をきき
真実信心いたりなば おほきに所聞を慶喜せん.
親鸞聖人は法然聖人から
「愚者になりて往生する」との教えを受けられました。
お寺の掲示板に
自分に都合がよいと 他人の悪も、善に見え
自分に都合が悪いと 他人の善も、悪に見える
まさに「愚者になる」とは、
欲望にとらわれ自分を見失った私の姿
自分にとって都合の悪い者を排除しようとする心
知らず知らずのうちに他人を傷つけている私
…
愚者になるとは「愚者だなぁ…」との自覚を持つ人であり
如来の真実なる智慧の目を通して
自らを省みる智慧を領解した人でありましょう。
【歎異抄】
「往生には賢き思を具せずして、
ただほれぼれと弥陀の御恩の深重なること
常におもひ出しまゐらすべし」
ある村は200戸弱の家がある。
それぞれの家庭内では争いは絶えず
隣の家とは、土地の境界線を巡り
言い合い争いが絶えない。
これを地球規模に当てはめて考えると
地球にある200カ国弱の国々があり、
上記の家々と同じように
争いは絶えない。
みんな仲良くすればいいんだけど…
あくびがでるわ
いやけがさすわ
しにたいくらい
てんでたいくつ
まぬけなあなた
すべってころべ
こんなメールもらったら引いてしまうでしょうね
でも、頭一字を縦に読むと
「あいしてます」になる
これは、谷川俊太郎作という。
宗派内でもありましたね
「オアシス」運動
おかげさま
ありがとう
しんせつに
すいません