今日はこれから仙台へgo
三ヶ月ぶりの仙台だ
三ヶ月の間、何回かお誘いがあったけど
お寺にキャッチャーがいなくて行けなかった。
お寺のキャッチャーとは留守番です。
野球でもキャッチャーが居なかったら
試合にならないのと同じだ。
今日はこれから仙台へgo
三ヶ月ぶりの仙台だ
三ヶ月の間、何回かお誘いがあったけど
お寺にキャッチャーがいなくて行けなかった。
お寺のキャッチャーとは留守番です。
野球でもキャッチャーが居なかったら
試合にならないのと同じだ。
仏の智慧は顕微鏡
教えに遇い、聴聞を重ねると
顕微鏡の倍率が上がってくる
智慧の顕微鏡は
他のものを見るんじゃないよ
他の人を見るんじゃないよ
自分の心の内が見えてくる
聴聞は自分を知る顕微鏡
鈴木大拙師の晩年は石見の妙好人
「浅原才市」さんの研究に没頭したという。
浅原才市の詩紹介
他力にわ 自力も他力もありわせん
いちめん他力 なむあみだぶつ
世界に自力なし わがこころこそ自力なり
自力が他力にしても(貰)て
今はあなたともう(申)す念仏
これさいち、よろこびわ
あてにわならぬ
きゑ(消)てにげるぞ
にげぬお慈悲わ
親の慈悲
大拙先生の著書
「宗教経験の事実」(昭和18年73歳)の中で
讃岐の庄松さんを‥
「庄松の信仰経験を、
単なる田舎人のもので、
知識人の間では、
もてはやすだけの値打ちはないという人もあろう。
これは大なる誤りである。
彼の信仰のうちには実に雄大な思想がある
この思想は今日の日本をして
世界的に重きをなさしめるところのものである」
「多年苦修の禅匠も及ばないものがある」
鈴木大拙師は浄土真宗の篤心の信者さんである妙好人を
広く世に知らしめた人でもあります。
特に師の晩年は、妙好人の研究に没頭しておられました。
大拙師と妙好人森ヒナさんとの話。
ヒナさん
『わが機、ながめりや、あいそもつきる、わがみながらも、いやになる。
ああ、はづかしや、なむあみだぶつ』
『いやになるやうな、ざまたれ、ばばに、ついてはなれぬ、おやござる。
ああ、ありがたい、なむあみだぶつ』
大拙師
「わが身ながらもいやになると書いてあるが、これあんたの煩悩やろ。この煩悩、半分わしに分けてくれんか?」
ヒナさん
「いや、あげられん」
大拙師
「なんでや?あいそもつきるような煩悩なら分けてくれんか?」
ヒナさん
「いや、これは分けられん」
「この煩悩あればこそ、この煩悩照らされて(如来さんというはたらきに)であえたんや」
大拙師
「そうやったな、儂もおばあちゃんの二倍も三倍も煩悩もっとるさかい、お互い、この煩悩大切に生きていこうな」
・・・・・
※妙好人浅原才市さんも「煩悩は喜びの種…南無阿弥陀仏」と言っておられた。
今日はこれから金沢に行ってきます。
この前、NHK宗教の時間で
「心に枠のない世界~鈴木大拙館をたずねて~」
という番組を見て行ってみたくなりました。
大拙氏は現代の西欧世界に、
禅を中心に仏教の本質を伝えるために尽力し、
また浄土真宗の篤心の信者でもある
妙好人の言行を思想化・体系化し、初めて海外に紹介した人でもあります。