一円玉が道に落ちていても何とも思わない人がいる。
一万円札が落ちていたら警察に届けるけど、一円玉は見向きもされない。
百円の商品を買うのに99円しか無かったら買えないんだよ!
たかが一円なれど、されど一円。
「塵も積もれば山となる」
一円玉が道に落ちていても何とも思わない人がいる。
一万円札が落ちていたら警察に届けるけど、一円玉は見向きもされない。
百円の商品を買うのに99円しか無かったら買えないんだよ!
たかが一円なれど、されど一円。
「塵も積もれば山となる」
真宗門徒として「草葉の陰・永眠・冥福を祈る・慰霊・鎮魂・土に帰る・旅立つ・霊前・霊位・御霊・冥土・あの世・天国」等々言葉は使いません。
それを知ったうえで上記の例文を、そのまま使うもよし、オリジナリティがあり心のこもった弔電文を考えてみましょう。
今年は咲かないのかな…
そんな事を思いながら彼岸が近くなりました。
ある日境内のを見ると、今年も芽を出していた。
自然の力ってすごいな…
この時期になると確実に芽をだし咲きしめる自然界の力。
~親鸞聖人「自然法爾章」~
「自然」といふは、「自」は、おのづからといふ、行者のはからひにあらず。
しからしむといふことばなり。
「然」といふは、しからしむといふことば、行者のはからひにあらず、如来のちかひにてあるがゆゑに。
「法爾」といふは、如来の御ちかひなるがゆゑに、しからしむるを法爾といふ。
親鸞聖人は、救済は人間のはからいによって成り立つのではなく
阿弥陀仏の本願力のはからいによって往生成仏せしめられる。
何とも有り難いことだ…南無阿弥陀仏
日常の五心。
*「はい」という素直な心
*「すみません」という反省の心
*「おかげさま」という謙虚な心
*「私がします」という奉仕の心
*「ありがとう」という感謝の心
我を張ることなく、素直な思いやりと感謝かな…
日々こうありたいね